第274話 二十四時間

「ドミニクは基本、あの塔を出ないのか?」


「塔?」


 俺の問いに、しかしザクトハは首を傾げた。アンゲルスタの国主であるドミニクは、あのアンゲルスタ国中央にある塔に引き篭もっているものだと思っていたが、他の場所にいるのか?


「塔かどうかは分からないが、私たちがいたのは湖畔の宮殿だ」


 湖畔の宮殿? アンゲルスタがあるのは東ヨーロッパの端、ステップ草原だぞ? そこに湖畔の宮殿だって?


「塔かどうか分からない。と言うのはどう言う意味?」


 バヨネッタさんが尋ねる。


「私たちがいたのは、空間系スキルで拡張、または創造された空間だったからだ」


「つまり、塔の中に湖畔の宮殿を再現していた可能性があると?」


 バヨネッタさんの言葉に首肯するザクトハ。成程、アンゲルスタにあるあの塔の中は、『空間庫』のように空間拡張で大きくなっているのか。


「そう思う確信があるんですね?」


「ああ。あの空間は何層にも別れていて、農場や牧場、研究施設や議会などの国家運営施設、良く分からない貯蔵庫などが層ごとに存在しているんだ」


 確かに、巨大な隕石の落下で出来た国とは言え、十万人を超える人間を賄うのは大変だ。だがアンゲルスタは食料やエネルギーなどの様々な自給率が百パーセントを超えると言われている。空間系スキルで拡張された農場や牧場で食料自給率を上げ、良く分からない貯蔵庫、恐らくガスや原油でエネルギー問題を解決しているのだろう。


 はあ。アンゲルスタも、こう言う事にスキル使ってくれるなら、誰も悲しまないのに。


「じゃあ、その湖畔の宮殿がある空間が、ドミニクのプライベート空間と考えて良いみたいね」


 バヨネッタさんの言に俺は首肯する。


「そのドミニクの宮殿は、塔のどこにあるか分かりますか? 何階かとか」


「何階かは分からないが、恐らく最上階の一階下の階だと思われる」


「最上階、ではないんですか?」


 なんと言うか、独裁者は最上階で踏ん反り返っているイメージがあるのだけれど。


「最上階には礼拝堂があるんだ。アンゲルスタの奴らはあそこを殊の外大事にしていた。だからあそこより上には何も施設を作っていない」


 そう言えばアンゲルスタって宗教国だった。成程、信仰心は忘れていないのか。と言うより、行き過ぎた信仰心からこんな事態になったんだろうなあ。


「まだ話していない事はあるか?」


 ジークス部隊長のドスの効いた言に、首を横に振るうザクトハ。


「スキル付与薬は?」


 俺の問いに、思い出したかのようにザクトハは首を縦に振るった。


「あれか。確かに研究施設で作っていたよ。『粗製乱造』で増やした人間は、スキルが使えなくなっているから、スキル付与薬を飲む必要があるんだ」


 成程、なんで人間を『粗製乱造』で増やしていないのかと思っていたが、増やしてもスキルが使えないんじゃ、増やす意味は低いか。


「スキル付与薬って、どうやって作っているんですか?」


 俺の疑問に、ザクトハは顔を歪めた。そしてしばらく沈黙が続いたが、観念したように息を吐き出し、話し始めた。


「『搾取』と言うスキルがある」


「『搾取』? 『奪取』ではなくですか?」


「『奪取』の変種スキルだ」


 苦々しく口にするザクトハ。ザクトハだけでなく、全員が首肯している。


「そんなにヤバいスキルなんですか?」


「その名の通り、搾り取るスキルだからな。拘束した人間を、生きたまま捻って生気を絞り出すんだ」


 捻って生気を絞り出す? 想像しただけで痛そうなんてもんじゃないぞ。


「ああ、思い出してもおぞましい。今でも悲鳴が脳裏にこびりついているよ。なにせ生きたままじゃないと、意味がないらしいからな。『搾取』のスキルで人間を捻って絞って搾り出すと、生気の溜まった樽と、カラカラの人間だったものが出来上がるんだ。その樽から、一人分のスキル付与薬が作られる」


「一人分!? 割りに合わなくないですか!? 一人から一人分しか作れないなら、その一人を活用した方が建設的だ」


「回復させるんだよ」


 ザクトハの声が凍えるように冷たくて、ゾッとした。


「生気を搾り出されてカラカラになった人間は、それでも何故か生きているんだ。だからそいつらに治癒スキルを使うと、元に復活するのさ。そうやってあいつらは何本ものスキル付与薬を生産しているんだ」


 気持ち悪さに胃の中のものを戻しそうになる。


「それで? スキル付与薬を一本作るのに、どれくらい時間が掛かるの?」


 バヨネッタさんが、努めて感情のない声でザクトハに尋ねた。


「二十四時間だ」


 は!? 早過ぎる! 時間がない! 一本『狂乱』のスキル付与薬が作られてしまえば、後は『粗製乱造』で増やすだけだ。それまでに決着を付けなければ。


「他には? この国に奴らの仲間はどれだけ入り込んでいる?」


 ジークス部隊長の質問に、またもや首を横に振るうザクトハ。


「分からない。だが、辺境伯領の方にも兵を送り込んでいるはずだ。もしかしたらジャガラガにも」


 その可能性は高いか。事態の重さに、ザクトハを見るオルドランド軍人たちの視線がますます厳しくなって、ザクトハは萎縮してしまっていた。その後何を尋ねても首を横に振るうばかりとなってしまったザクトハ。ここまでかな。まあ、俺たちはここまで聞けただけでかなりのものだ。


「いきなり全部話せと言われても、記憶に穴があるんじゃあ、無理ですよ」


 俺のやんわりとした話し方に、ジークス部隊長は俺とザクトハとを交互に見遣ると、一度深い溜息を吐いてから、ザクトハを拘束していた兵士に視線を送る。するとその兵士はザクトハを椅子の拘束から解き、そのままザクトハを尋問室から連れ出していったのだった。

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