第275話 全世界的努力義務

「疲れた〜」


 サリィのクドウ商会に戻ってきた俺たちは、椅子に深く身体を預け天を仰ぐ。はあ、これで終わりじゃないんだよなあ。ここからが本番なんだよなあ。そんな俺たちに、男性社員がお茶を差し入れてくれた。


「ありがとうございます。取材でやって来たテレビクルーやアニメスタッフさんたちは?」


 お茶を持ってきてくれた男性社員に尋ねると、


「戸田が戻ってきたところで、早速お帰り頂きました」


 との返答。


「怪我とかしていませんでしたか?」


「ええ。精神的にかなり疲弊していたようですが、身体的には怪我は見受けられませんでした」


 そうか、それは良かった。まあ、今回の事で異世界自体がトラウマになっていなければ良いけど。


 ジェイリスくんはベフメ伯爵家からお暇を貰って、一時マスタック侯爵家に戻ると言っていた。事態が事態だからな。ベフメ伯爵もすぐに伯爵領に戻り、自領の防衛と、戦争に兵隊を出す事になると言う話だ。嫌な話だが、俺の力でどうにか出来る問題じゃない。


「お兄ちゃん!」


 そこで思考が遮られた。声を掛けてきたのは、あの時の女の子だった。その後ろには両親の姿が。良かった。助かったんだな。


「あの、ありがとう!」


「ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


 女の子と両親が頭を下げてきた。


「いや、気にしないでください」


 こっちが悪いようなものだからね。本当に、生きていて良かった。涙出そう。


「春秋くん」


 振り返ると、歳の割りには幼く見えるウチの男性社員、戸田さんがいた。


「転移門の用意出来たよ」


 戸田さんの後ろの黒い転移門に、俺は思わず溜息を吐いてしまう。ここを潜ればアンゲルスタとの決戦が待っている。早く帰らなければ、それだけ多く人死にが出る。双肩にどっしりと重いものが伸し掛かっているように感じた。


「行くわよ、ハルアキ」


 そんな俺の肩に、温かい手が触れる。振り返れば、バヨネッタさんが不敵な笑みを浮かべていた。


「こんなところで立ち止まっていたって、事態は進展しないわよ」


 そうですね。こんなところで立ち止まってはいられない。俺は立ち上がると、バヨネッタさん、アネカネ、ミウラさん、武田さんを連れて、日本へと転移門を潜った。



 日本に戻ってくるなり、国会議事堂に呼び出された俺。


「『狂乱』にスキル付与薬か」


 厳しい顔の高橋首相に辻原議員。ここは議事堂にある会議室の一つで、大型モニターには国連理事国各国の政府の長が顔を並べていた。更には国連議長の顔もある。


「皆さんもうおわかりかと思いますが、『狂乱』のスキル付与薬なんてものを作られた日には、人類は滅亡します」


 静まり返る会議室に、ごくりと誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。


「一本目の『狂乱』のスキル付与薬が出来上がるまでに、二十時間を切りました。各国は今すぐ何が起こっても良いように、心構えだけはしていてください」


『心構えと言われてもな。すぐに軍隊を出動させ、アンゲルスタを滅ぼす訳にはいかないのか?』


 モニター越しにアメリカ大統領が、早口で尋ねてきた。


「奴らは既に異世界でレベルアップを行っています。グリーンベレーやらシールズやらを送り込んだところで、返り討ちにあうでしょう。それに遠距離からのミサイル攻撃も、結界が使えるだろう奴らには通用せず、ただ周辺の市街地に被害を出すだけの結果になると思われます」


 またもや沈黙が会議室を支配する。


『しかし『狂乱』のスキルを使用されれば、君たちのように対抗策がなければ、軍隊も凶行に及ぶ可能性が高い。軍施設を放棄して、バラバラに森の中にでも潜んでいろとでも言いたいのかね?』


 と国連議長が、額に汗をにじませながら尋ねてきた。それが一番なんだけど、そうもいかないよなあ。オルさんに頼んで『狂乱』に対抗する魔道具を作って貰うにしても、それを二十時間以内に世界中に配る事が難しい。下手したら核の撃ち合いになってこの世界は終わりだ。


「あのさ、要するに世界中に『狂乱』をばら撒くアンゲルスタが、いつどこに現れるのか、それが分かれば、そいつらを殺して終わりなのよね?」


 ここに来て声を上げたのはアネカネだった。


「そうだけど。じゃあ実際にそれをどうやるんだ? って話をしているんだよ」


「そうね。でも私だったらそれが出来るかも知れないとしたら、どうする?」


 は?


「出来るのか!?」


「私一人でどうにかしろ。と言われたら無理だけど、世界中に指示を出す事は出来ると思う」


 マジか!? アネカネの自信満々の顔に、俺たちは希望を見出していた。



 ━━青森県、自衛隊三沢基地。


「ここで良いのか?」


「ええ。ここにいるのよ」


 冬の青森は雪に覆われている。そんな基地に輸送ヘリのチヌークで到着した俺たちは、自衛隊員でも入れないだろう場所へと案内される。そこは壁と言う壁にコンピュータが設置された部屋で、奥へと歩いていくと、数十と言うモニターが並べられていた。


「こんにちは」


『こんにちは』


「うおッ!? しゃべった!?」


 アネカネがメインモニターに話し掛けると、女性型のアバターが現れてこちらへ話し掛けてきた。今時のAIならばそれも当然か。などと思い直したが、軍事基地に自立思考型のAIが存在する事に二度驚く。


「あなたにお願いがあるのだけれど、良いかしら?」


『マスターより、『協力せよ』との指示を承っております。何なりとご命令ください』


 どうやらアメリカ側から既に通達を受けていたようだ。でなければここまで入れていないよな。ここはアメリカが中心となって世界各国の通信網を傍受する為に作られた施設の一つ。そしてその通信傍受システムの名前は━━、


「よろしくね、エシュロン」


『はい』

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