第276話 即席
「エシュロン、世界中に散らばるアンゲルスタ人の居場所を特定するわよ」
『かしこまりました』
アネカネの言に応えるエシュロン。
「そうは言っても、不法入国とか、偽造パスポートとか、そのくらいはやっているんじゃないのか?」
俺の質問に首肯するアネカネ。
「それはそうでしょうね。だからまず、アンゲルスタとそれに関連したワードから絞っていくわ。エシュロン」
『かしこまりました』
エシュロンがアネカネの命令に応えて、世界中の情報から、アンゲルスタ人がいそうな場所を特定していく。
関連ワードから出てくる上位は政府や軍関係の施設で、次いでテレビ局や新聞社などのメディア関係、教会関係、アンゲルスタと取引のある会社、更にSNS配信者となり、そしてどこの誰だか分からない一般人が特定されていく。
「アンゲルスタ関係のワードを発信している一般人、結構いるな」
エシュロンがモニターに映し出したものを見ながら独りごちる。
「そうね。でも全部が全部関係者じゃないわ。アンゲルスタ関係に興味がある一般人も少なくない」
「そうなのか?」
モニターに映し出された文章の大半がアルファベットで書かれているので、何が書かれているのか分からなかったりするんだよねえ。『生命の声』のスキルを持っていると、文章の翻訳も出来るんだな。
「でもそれなら、この膨大な一般人の中から、どうやってアンゲルスタ関係者を割り出すんだ?」
「まあ、バレバレの人もいるわ。政府や警察からマークされていたり、そんな人物と何度も接触していたりね」
成程。そうやって少なくなっていく関係者だが、まだ数が多い。
「ここから都市部と軍施設近郊にいる人間と、そこに現在向かっている人間に絞るわ」
「何故?」
「アンゲルスタはグジーノから作り出した『狂乱』のスキル付与薬を、『粗製乱造』で増やすでしょう」
「だろうな。そして世界中のテロリストに配る。方法としては恐らく輸送系のスキルを使って」
首肯するアネカネ。多分アネカネが使う魔法陣と同様のスキルが存在するのだろう。小さなものだけ通せる転移陣のようなものとか。
「そうね。でも受け取ったアンゲルスタ関係者は、恐らくレベル一でしょう」
「ああ、確かに」
「となると、『粗製乱造』された『狂乱』の威力や範囲も高が知れている。なら都市部か軍施設の近くでピンポイントで使うでしょうね」
成程。とモニターを見るが、それでも絞られた関係者は多い。
「ここからどうする? 全員殺せば事件だぞ?」
「あんな奴ら、それくらいの天罰を受けて然るべきだと思うけど?」
俺がその発言に嘆息を漏らすと、アネカネは両肩を竦ませた。
「冗談と言う事にしておくわ。公衆の面前で人殺しなんて事件だものね。エシュロン、関係者たちの周囲のカメラにマイクは付いているかしら?」
『はい』
マイク? 今から耳で情報収集するのか? そう思って首を傾げていたら、
「ピピピッ、チウチウ、ワンワンッ、ニャーゴ」
とアネカネはモニター前のマイクに向かって、様々な動物の鳴き真似を始めた。何を始めたんだ? と思っていたら、あっという間にモニターの向こうに動物たちが集まってきた。
「マジか……?」
「ふふ。ここからが私の真骨頂よ。知っているかしら? 動物や魔物の行動範囲って人間が思っているより、ずっと広いのよ」
そう背中で語ると、アネカネは動物たちとそれぞれの鳴き声で何かやり取りを始めた。それをスマホに打ち出していくアネカネ。流石に地球に来たばかりのアネカネに、キーボードでブラインドタッチはないよな。
「怪しい人物は特定出来たわ」
「マジで!?」
「ええ。エシュロン」
『かしこまりました。入力された情報を、世界中の政府に送信します』
そうしてアネカネが特定した情報が、直ぐ様世界中に送られていく。
「これで悲惨な事態は回避出来たか」
「アンゲルスタ以外ではね」
後ろで事態を見守っていたバヨネッタさんが、俺が考えないようにしていた事を口にする。その一言に嘆息する俺。
「はあ。そうなりますよね」
アンゲルスタは既に狂っている。アンゲルスタ以外で『狂乱』が起こらないなら、国内で『狂乱』を起こして、自国の人間のレベルアップくらいの事を仕出かしても不思議じゃない。
「アンゲルスタを国ごと聖結界で囲う事は出来るでしょうか?」
「出来なくはないけれど、そうなると件の塔に引き篭もるんじゃないかしら?」
その可能性は低くないな。
「まずいわね」
そこでエシュロンのモニターとにらめっこをしていたアネカネが、口に手を当てて声を上げる。
「どうかしたのか?」
「『粗製乱造』で作られるスキル付与薬が、予想よりも多そう。アンゲルスタ関係者の間で、それを無差別にばら撒いて、更に大規模に『狂乱』を引き起こそうと言う計画が持ち上がっているわ」
マジか!?
「その情報は……」
「もう各国政府に送っているわ。でもどれだけ防げるか分からない。それこそ、この世界を覆うレベルで『聖結界』を張らないと、この世界が『狂乱』に包まれる事になるわ」
「スキル付与薬って、どれくらい効果が持続するんですかね?」
「さあ? でも奴らが予備のスキル付与薬を携行していた事を考えると、早ければ数日、遅くても十日と言ったところかしら?」
とバヨネッタさんの非情なる宣告。終わった。俺は膝から崩折れた。もう、何もかも終わりだろ? どうやったら『聖結界』で地球を覆えるって? それも十日も……? いや、待て、まだ思考を止めるな。俺はスマホを取り出し、オルさんに繋いだ。
「あの、前にオルさんと話していた『あの技術』って、もう実戦投入出来ますか?」
『ああ、あの技術かい? 日本との共同研究でテスト段階に入っているよ。そうだね、長期間の運用にはまだ向かないけれど、短時間ならばどうにか』
「今すぐ使えるようになりませんか!?」
『……余程の緊急事態のようだね?』
俺はオルさんに事情を説明した。
『成程。でもそれには、人工坩堝が十個に、それに魔力を注ぎ込めるだけの魔力量を持った人物が十人必要だね。それでも人工坩堝を使い潰して丸二日が今の技術の限界だと思う』
人工坩堝十個を使い潰して、地球にたった二日『聖結界』を張れる、か。いや、そもそも人工坩堝をバヨネッタさんに供出して貰えるのか? 俺は恐る恐るバヨネッタさんの方を向く。
「良いわよ」
「良いんですか!?」
「ハルアキ、あなた、私を血も涙もない悪魔か何かかと思っているの?」
「滅相もありません」
「まあ、お姉ちゃんのスキルなら、その人工坩堝を提供したところで、何の損失にもならないでしょうしね」
とはアネカネ。そうなのか? とバヨネッタさんを見遣れば、そっぽを向かれてしまった。
「何であれ、やってやりましょう!」
拳を握る俺に姉妹は頷きで返してくれた。
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