第233話 マシュマロの対価?
俺とラシンシャ天との間で、一つ話がまとまったところで、妖精━━三十センチ程の背丈で、背中にトンボのような羽根を生やした存在が、料理を運んできた。俺たちに害がないとの判断がなされたのだろう。
運ばれてきたのは、満漢全席を思わせる豪奢な料理の数々である。芳しい匂いが食欲をそそるが、仙人って霞を食べて生きていると思っていたが、異世界では違うらしい。そう思ってゼラン仙者の方を見遣ると、仙者は一人で雲のような物を食べていた。マシュマロっぽい。
「ん? これが気になるのか?」
「え? いえ、すみません、物欲しく見ていたのではないのです。これだけ豪華な料理に手を付けないのかと思っただけで」
「ふっはっはっはっはっ!! 気にするなハルアキ。ゼラン自身は偏食なんだ。この料理の数々は、これだけの物を自分は用意出来ると言う自慢なだけだからな」
豚の角煮のようなとろとろの肉を頬張りながら、ラシンシャ天が教えてくれた。成程、この料理はお客様用なのか。
俺が納得して、大きな魚を丸々一尾揚げた物に箸を伸ばしたところで、俺の席に雲のようなマシュマロのような物が妖精によって運ばれてきた。ゼラン仙者の方を見遣ると、「食ってみろ」と自信ありげに頷いている。
それでは、と手に取って一口かじってみれば、結局それはマシュマロであった。しかも味が薄くて、ネチャネチャしていて口の中に残る。俺の口には合わないかな。と思っていると、
「どうだ? 美味かろう?」
とゼラン仙者が味の感想を求めてきた。俺が曖昧に笑顔で返すと、ムッとするゼラン仙者に、それを見て吹き出すバヨネッタさんがいた。
「ふっはっはっはっはっ!! お主自慢の雲餅は、ハルアキの口には合わなかったようだなゼランよ」
「い、いえ、似た見た目の物を食べた事があったのですが、味も食感も違っていたので、違和感がありまして」
「ふむ? 異世界にも雲餅があるのか?」
「高が知れている。これより美味い訳ない」
俺の発言に、ラシンシャ天だけでなく、ゼラン仙者までが悪態を吐きながらも食い付いてきた。
「あー、えっと、丁度今持っているのですが、食べますか?」
俺が『空間庫』からマシュマロを取り出すと、ラシンシャ天とゼラン仙者の目がギランと光る。
妖精が持ってきた皿にマシュマロを取り出すと、それは各席に運ばれていき、皆が一口それを食べた。
「おお! 軽い甘さにふんわりモチモチで、すぐに口の中から消え去る不思議な食感。雲餅よりも断然美味いじゃないか!」
と素直に感想を口にするラシンシャ天とは対照的に、ゼラン仙者は顔を真っ赤にしていた。
「お気に召しませんでしたか?」
俺が尋ねると、ゼラン仙者が涙をこぼす。
「美味しい……。何だこれは!? こんなに美味しい物が、世の中にあったのか!? いや、異世界の食べ物だから、この世界にはなかったのか!」
とゼラン仙者は俺が供出したマシュマロをあっという間に食べきり、更に差し出せ。と要求してくる。結果俺は三袋のマシュマロをゼラン仙者に渡す事になった。
「良いなこのマシュマロと言うやつは。ハルアキよ、これを提供してくれた礼として、私から何かをくれてやろう」
望外な反応が返ってきた。
「何か、ですか?」
「そうだ。武具か? 術式か? それとも女か?」
女って。
「いえ、安物ですから、そんな対価を払って頂くまでもありません」
俺がそう答えると、場にいる全員から残念なものを見るような目を向けられた。どうやら俺の発言はおかしかったらしい。
「ハルアキって、たまにそう言う事言うわよね」
「ふっはっはっはっはっ。商人の癖に無欲だな」
「例えこれが安物だろうと、今この場では千金の価値があるのだ。仙者として、対価なしに受け取る気はない」
なんだかなあ。と思いながら、それならば。と考え直す。
「アニン」
俺は腕輪に変化していたアニンを呼び出す。呼び出すと言っても、実体化した影のような存在だが。
「ほう? 化神族か? どこで手に入れた?」
「ベルム島の剣神アニンよ」
ゼラン仙者の問いにバヨネッタさんが答えると、ゼラン仙者の目の色が変わった。
「まさか!? …………いや、そう言う事なのか」
どうやらベルム島の剣神アニンの名は、そっち界隈では有名らしい。ラシンシャ天は知らなかったらしく、首を傾げているが。
「しかしバヨネッタよ、良くもそれだけのお宝を、従僕に下賜したものだな」
「私が与えたんじゃないわ。私がハルアキと出会った時には、二人は既に出会った後だったのよ」
「二人が出会った後?」
「ハルアキがこの世界で初めて転移した場所が、ベルム島だったのよ」
「それは、運が良かったのか悪かったのか」
ゼラン仙者に、苦労したんだな。って視線を向けられた。
「それでハルアキよ。どうやらお主ら二人は、第一の坩堝まで融合共有するまでの仲のようだが、それをどうしたいのだ? 関係を断ちたいのか?」
俺は首を横に振るう。
「ここまできて、アニンとの関係を断つのはもう諦めています。ゼラン仙者は、シンヤやリットーさんに、全合一をお教えになられましたよね?」
「うむ。リットーとも既知であったか。ではお主が全合一を使えているのは、リットーからか?」
「はい。ですが私の全合一は完全とは言えません」
「つまり、化神族との融合を維持したまま、全合一を完璧なものにしたい。それがお主の望みと言う訳だな?」
俺は首肯する。
「いやはや。何の望みもない。とか言っておきながら、後出しするのがそれとは、ハルアキお主、意外と策士だな」
そうだろうか? 俺は結構行き当たりばったりなだけなんだけど。
「良いじゃない。ハルアキにはその資格があると思うわよ。このトホウ山まで自力でやって来て、己の力によってあなたに会う。と言う条件は満たしているのだから」
とバヨネッタさん。へえ。ゼラン仙者から教えを乞うには、そんな条件を満たしていないと駄目だったのか。まあ、俺の場合は抜け道的な裏技だったけど。
「確かにな」
「それに、ハルアキはあなたの望みを叶えられる人材よ」
腕を組んで考え込むゼラン仙者に対して、バヨネッタさんが発した言葉に、ゼラン仙者が片眉を上げて反応した。
「私の願いを叶えられる。だと?」
首肯するバヨネッタさん。
「ハルアキは、『時間操作』のスキルを持っているのよ」
「何だと!?」
この発言に思わず席を立つゼラン仙者。周りはその事に驚き、シンと静まり返り、視線がゼラン仙者に集中する。ゼラン仙者は咳払いをして雲の椅子に腰を下ろした。
「『時間操作』か。使えるのか?」
「私が何の勝算もなくこんな発言をするとでも?」
「確かにな。が、今までにも『時間操作』のスキル持ちに手伝って貰った事はある。しかし私の望みは叶わなかった」
「そうね。でもそれはハルアキじゃなかったからよ。ハルアキが全合一を完璧にマスターして、五つある坩堝を全て開放すれば、それに付随して、神の武器とも神殺しとも呼ばれる化神族のアニンの力も解放される。そうすれば……」
「成程。可能性は跳ね上がるのか」
「それに、ゴルードの人工坩堝もあるわよ」
バヨネッタさんの言葉に、いやらしく口角を上げるゼラン仙者がいた。まるで悪魔の甘言に騙される子供を見ているような気分だ。
「で? 俺は何をどうすれば良いんですか? バヨネッタさん」
俺が尋ねると、こちらを振り向いたバヨネッタさんは悪い顔をしていた。
「簡単よ。ハルアキは『時間操作』のスキルを使って、ゼラン仙者を老けさせれば良いのよ」
…………? どう言う事? 俺は首を傾げた。
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