第232話 睨まれる

 ラシンシャ天がバヨネッタさんにすげなくフラレたところで、場所を白金の宮殿内に移して話を続ける。通された部屋には雲が漂っていて、それぞれが思い思いの雲に腰掛ける。ふわっふわだな。


「ペッグ回廊がデレダ迷宮と繋がった!?」


 ゼラン仙者が、どうして俺たちがここにいるのか説明するゴウマオさんを、眉根を寄せて胡散臭そうに見ている。対してラシンシャ天は興味深そうに顎と手を当てていた。


「普通ならそんな馬鹿げた情報を鵜呑みにはしないのだがな。現物が目の前にいては信じるしかあるまいか」


 そう言ってゼラン仙者は雲の椅子にその身を預け、天を仰ぐ。


「確かにペッグ回廊とデレダ迷宮は同時代の遺物だが、そこが繋がっているなどと、良くもこの時代まで秘されてきたものだな」


 ゼラン仙者は腕組みをして何やら黙考している。


「ペッグ回廊と言っても深いぞ? どこで繋がったんだ?」


 代わりにラシンシャ天が尋ねてきた。


「地下七十八階です」


 ゴウマオさんの答えに、今度はラシンシャ天が眉をひそめた。


「随分深いな。七十階から降りるにしても、安全の確保が大変だ」


 どうやらラシンシャ天の興味は、既にこの開通した新たな貿易路を、どのように活用するかに移っているようだ。


「その事なら問題ないわ。私がヤマタノオロチを倒したから」


 バヨネッタさんの発言に、場がざわついた。


「ほう?」


 ラシンシャ天や女官たちが、バヨネッタさんの発言をどう受け止めれば良いのか思案している横で、今度はゼラン仙者が興味を示してきた。


「ふふ。やっぱり気になるのはこれかしら?」


 とバヨネッタさんが自慢げに『宝物庫』から草薙の剣を取り出した。それに場が更にざわつく。


「ほう、草薙の剣が出たのか。運が良かったな。あれは倒せば確実に落とすものではないからな」


 草薙の剣を見るゼラン仙者の目がギラギラしている。見た目幼い子供な事もあって、その姿はおもちゃ屋の前で立ち止まっている子供のようだ。


「しかし何故貴様が持っている? シンヤだって相応に活躍したんじゃないのか?」


 ゼラン仙者のこの発言は、シンヤが一番活躍したんじゃないのか? と言う意味であり、それはつまりシンヤにキュリエリーヴを渡した自分の手柄ではないのか? と暗に言いたいのだろう。


「悪いけど、勇者パーティに活躍の場なんてなかったわ。だって私が一人で倒してしまったもの」


 限界まで口角を上げてゼラン仙者を見遣るバヨネッタさんは、とっても嬉しそうだった。


「あのヤマタノオロチを一人でだと!? 流石にその嘘は見過ごせんぞ!」


 とゼラン仙者はゴウマオさんを見遣り、詳しい情報の提示を求めるが、ゴウマオさんは、バヨネッタさんは間違った事を話していない。と首を横に振るった。


「バヨネッタさんとヤマタノオロチは相性が良かったみたいです」


 俺が横から口を出したら、ゼラン仙者に凄い目付きで睨まれた。あ、はい。何かすみません。


「馬鹿な! 貴様ら何を腑抜けた事をしているのだ! 折角キュリエリーヴまで供出して後押ししてやっていると言うのに! いったい何の為に色々骨を折ってやっていると思っているのだ!」


 とゴウマオさんを怒鳴るゼラン仙者。お冠だなあゼラン仙者。シンヤたちの気苦労が知れる。


「勇者パーティにはヤマタノオロチの死体をくれてやったから、そっちは好きにすれば良いわ」


「はっ! 良く回る口だな! トカゲの死体にどれだけの価値があると言うのか!」


 いや、あるだろうよ。ラズゥさんの話では、ヤマタノオロチの死体から、武具や薬が作れるって話だったからな。まあ、バヨネッタさんやゼラン仙者の価値観からしたら、価値は低いのかも知れない。言わないけど。また睨まれるから。


 悔しがるゼラン仙者を、バヨネッタさんが満面の笑みで睥睨している。その様を見ながら、ラシンシャ天が口を開いた。


「しかしそうか。もうヤマタノオロチを倒してしまったのか」


 ラシンシャ天は複雑そうな顔をしていた。


「お酒の問題ですね」


 思わず口を出してしまった俺に、今度はラシンシャ天が不愉快そうに視線を投げてきて、鷹揚に頷いた。またやってしまった。


「その通りだ。ヤマタノオロチを倒す為に、土地の領主、流通を司る商人、米を作る農家、道具類を作る職人など、様々な場所に無理をさせてしまったからな。その全てが途中で無駄になってしまったのは痛い」


 こうやって天から直に聞くと、ヤマタノオロチ退治がいかに国の一大事業だったのかが分かるな。それを一人で成してしまったバヨネッタさんが異常なのだろう。


「お酒に関してでしたら、私も協力出来ると思っております」


 俺はまた睨まれるのを覚悟で、ラシンシャ天に頭を下げた。


「ほう? 協力出来る。ときたか」


 頭を下げた俺にはラシンシャ天が今どんな顔をしているのかは見れないが、冷めた声音である事は分かった。


「小僧一人で何が出来ると言うのか」


 ラシンシャ天の言葉に、俺は頭を下げたまま天に近付き、己の身の上を示す商人ギルドのギルドカードを提示した。


「ふん。一介の商人が、どれ程の酒を購入すると言うのか。百樽か? 二百樽か?」


「全てです。ヤマタノオロチ退治の為に今回新たに仕込まれた新酒全て、買い取らせて頂きます」


 俺の答えに、場が静まり返った。あれ? 俺変な事を言ったかな? と恐る恐る顔を上げると、ラシンシャ天が俺を得体の知れないものを見るような目で見ていた。この目は知っている。ここまで来る時に、ゴウマオさんにも同じ目を向けられたから。


「買い付けてどうする? 商人ならば、売り捌いてナンボだろう? 販売先があるのか? 貴様もバヨネッタ同様エルルランドから来たのだろう? あそこは美食の国だ。対ヤマタノオロチ用の安酒なぞ不味くて売れんぞ?」


「異世界に売ります」


 ラシンシャ天に気味が悪いものを見る目を向けられた。その目、傷付くんですけど。


「異世界、だと?」


「私の従僕は、シンヤと同じ異世界出身なのよ」


 一笑に付されようとしていたところで、バヨネッタさんが助け舟を出してくれた。その発言にラシンシャ天たちが驚き、また場がざわつく。


「ほう。シンヤと同郷であったか」


 俺には全く興味がなかったであろうゼラン仙者が、声を掛けてきた。


「とは言っても、結局この小僧はこちらの世界で商人をやっているだけだろう? 売ると言って、それはいつ売れるようになると言うのだ? 農家や職人たちは、五年後十年後に金が欲しいのではないのだぞ?」


「はい。それはもちろんサブさんから聞き及んでおります。ですから、出来るだけ早急に、異世界にある我が国と国交を締結して頂きたい」


「はん。まるで自分ならばすぐにでも、それが可能だとでも言いたげだな?」


「可能よ。ハルアキならね」


 バヨネッタさんの確信の一言で、更に場がざわついた。


「この小僧のスキルは、それが可能なスキルと言う事か?」


 ゼラン仙者の問い掛けに、バヨネッタさんが頷き、俺が頷いた。


「ふ、ふっはっはっはっはっ!! 面白い!! 面白いじゃないか小僧!! この余を前にして、その大胆不敵さ。国全体で作った酒を、全部買い取るその豪胆さ。流石はバヨネッタの従僕と言ったところか。気に入ったぞ! そち、名は何と言う?」


「バヨネッタさんの従僕にしてクドウ商会の商会長をしております、ハルアキ・クドウと申します。ハルアキとでも、クドウとでも、いかようにもお呼びください」


「ではハルアキ。売ってやろう。ヤマタノオロチ用の酒、一万樽だ! きっちり金は払えよ」


 樽の大きさは分からないけれど、前にテレビで見た話だと、ワインの大樽だと千リットルを超えるそうだ。つまり一千万リットルって事かあ。ちなみにお酒一合で百八十ミリリットルらしいから、五千五百万人分以上と言う事になる。日本どころか世界中に配れるな。そして一合百円で買ったとして、五十五億円。買えちゃうなあ。


「かしこまりました。では一万樽で十二億ギン(六十億円)でいかがでしょうか?」


「買い叩くな。が、味を度外視した代物だ。妥当とも言える。良かろう。それで手を打ってやる」


 不満を口にしながらも、ラシンシャ天は嬉しそうだった。

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