第231話 天からの求婚

 オルドランドのジョンポチ帝と言い、ここパジャンのラシンシャ天と言い、どうして俺は大国の長と変なところで出会うのだろうか?


 それはそれとしてドキドキしている自分がいる。俺が求婚された訳でもないのに、見ているだけで息が出来なくなる。ちらりとバヨネッタさんの様子を見れば、呆れたように嘆息していた。


「安く見られたものね。そんな壊れた剣で私が釣れると思っているの?」


 バヨネッタさんの言葉に、眉を一瞬ぴくりと釣り上げるラシンシャ天。あの剣壊れているのか? でもシンヤの霊王剣と同様の機構なら、確かに壊れる事もあり得るのか。


「ふむ。国の恥部が大陸の外まで届いていたか」


 ラシンシャ天は、それでもあまり気にしていないような素振りを見せる。顎に手を当て面白そうにバヨネッタさんを観察し、おもむろに短剣を引き抜くと、その引き金を引いた。


 ブゥン。


 とシンヤの霊王剣同様に高速振動する短剣の刃。短剣は問題なく起動するようだ。もしかしたら過去に壊れていたのかも知れないが、修復されたと言う事だろう。


 ラシンシャ天は、驚いただろう? とバヨネッタさんを見遣るが、バヨネッタさんに動揺はなかった。まるでこうなる事が分かっていたかのようだ。


「ふむ。これにも動じないか。カスタレが復活している事は、国内でも知っている者は数少ないはずなんだがな」


 どうやら護剣カスタレが壊れていると言うのは、パジャンがわざと流した虚実情報であったらしい。これに食い付いてきた裏の組織などから、どこら辺の有力者と繋がりがあるのか、探りを入れる意味でもあったのかも知れない。


「そうね。その剣を直した鍛冶師の国を、口封じの為に滅ぼした事も知っているわよ」


 バヨネッタさんの言葉に、ラシンシャ天やそのお付きの女官たちが激しく動揺した。これは本当の極秘情報であったらしい。表向きは違う理由で戦争してたんだろう。これだけが理由じゃない。と言うのが本当のところか。


 それにしてもバヨネッタさんはどこでそんな情報を? いや、俺もどこかで聞いた事があるような?


「!! ゴルードさんか!」


 俺が思わず声を上げると、ラシンシャ天や女官たちから凄い視線が向けられた。どうやら当たりだったらしい。そりゃあゴルードさん、故郷を滅ぼされていれば、パジャンに協力なんてしたくないよなあ。そしてゴルードさんが霊王剣の仕組みに詳しかった理由も分かった。ラシンシャ天の持つ護剣カスタレを直した事があったからだ。


「小僧、何故その者の名を知っている!?」


 ラシンシャ天が鬼さえ殺しそうな形相で睨んできた。怖い。怖過ぎます。隠れたいけど隠れる場所がありません。


「当然よ。私が持っているこの銃を、誰が造ったと思っているの?」


 バヨネッタさんの言葉に、ラシンシャ天だけでなく、今まで静観していたゼラン仙者の視線までが、トゥインクルステッキに注がれた。


「その銃が、ゴルードの製作したものだと?」


 ゼラン仙者の言葉に、バヨネッタさんがこれみよがしに笑みを浮かべて首肯する。


「そうか。あやつ生き延びておったのか」


 そう口にするラシンシャ天は、どこかホッとしたような表情をしていた。


「全く、今日は驚かされてばかりだ」


 息を吐くラシンシャ天に対して、してやったりと笑みを深めるバヨネッタさん。


「あら、天には刺激が強過ぎたかしら?」


「いや、このぐらい刺激的なのも悪くない。それでどうだバヨネッタよ? この天下の護剣で妃になる気はあるか?」


 ラシンシャ天は、まだバヨネッタさんを諦めていなかったようだ。何がそこまで気に入ったのだろうか? だがバヨネッタさんはこの求婚に対して、しっかり首を横に振った。


「それだけじゃあ足りないわね」


「ふむ。足りないと来たか。ではこれ以上に何を望む?」


「トホウ山」


 ラシンシャ天の問い掛けに、バヨネッタさんは真っ直ぐその瞳を見詰めながら答えた。それにしてもトホウ山って事は、つまりゼラン仙者が持っている全てって事だよな。自分の価値を大きく出してきたなあ。これにはラシンシャ天だけでなく、ゼラン仙者までが固まっている。それはそうだろう。私に求婚したいなら、パジャンからゼラン仙者に戦争を吹っ掛けろと言っているようなものなのだから。


「ふっはっはっはっはっ!! 面白い!! 面白いぞ!! 流石は魔女だ!!」


 固まっていたラシンシャ天は、ハッと我に返って大笑いを始めた。いや、何が面白いのかさっぱり分からないのですが。俺、現在進行系で滅茶苦茶肝が冷え込んでいるのですが。


「お前の主、流石にぶっ飛び過ぎじゃないか?」


 などと、俺の陰に隠れるように息を潜めていたゴウマオさんが小声で話し掛けてきた。


「俺もそう思います」


 今回の俺の発言には、ゴウマオさんも同情の視線を送ってくれた。まあ、俺の後ろからだけど。


「それで? どうするの?」


 尋ねるバヨネッタさんに、ひとしきり大笑いしたラシンシャ天が、真顔に戻って口を開く。


「やめておこう」


 まあ、そりゃあそうだよねえ。女性一人の為に、国軍動かして戦争とか、本当にそれやったら常軌を逸している。だと言うのに、何故あなたはそんなに驚いた顔をしているのですか?


「意外ね。パジャンの天はどんな無茶な願望も、必ず叶えてみせる傑物だと聞き及んでいたけれど、違ったのかしら?」


 これを聞いてまた大笑いするラシンシャ天。


「それは先代までの天だな。余は違う。余は自分一人では叶えられない願いがある事を知っている」


 そう語るラシンシャ天は、どこか憂いのある顔をしていた。


「それに、横に欲望の権化のような輩がいては、ああは成るまいと自戒するものだ」


「それは一理あるわね」


 とラシンシャ天とバヨネッタさんは半眼でゼラン仙者を見遣るのだった。


「私は仙者だぞ? そのような視線を向けて、無礼だと思わんのか?」


 こう言う発言しちゃう人なんだなあゼラン仙者って。益々周りの視線が冷たくなっていく中、一人気炎を上げるゼラン仙者がいた。

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