第230話 今はね

 ショートカットで山頂にたどり着いた俺たちを、男の子が物凄い顔で見上げている。対して壮年の男の方は、何がそんなに面白いのか、腹を抱えて笑っていた。


「魔女がッ!! ついにやってきやがったな!」


 男の子は吠えると、パチンと指を鳴らす。それだけで男の子を中心に白金の宮殿を囲むように無数の、恐らく千を超える数の剣が現出した。その一振り一振りに恐ろしい魔力が込められているのが、俺でも分かる。正に臨戦態勢と言うやつだ。間違いなく、この男の子がゼラン仙者なのだろう。


 ではもう一人、女官を従える男は何者なのか? ゴウマオさんは両方に面識があるらしく、ニヤニヤと口元を歪めながら事態を静観している男に、ペコペコ頭を下げていた。


「ついに……ね。その口振りだと、ワタシが誰かは見当がついているようね」


 千の剣の切っ先が、その肉を貫こうとバヨネッタさんに向けられる中、バヨネッタさんは平然とゼラン仙者を睥睨へいげいしていた。


「当然だ。私の宝を狙う輩は、きっちりブラックリストに載せてある。その一番上に位置するのが貴様だ。財宝の魔女バヨネッタ!」


 へえ、ラズゥさんのお兄さんはバヨネッタさんの名前を聞いても、誰だそれ? って感じだったけど、ゼラン仙者はバヨネッタさんの顔を見ただけで誰か分かるくらい警戒しているのか。


「全く忌々しい。貴様が西の大陸で活動を始めたせいで、こちらへ流れてくるはずだった西の名品がまるで届かなくなってしまった」


 あれえ? なんかどこかで聞いた話だな? バヨネッタさんとゼラン仙者って結局同じ穴のむじなって事?


「西の大陸の財宝だけでは飽き足らず、東の大陸にまでその食指を動かしてきたか!」


「ふふふ。まあ、そう言う事よ」


 吠えるゼラン仙者に対して、極悪な笑みをみせるバヨネッタさん。二人の間に緊張が走る。我が主ながら、悪役ムーブの似合う御人である。実際にはヤマタノオロチを退治した後だから、余裕なんてないはずなのに。


「ゴウマオ。お前がこの者らを案内してきたのか?」


 そこに、今まで事態を静観していた男が尋ねてきた。現在ゴウマオさんは俺がアニンで作った籠の中にいる。その姿はともすれば檻に閉じ込められているようにも見える。もしかしたら俺たちがゴウマオさんに、無理矢理言う事を聞かせているように見えているのかも知れない。


「はい。申し訳ありません。まさかこのような事態になるとは夢にも思っておりませんでした」


 まあ、ゴウマオさんがついて来ても来なくても、結果は同じだっただろうから、あまり気に病む必要はないと思うよ。


「シンヤや他のパーティメンバーはどうした? まさかそこの魔女にやられたのではあるまいな?」


 流石に勇者パーティの現状が気になるらしく、男の声音は真剣だ。


「い、いえ、あの……」


「勇者たちは無事よ。今はね」


 余計な一言を付け加えるバヨネッタさん。この一言のせいで山頂の緊張レベルが一段上がった。


「魔女め! 貴様の蛮行、私が見過ごすと思ったか!」


 迫る千の剣。しかしそれでもバヨネッタさんは口元の笑みを絶やさない。


「あら? 私を傷付けて大丈夫?」


 その言葉に千の剣が止まる。


「ふふふ。流石は仙者、利口な選択ね」


「人質とは卑怯だぞ!」


 歯ぎしりをして悔しがるゼラン仙者を、愉快そうに見下ろすバヨネッタさん。


「ふふふ。もしも勇者たちを無事に返して欲しかったら……分かるわよね?」


 バヨネッタさんの言葉にゼラン仙者は顔を真っ赤にしている。余程腹に据えかねているのだろう。今にも暴れだしそうな気持ちを、ギリギリのところで踏み留まっている。


「はあ。気が済みました? バヨネッタさん」


「あら? 変な事を言わないでハルアキ。まるで私が、東の大陸の宝が手に入らない腹いせに、外道仙者に意地悪をしているみたいじゃない」


「みたいじゃなくて、実際その通りでしょう」


 俺はそう反論しながら山頂に降り立つと、アニンの籠からゴウマオさんを解放する。


「すみませんウチのご主人様が。あれでも良いところがあるんですよ」


「あれでもってなによ」


 バヨネッタさんも気が済んだのか、宙から降りてきた。


「なんだ? どう言う事だ? 勝てないと分かって勇者パーティを解放する気になったのか?」


 警戒したまま尋ねてくるゼラン仙者に、俺は首を左右に振るう。


「いえ、解放も何も、そもそもシンヤたちを拘束もしていませんから」


 俺の発言に首を傾げるゼラン仙者。


「つまり今までのやり取りは、バヨネッタさんのブラフです」


「なっ!?」


 それを聞いてまたもや顔を真っ赤にするゼラン仙者。仙者って聞いていたからもっと超然としている人を想像していたけど、かなり直情的な人のようだ。姿も可愛らしい男の子だしなあ。あれでも俺より年上なんだよなあ。


「ふっはっはっはっはっ!! 面白いじゃないか、魔女よ! 嘘一つでゼランをここまで追い詰めた者はお前が初めてだ!」


 真っ赤な嘘で顔を真っ赤にしているゼラン仙者を横目に、壮年の男がバヨネッタさんに話し掛けるが、バヨネッタさんはそちらに興味がないらしく、ちらりと一瞥しただけで、また視線をゼラン仙者に向けた。恐らく脅威度を考えると、ゼラン仙者から視線を外す事が出来ないのだろう。


「ふっはっはっはっはっ。余を無視するか。益々面白いじゃないか、財宝の魔女! 貴様、余の妃にならんか?」


 はあ!? 何言っちゃってるのこの人。妃って何? 奥さんにしたいって事?


 とんでもない提案をされたにも関わらず、バヨネッタさんは男に視線を向けない。慌てているのは周りの女官たちであった。


「ふっはっはっはっはっ。言葉だけでは信じられないか? ならばこれを下賜しよう」


 そう言って男が懐から取り出したのは、一振りの短剣だった。男が短剣を取り出すと、更に周りの女官たちがざわついた。その騒がしさにバヨネッタさんもちらりと視線を向ける。


「なっ!?」


 そして滅茶苦茶驚いていた。え? ただの短剣じゃ……? いや待て。あの短剣、引き金が付いている? と言う事は、霊王剣のお仲間って事か?


「それは護剣カスタレ。 何故あなたが? いえ、それを持っていると言う事は、そう言う事なのでしょう」


 とバヨネッタさんは一人納得している。いや、この場で話についていけてないのは俺だけか。誰か説明して欲しい。と俺はゴウマオさんに耳打ちした。


「あの方、どなたです?」


「天だよ」


「は?」


 思わず変な声が漏れてしまった。天? 天って、天?


「いかにも。余はこの東の大陸の覇者、パジャンの天、ラシンシャである。魔女よ、もう一度問おう。余の妃になれ」


 うええええ!? これってどう言う状況なの!? 説明してえ!?

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