第22話 課題とカニ
「ぬわああああッ!?」
異世界に戻ってきた俺は、二人乗りのゴムボートを作成すると、島の南にある港跡から海へと出航したのだった。
ゴムボートには電動モーターで回るプロペラが後部に取り付けられ、ボートでの航行中に電動モーターの電気が切れたら、ゴムボートごと俺の自室に戻ってくる作戦だった。だったのだが……
「な、波! 波が!」
港の存在した内海はまだ良かったのだが、島から段々離れていく程に波が高くなっていき、波高は既にゴムボートを超えていた。こんなのいつゴムボートが転覆しても分からない。
俺は直ぐ様、いつでも逃げ出せるようにアニンを翼へと変化させる。
と、そこに、ザッバァ〜ンと大波がやって来て案の定ゴムボートは波に攫われ転覆してしまったのだった。
「はあ〜」
間一髪空を飛んで大波から逃れた俺は、ひっくり返って逆さまになっているゴムボートを掴むと、浜へと回収していった。
「上手くいくと思ってたんだが、海をナメてたな。波があんなに強力だとはなあ。こうなるとアニンが言っていたみたいに、空を飛んでこの島を脱出するしかないな」
『出来るのか? 前にも言ったが、船で三から五日だ。魔力が持たないんじゃないか?』
持たないだろうし、そんなに家を空けていられない。家族が心配する。
「ふっふっふっ、その解決方法は既に思い付いているのだよ。翼で空中を移動中に、転移門を空に出現させればいい。そして自室に戻り休憩。休憩が終わったら、また空に開いた転移門から飛び立っていく。これで完璧じゃない?」
『やってみたのか?』
「は?」
『試してみたのか?』
「え? いや、試してはいないけど、そんな難しい事じゃないでしょ?」
なんか含みのあるアニンの言い方が気になった俺は、砂浜で翼を出したまま転移門を開いてみた。…………開かなかった。翼を出したまま黒剣を出してみた。…………出なかった。ツルハシもスコップも出なかった。
『やはりな』
「どう言う事?」
『一度に使える魔力量の問題だ』
「一度に使える魔力量?」
『我を翼として行使するには、結構な魔力を必要とするからな。転移門にしろ剣にしろ、他の魔法を同時に使用するには、ハルアキはレベルが低いのだろう』
なんかよく分からんが、確かに記憶を振り返ってみると、戦っている時にしろ何にしろ、転移門が開いている時に魔法は使っていなかった気がする。
「ええ? じゃあどうしろって言うんだよ」
『レベルを上げるしかなかろう。翼を出したまま、転移門が開けるくらいまで』
はあ、それまでこの島で足止めかあ。
『それより良いのか?』
「何が?」
『ゴムボートとやらがズタズタにされているが?』
「はあ!?」
見れば俺の身体より数回り大きいカニが、その大きなハサミでゴムボートをズタズタに切り刻んでいた。
「うわああッ!? なんて事してくれるんだ!? 結構高かったんだぞ!」
俺はアニンを翼から黒剣に変化させると、カニに向かっていく。
ザッと黒い刃の波動でもってカニに斬撃を与えるが、ギシンッとカニの硬い甲羅が、刃の波動を跳ね返す。
「くっ、やっぱり効かねえか」
こう言うのは関節を狙うのがセオリーだよな。そう思い直し、黒剣で関節を狙うのだが、このデカカニ、意外と素早い。
カニらしく右に左にフットワークが軽く、俺の拙い剣技では、中々捉えるのが難しい。
更に両手の大ハサミである。こっちが剣を振るえば既に姿はそこになく、そして死角からハサミが攻撃してくるのだ。
カニ。中々の強敵である。
距離を取って対峙する。俺の手には魔法陣の手袋。
「燃えろ!」
手をカニに向けてそう唱えると、カニのハサミが炎上した。おお! この戦法いけるか?
「燃えろ! 燃えろ! 燃えろ!」
調子に乗って四回も連続して炎魔法を放ってしまったが、燃えている燃えている。ああ、磯の香りとカニの良い匂いが漂ってくる。
が、これで始末が付く程、この世界の生き物は弱くない。
焼きガニは炎をその身にまとったまま、最後の力を振り絞るかのように猛攻を仕掛けてきた。
「燃えろ!」
と唱えるが、今度は不発。手袋は砂となってしまった。
カニは左右のハサミで猛ラッシュを繰り出してくる。俺はそれをかすり傷や擦り傷を作りながらも避け、避けては関節を狙い黒剣を振るう。
そうする事でカニの脚を一本、また一本と削っていき、とうとう動けなくなったカニ。炎は既に鎮火し、プスプスと白い煙を上げている。しかしカニはそれでもしぶとく二本のハサミを俺に向かって動かしていた。
「どうしようこれ」
『魔力を溜めれば、強力な一撃が放てるぞ』
「そうなの?」
それなら大トカゲの時に教えて欲しかった。いや、大トカゲの時にはそんな溜めを作る時間はなかったか。
俺は動かなくなったカニを見据えながら、黒剣を大上段に振りかぶると、魔力をアニンの黒剣に注いでいく。
腹の下方から力が抜けて、剣に伝わっていく感覚がする。腹から力が抜けるのをグッと我慢して、俺は黒剣を縦一文字に振り下ろした。迸る黒い刃の波動がカニを真っ二つにしただけに終わらず、砂浜までをも斬り裂いた。
「おお! 凄え威力だな」
流石にこうなってはカニもひとたまりもない。動かなくなった巨大カニ。火で炙られてちょっと良い匂いのするカニ。ヨダレが止まらん。
「良し! 食べるか!」
俺は直ぐ様自室からBBQセットを引っ張ってくると、炭に火を点け網の上にカニ脚を置く。デカ過ぎて網に収まりきらない。関節ごとに折って載せてみるが、やはり大きい。まあ俺の持っているBBQコンロが一人用の小型ってものあるが、やっぱでかいなあ。中まで火が通らなそう。まあ、カニは生でも食えるから良いか。
俺はカニが焼かれている間、近くの林に無造作に生えているベナ草を千切って、カニ戦で出来た傷に塗り込んで癒やした。
「おお! 良い匂い!」
カニ脚の甲羅は真っ黒に焦げていた。これだけ焦げていれば。と俺はカニ脚を皿に移すと、包丁の柄でガツガツ叩いて割っていく。バリバリ砕けていくカニ甲羅。上部のからを全て取り払ったところで、
「んじゃ、いただきまーす」
フォークで身を解しながらアツアツのカニの身を口に運ぶ。熱い。だが、噛めば噛む程カニ肉から旨味がジュワ〜と溢れてきて、美味い。く〜、美味過ぎるだろ。大きいだけあって繊維一つ一つも大きくてプリプリだ。プリプリジュワ〜で口の中が幸福に包まれている。
「美味い! 美味い〜!」
俺は美味さの感動で涙を流しそうになりながら、カニ脚を二本食べきった。
「ふう〜、食べたな〜。もう入んない。しかし……」
ちらりと見ればカニはまだまだ残っている。当然だ。カニの脚は二本だけじゃないんだから。
「どうしようこれ」
『放っておけばそこら辺の魔物や動物たちが食べるだろ』
ああ、スライムみたいな死骸の掃除屋か。でもなあ。
「あ、お兄ちゃんお帰り〜」
とカナと挨拶する。まあ、行っていたのは異世界なんだけど。
「お兄ちゃんさあ、なんか磯の香りしない?」
ふっ、我が妹ながら鼻が良いな。俺は肩に担いでいたクーラーボックスの蓋を開けてみせた。中には甲羅から剝かれたプリプリの身がパンパンに入っていた。
「え? 何これ?」
「カニの身だ」
「カニ〜!?」
驚くカナの声に、母がキッチンから顔を出す。
「な〜に? うるさいわね」
「お母さんカニだよ! お兄ちゃんがカニ持ってきた!」
「カニ!? どうしたのハルアキ、こんな高価なもの?」
「あはは、タカシの知り合いの知り合いが、カニの養殖実験を大学でしてるみたいで、その伝手で貰ってきた」
「やったわね!」
「でかしたわお兄ちゃん!」
「ただいま〜」
「お父さんカニよカニ〜!」
「何だと!? まことか!?」
賑やかだ。やはりカニは人を幸せにするなあ。
『そんなものかのう』
アニンは不思議がっていたが、日本人ならそんなもんだ。その日の夕食はカニ鍋だった。美味。
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