第167話 十月十日
十月十日。今日はオルドランドとの国交締結の日だ。十月十日はキリが良い。そんな理由でこの日に決まった。国交締結なんて言う一大事であっても、日取りの決め方なんてこんなものだ。
朝からテレビでは、昨日の国連でのやり取りが放送されていた。国連でオルドランドの事に対して答える日本に対して、アンゲルスタが噛み付いてきたのだ。
アンゲルスタは独占禁止法やら交易の寡占などを理由に挙げ連ね、議場ではそれに同調する勢力が声を上げていた。
当然ながらオルドランドは国連に加入していないし、恐らく今後加入する事もないだろう。だから国連でオルドランド問題の表舞台に立つのは日本となる。
問題となっていたのは魔石とポーションだった。ポーションはその効果がとんでもないものである事が知られていた。その独占は問題だ。との事である。これはまあ分かる。ポーションはヤバい薬だからなあ。あれが独占的に日本にだけあるのは、それだけで戦争の火種になりかねない。いや、逆に戦争したくないか。
ポーションは原料となるベナ草が、異世界的にも少なくなってきているので、オルドランド側との取り決めで、ポーションの輸入量には上限が設けられているのだが、日本の国連大使はそれを言わなかった。それも駆け引きだろう。
もう一つの魔石だ。魔石は砕いてインクに混ぜ、魔法陣を描くだけで、魔法が使える汎用性の高い代物である。現在、異世界調査隊が手に入れた少数が、世界中の研究機関に配られ、その研究が進められている。この魔石の研究で目覚ましいのが、新電力としての発電源である。魔石から電力を取り出す研究は各国で進められ、魔石に電力を加えると、その数十倍の電力を得られる事が分かったからだ。
つまり魔石インクでちょっとした魔法陣を描き電力を起こし、それを魔石で増幅させれば、たとえ海底だろうと月の裏側だろうと電力を得る事が可能なのだ。この新電力は、現在電力不足に悩む世界各国で喉から手が出る程欲しいものであった。まあ、魔法陣は使い過ぎると砂になってしまう訳で、その砂の処理問題はあるだろうけど。
それを日本が独占的に取り引きするのは大問題だ。とアンゲルスタが騒ぎ立て、他の国が追従する。アンゲルスタの言い分を端的に言えば、一度オルドランドにはこの世界からお帰り願い、国連でその付き合い方を決めてから、もう一度、各国同時に国交を結ぶべきだ。と言う事だ。
「寝言は寝てから言って貰おう」
それに対する日本の国連大使の返答だ。国連は第二次世界大戦の戦勝国が、常任理事国として差配してきた歴史がある。日本は長らくそれを覆そうと頑張ってきたが、未だにそれは叶わずにいた。そんな日本にとって、オルドランドと言うカードを得た事は、国連での潮目を変える絶好の機会だったのだ。
日本の国連大使の発言は、「文句言うなら国連抜けるぞ」と言う脅しに他ならなかった。国連分担金第三位の日本が抜ける事は、国連にとって大きな損失だ。まさか日本がここまでの反撃をしてくるとは思っていなかったのだろう。アンゲルスタ含め、それに加担した各国は閉口し、それ以上何も言えなくなっていた。
午前十時。オルドランドとの国交締結は、日本政府官邸で粛々と行われた。世界初の異世界間の国交締結に世界中の注目が集まり、学校では皆が授業そっちのけでスマホでライブ中継を観ていた。
テロの恐れもある厳戒態勢の中で、官邸では高橋首相とマスタック侯爵が握手を交わし、外交文書に両者がサインを入れる。カメラのフラッシュが眩しく光る中、ここに日本とオルドランドとの国交は樹立した。
アンゲルスタがテロ行為に及ぶかと思われたが、政府官邸にオルさん主導でスキル封じの魔道具を仕込んだのが良かったらしい。アンゲルスタもどこのテロリストも仕掛けてこなかった。まあ、今日までに周辺では一般人が知らない裏でテロ行為が行われ、俺まで駆り出されて大変だったのだが。おかげで特殊留置所はパンパンである。
「はああああああ…………」
マスタック邸にて私室でソファに身体を預ける。そんな俺にアンリさんがお茶を淹れてくれた。人心地つく。
「何よ、だらしないわねえ」
バヨネッタさんにたしなめられるがしょうがない。今日まで気の休まる日がなかったのだから。
「まあまあ。これで一段落着きましたから。ハルアキくんご苦労さま」
とオルさんが労ってくれた。
「いえいえ。オルさんこそ。色々骨折って貰って、ありがとうございました」
オルさんには魔石や魔道具の提供、それに特殊留置所や政府官邸の対魔法・スキル防備に対して、多大な貢献をして貰った。感謝してもしきれない。
「はは。気にしなくて良いよ。貰うものは貰っているから。僕は仕事をしただけだよ」
そう言って貰えると、気が楽になる。まあ、クドウ商会としても稼がせて貰った。オルドランドから諸々の準備の手伝いで十億エラン。日本政府からも同様の金額を分捕ってやった。つまり今回の儲けは二百億円と言う訳だ。と言っても収益なので、ここから準備の手伝いに掛かった費用を差し引いたりと利益は減るが。
「で、もう良い訳よね?」
バヨネッタさんが俺の顔を覗き込む。
「そうですね。もうオルドランド問題は七町さんに丸投げしましたから」
「ナナマチも大変ねえ」
と一見同情している風を装っているが、だからと言って俺に、七町さんと代わりなさい。と言ってこないのはありがたい。まあ、七町さんは元々政府側の人間だ。任せて問題ないだろう。
「さあ、それじゃあサリィを出立しましょう」
日本では十月十一日の事、俺たちはサリィを旅立った。本来なら、帝城に赴き、ジョンポチ陛下やソダル翁に別れのあいさつをするべきなのだろうが、今回は省略させて貰った。現在サリィには、日本政府から許可を貰ったマスコミ関係者たちがうろついているからだ。特に帝城には張り付いている。なので別れのあいさつはなしだ。
アルーヴたちには既に先行して旅立って貰っている。マスタック邸の庭に北東駐屯地から竜騎士たちが舞い降り、俺たちを乗せてサリィから飛び立つ。
忙しいマスタック侯爵に代わり、ディアンチュー嬢が俺たちにずっと手を振ってくれていた。手を振り返す俺の後ろで、バンジョーさんが煩かった。飛竜に掴まれて空飛ぶテヤンとジールだって静かにしているのだから、もっと静かにして欲しかった。
「ぎゃあああッ!! …………」
声が途切れたと思って振り返ったら、気絶していた。まあ、これで静かになったから良いか。振り返った俺の視界でバンジョーさん越しにサリィがどんどん遠くなっていくのだった。
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