第199話 勇者……?

「シンヤ……なのか?」


『魔の湧泉』から現れた少年。その顔には見覚えがあった。あの事故から一年以上経っているが、たった一年で忘れる訳がない。髪は長くなり、後ろで縛って三編みにしていたり、尖った格好をしているが、左の目元のホクロはそのままだ。一条辰哉。俺の友人だ。


 俺がその懐かしさに一歩前に出ようしたのを、バヨネッタさんが服を掴んで止める。振り返ると、


「何考えているの?」


 と注意された。


 ハッとする。確かにそうだ。同じ顔をしていたからと言って、本人だとは限らない。しかも俺の友人は何故『魔の湧泉』から現れたのか。シンヤはクーヨンよりも更に東、海を越えた東の大陸にいるはずだ。


 確認の為にちらりとリットーさんを見遣る。向こうもこちらに確認を取るように目線を送っていた。二人同時に頷く。リットーさんにもあれがシンヤに見えるらしい。


「成程。ハルアキの友人だと言うなら、このデレダ迷宮に巣食う魔物たちが、東の大陸にいるような種類なのも頷けるわね」


「そうなんですか?」


 俺の疑問に三人が首肯する。どうやら皆が思っていた事らしい。


「『魔の湧泉』はつまり東の大陸に繋がっていて、そこから続々と魔物が送り込まれていたのね。理屈は分かったけれど、理由が分からないわね」


 それは、確かに。でも古代人の考えなんて、現代を生きる俺たちには推測するのも難しい。


「それより今は、何故シンヤが『魔の湧泉』から現れたのかだ!」


 リットーさんの言葉に首肯すると、その声の大きさに、シンヤがリットーさんの方を振り向く。


「????????リットー????」


 見知った顔だと言わんばかりに、シンヤはリットーさんに話し掛けたが、何を言っているのか聞き取れなかった。


「パジャン語よ」


 後ろからバヨネッタさんが教えてくれた。パジャンは確か東の大陸にある国の名だ。大陸が変われば言語も変わると言う事か。アニンでは翻訳出来ないらしい。


『我も東の大陸には行った事がないのでな』


 そうですか。


「????????!」


 シンヤに対してリットーさんは返答するが、雰囲気はよろしくない。なぜだろうか? 仲の良い知り合いだった訳じゃないのかも知れない。


「雰囲気が変わったな。と尋ねているのよ」


 確かに、シンヤのまとう空気が違う。日本にいた頃は、政治家の息子らしくどこか融通が聞かない実直な印象があったシンヤだが、眼前にたたずむ彼は、何かを取っ払ったように目を爛々と見開きながら口角を上げていた。


「クッハッハッハ、アーハッハッハッハ。??????????」


 笑ったと思ったら、シンヤの実像が揺らぎ、目で追いきれない程の高速でリットーさんの元まで移動していた。シンヤはリットーさんに斬り掛かっていたのだ。俺の『未来予知』でも反応しきれない。確実にウルドゥラより速い。


 シンヤが左手に握る剣らしきもの。それを紙一重で避けるリットーさん。受け止めるのでも、受け流すのでもなく、避けた。そしてリットーさんは槍を横薙ぎに振るう。シンヤはそれを易々と躱して距離を取った。


『あ〜あ。流石は最強と謳われる竜騎士様。ちょっと雰囲気が変わっただけでも気付くんだな』


 何者かの声がシンヤから脳に直接響いてきた。アニンと同様の『念話』と言うやつだろうが、その声はシンヤのものではなかった。『念話』なら聞き取れるのか?


『我の『念話』とは少し違うな。あやつの『念話』の性質だろう』


 成程。確かに『空間庫』にも種類があったりするしな。


「????????!?」


 リットーさんが声を荒らげている。


『俺様かい? 俺様は魔王軍偵察部隊隊長のギリードってんだ。よろしくな』


 よろしくな。と言われてもな。つまり奴は、シンヤのそっくりさんって事なのか?


「??????????!!」


 何かを叫ぶリットーさん。


「その身体はシンヤのものだろう。と言っているわ」


「なっ!?」


 それってつまり、シンヤの身体をギリードって奴が乗っ取ったって事か!?


『ご明察だよ竜騎士様。大変だったんだぜ? この勇者様の身体を乗っ取るのは。何せ偵察部隊はこいつのせいで全滅させられたからなあ。だが、起死回生の俺様の『操縦』で勇者様のコントロールを奪ってやったのさ。まあ、直後に勇者様の仲間どもにはバレて、こんな訳分かんねえ所にまで来ちまったんだが』


 御高説を垂れ流すギリードだったが、ぐるりと辺りを見回し、俺の姿を捉えるなり固まった。


『おいおいおい。お前もしかしてハルアキって奴じゃないのか?』


 偵察部隊として調べたのか、それとも身体を支配するシンヤの記憶を覗いたのか、ギリードは俺の名前を口にした。それに対して俺は、状況が飲み込めないままに身構えながら首肯していた。


『アッハッハッ。つまり何かい? ペッグ回廊の奥は、英雄界に繋がってた。って言うのかい? こいつは大発見だ。今すぐにでも魔王様に知らせなければならないな』


 そしてギリードがシンヤの顔でにたりと笑う。


「それが可能だと思っているなら、あなたの部隊が全滅したのも頷けるわ」


 ギリードに向かってそう言い放ったバヨネッタさんは、どんどんと自身の『宝物庫』からバヨネットを出現させていっていた。


『何だと?』


 そんなバヨネッタさんを睨むシンヤ(ギリード)。どうやら奴の『念話』は、パジャン語でなくても会話可能らしい。いや、あのギリードとか言う奴が、オルドランド語にも精通しているのかも知れない。


「だってそうでしょう? 勇者の仲間から逃げてきたあなたには、引き返す選択肢はない。そしてここが英雄界だと言うなら、どうやって魔王とコンタクトを取るつもりなのかしら? そしてこの奥に進もうと思っても、それは最強の魔女と最強の竜騎士、そして最強の吟遊詩人と最強の従僕が止めるのだから」


 バヨネッタさんの言葉に、シンヤ(ギリード)はしかし落ち着いて返答する。


『魔女様よう、俺様の事を馬鹿にしているみたいだが、馬鹿はどっちか気付いていないみたいだなあ』


「何ですって?」


『俺様が勇者パーティから逃げ出したのは、その時はまだこの勇者様の身体の操縦に慣れていなかったからだ。今や俺様はこの身体を遺憾なく使用出来る。何なら勇者様以上になあ』


 言って下品な高笑いを上げるシンヤ(ギリード)。昔のシンヤに品行方正さや上品さがあっただけに、この下品さに臭いものでも嗅がされたように自分の顔が歪んでいるのが分かる。


「へえ。なら試してみましょう」


 バヨネッタさんの声に応えるように、バヨネットが斉射された。って、ちょっ!? 俺の友人なんだけど!?


 が俺の心配は杞憂に終わった。シンヤ(ギリード)が右手の刀を振り下ろしただけで、バヨネッタさんの魔弾が消し飛んだからだ。あの右手の刀、『認識阻害』中のウルドゥラを斬ったりと、ただの刀ではないな。


 などと考えている暇はなかった。俺の『未来予知』が俺とバヨネッタさんが真っ二つにされるビジョンを送り付けてきたからだ。俺は大急ぎでバヨネッタさんを抱えて地に伏した。


 直後にズバッと俺たちの上空を何かが通り抜け、大部屋の壁に横一文字の傷跡を付けたのだ。シンヤ(ギリード)を振り返ると、左手の剣らしきものを振るったらしかった。どうやら左手の剣らしきものもヤバいようだ。

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