第132話 前準備

「どう? 元気にしてる?」


 転移扉を使って、バヨネッタさんが面会に来てくれた。


「看守にバレたら怒られますよ?」


 一応言っておくが、本当は会いにきてくれたのが嬉しい。


「その時はその時よ。しかし、神明決闘裁判を提案するとはね」


 神明決闘裁判とは、神の名の下に決闘を行い、勝った者が無罪を勝ち取ると言う、現代日本人からしたら意味分からない裁判なのだが、驚く事にこの決闘裁判、地球でもヨーロッパでは中世まで行われていたらしい。この世界においては、神の存在が確定している為に、神が正しき者を有罪にする訳がない。と至極一般的な裁判の一つとなっている。とジェイリスくんが教えてくれた。


「意外でしたか?」


 俺が尋ねても、曖昧な顔をされてしまった。


「ここに転移扉がある。このまま国外に逃げ出す事だって出来るわよ?」


「そうなんですけどねえ。それをすると、この国で出会った色んな人との関わりに、泥を塗る事になりそうで」


「そんなしがらみ、放り投げてしまえば良いのに」


 バヨネッタさんならそうするかも知れない。この人は自由だから、何にも縛られず、空を飛ぶように己の道を突き進むだろう。だが俺はバヨネッタさんにはなれそうにない。様々なしがらみに雁字搦めになりながら、俺は今後も泥道のような己の道を歩いて行くのだろう。


「分かったわ」


 何が分かったのか分からないが、俺を見て納得したバヨネッタさんは、黄金の首飾りを俺の手に握らせてくれた。


「何ですかこれ?」


「コレサレの首飾りよ」


 コレサレの首飾り? 恐らくは古代の秘宝なのだろうが、お宝大好きバヨネッタさんのお宝だろう。そんなものを預けられても困ってしまう。


「一度使うと壊れてしまうんだから、大事にしなさいよ?」


「壊れるんですか?」


 そんなものを渡されても尚更困る。


「どう言う物なんですか?」


「死にそうになれば分かるわ」


 死にそうになれば?


「それはつまり、今度の神明決闘裁判で、俺は死にそうな目に遭うって事ですか?」


「ドームのレベルは四十二だそうよ」


 四十二かあ。確かに、それだけレベル差があると、勝ち目はなさそうだなあ。


「全く、レベル差を考えれば、ドームがハルアキに殺されかけたなんて馬鹿な話、信じないはずでしょうに」


「そうなんですよねえ。何かそこら辺、裏でコソコソ進行しているみたいで、居心地が悪いと言うか、座り心地が悪いと言うか、良い気がしないですよねえ」


「そうねえ」


 眼前のバヨネッタさんが悪い顔をしている。


「ハルアキ、悪い顔してるわよ」


 あれえ? 俺が悪い顔しているのか?


「何か策があるのね? それで神明決闘裁判なんか持ち出した訳か」


「えへ。まあ、神明決闘裁判でバヨネッタさんにやってもらいたい事は決まっているんですけど、もう少し情報が欲しいんですよねえ」


「情報?」


「マスタック侯爵が、俺の助命を嘆願してくださったらしいのですが、それを棄却した人物がいるようなんです」


「ああ、それなら判明しているわ。ムチーノ侯爵よ」


「ムチーノ侯爵、ですか?」


「ええ。オルドランドの西に広大な土地を所有する、マスタック侯爵と同じく単独裁量権を有する人物。ドームはそのムチーノ侯爵の下に属する伯爵家よ」


 成程。


「で、そのムチーノ侯爵はデウサリウス教の熱心な信者なんですね?」


「分かっているわね。そうよ。モーハルドからノールッド大司教を誘致し、首都で勢力を拡大させているわ」


 自分の領地でなく、首都でか。


「そして大司教を誘致してから、首都で多神教の教徒が襲撃される事件が多発するようになったけど、何故か見過ごされている」


「本当に、どこまで分かっているのかしら?」


 バヨネッタさんが首肯してくれた。どうやら俺の予想は大方当たっているようだ。今回の首魁はこの二人に決まりだな。


「それで? 私は何をすれば良いのかしら?」


 そのにやりと笑う顔は、まるでいたずらっ子のようであった。



 神明決闘裁判は、オルドランド帝ジョンポチの名の下に、闘技場にて衆人環視で行われる事が決定した。俺がそうして欲しいと、バヨネッタさんに伝言を頼んだからだ。


「ほらよ」


 投獄から三日後、闘技場の控室にて、俺は役人らしき人物に手錠を外され、腕輪の姿のままだったアニンを返された。


「おお! アニン! 元気にしてたか?」


『それはこちらの台詞だ。しかし息災そうでなにより。痛めつけられてはいなかったようだな?』


「そうだな。そこら辺、ジョンポチ陛下が手を回してくださっていたのかもな」


『成程』


 たった三日ぶりだと言うのに、アニンと話が弾む。が、俺がベラベラとアニンと話していると、


「何を腕輪とブツクサ話しているんだ? 気持ち悪い。気でもれたか? いや、気が狂っていなければ、あんな事はしないか」


 と役人は一人納得していた。


「おい犯罪者! 逃げるんじゃないぞ? 逃げたところで地の果てまで追い掛けて、死よりも辛い苦痛を味合わせた後に殺してやる!」


 いやあ、役人とは思えない罵詈雑言だな。これで俺の無実が証明されたら、この役人はどうするつもりなのだろう? まあ、今俺が考える事じゃないか。


「逃げませんよ。この神明決闘裁判を要請したのは自分なんですから」


「はっ。あのドーム隊長に勝てるつもりでいるのか? あの人は次期将軍の呼び声高いお人なのだぞ」


 へえ。次期将軍ねえ。成程。悪事の片棒を担がせるには打って付けの人材だった訳か。


 などと役人と楽しい会話をしていたら、


「時間だ。出ろ」


 と他の役人が呼びにきたので、俺は暗い通路を通り、闘技場へと向かうのだった。

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