第345話 哲学者ぶる(前編)

 Play The Philosopher。


 通称PTPと呼ばれるゲームが、トモノリの人生観を変えたそうだ。どんなゲームなのかトモノリに尋ねると、トモノリはポツリポツリとその内容を体験談とともに話してくれた。



 PTPは全感覚没入型のVRゲームで内容はシミュレーションゲームらしい。VRでアクションでもRPGでもなく、シミュレーションとは珍しい。それだけに内容が想像出来ないな。


 PTPでは主人公は助言者という変わった立場のジョブになる。助言者は常に為政者の隣りに立ち、為政者にあれやこれや助言をするジョブだ。つまり、王となってまつりごとを自ら動かす事も出来ず、また勇者となって戦う事も出来ないのだ。しかも助言者はプレイヤーとNPCの二人おり、為政者は常にどちらかを選びながら進む。


「なんか、聞いた感じつまらなそうな印象なんだけど?」


 素直なタカシが、レジャーシートに手を突きながら口にする。導入を聞いただけで既に興味をなくしているのが分かる。


「これが意外と奥の深いゲームなのよ」


 とは同じゲームを遊んでいた浅野の発言。まあ、人生観変えるくらいのゲームだからな。それもトモノリだけじゃなく、恐らくは浅野やリョウちゃんまでも。


 助言者に出来るのは最初は助言と情報収集だけだ。国内外の重要だと思われる地に、影と呼ばれる自身の部下を送り、その地の情報を集めさせ、それを元に為政者に助言するのだ。


 ここがこのゲームの面白いところらしい。影にも得意不得意があり、例えば隣りの国の言語に精通しているとか、例えば船乗りとして遠くの情報を持ち帰れるとか。暗殺が得意とか。変装が得意とか。


 なので送り出した地で欲しい情報を入手してくるとは保証出来ない。影の行き先とその土地の状況が合っていなければ、入手するのは変な情報で、最悪その地で何かあって死亡。情報が入手出来ない可能性もあるのだ。


 初めのうちはトンチンカンな情報ばかりが集まってくるそうだ。それを元に為政者に助言するのはかなりドキドキするらしい。なにせ助言次第では怒った為政者や、もう一人のNPC助言者にやり込められて、あっという間に首が飛ぶそうだから。物理的に。こちらの殺され方も凝っているらしい。戦争で攻め込まれたり、暗殺されたり、キツイのが投獄の後、放置される事だとか。


「飢えの苦しみは想像以上だぞ」


 トモノリの言葉に深く頷けるのは、浅野だけだった。


 が、何度もやっているうちに、どこに誰を送れば良いのか、段々分かってくるらしい。そして普通のゲームならばここら辺で同じ事の繰り返し━━影を各地に送る。その情報を元に為政者に助言をする━━になってつまらなくなってくるところだが、この段階になって新たな要素が解放される。それが、影の育成と知名度だ。


 この段階で数が足りなくなってきていた影の育成が出来るようになるのは大きく、送れる地域も増えるので、入ってくる情報の精度が跳ね上がる。


 そしてトモノリがのめり込んだ理由が、もう一つの要素、知名度にあるそうだ。知名度の導入により、助言者に助言を求める人間が増えるのだ。最初は為政者に近い人物、大臣や有力貴族くらいが近付いてくるのだが、そのうちに下級貴族や有力商人、そして市井の人間が助言者自身に助言を求めてくるようになる。これが中々旨く、そして難しい要素なのだ。


 初めに言った通り、このゲームは為政者に助言をして動かすゲームなのだ。それなのに助言者自身が有名になり過ぎると、為政者に暗殺される。なので助言を求めてくる者とは、適切な距離感が求められる。


 では旨味とは何なのか。それは協力者の獲得である。協力者が増えれば、例えば商人や市井の人間と仲良くなれば、各地の情報を更に詳細に入手する事が可能になり、例えば大臣や貴族と仲良くなれば、議会で都合の良い法案を通し易くなったりする。


「と言うか、そのゲームの何がお前を魔王に変えたんだ?」


 タカシが疑問を口にする。確かにな。人によっては面白いのだろうなあ。ってゲームだ。人間を闇落ちさせるとは思えない。


「トモノリはそのゲームに出てくる女の子を好きになったのよ」


 ええ……、そう言う系の話?


「そんな顔するなよ。最初は、って話だよ。結果的に彼女は村の男と結婚するしな」


 はあ……。では何が?


「その村が問題だったのよねえ」


 と訳知り顔の浅野。この感じ、このゲームに関してかなり助言を求められたっぽいな。リョウちゃんもかな?


「あれは修行だったわ」


 浅野は遠い目をする。


「悪かったな。付き合わせて」


 そして同じく遠い目をするトモノリ。


「成程」


「分かったのか? ハルアキ?」


「何も分からない事が分かった」


「それを言いたかっただけだよね?」


 タカシとシンヤに白い目で見られた。


「それで?」


 俺はトモノリに次を促す。


 問題だったのは、この女の子の住んでいた村らしい。この村、どうやっても滅びるらしいのだ。このゲームはJRPGのようにストーリーが一本道で決まっている訳ではなく、だからと言って他のゲームのように絶対通る選択肢の一つとしてこの村の滅びが決定している訳でもない。本当にゲーム中、沢山あるうちの一つの村なのだ。これはPTPの制作会社にもメールで問い合わせして、きっちり回答を貰っているそうだ。


 この村は謎に滅びる。例えば魔物の襲来で、例えば盗賊の襲来で、病気で、日照りで、洪水で、地震で、村内でのいざこざで、村同士のいざこざで、戦争で、そして滅びない運命の場合、トモノリが好きになった女の子が不幸になるのだ。殺されたり、投獄されたり、望まぬ結婚をさせられたりと、まるで村の不幸と女の子の不幸が天秤にかけられているかのようだったらしい。

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