第438話 演説(前編)
デウサリオンにある聖伏殿は、中央広場に面しており、また中央広場側の二階にはテラスがあり、しばしば演説席として、教皇がそのテラスで演説をしてきた。
この日も、ストーノ教皇が演説をする。との情報がデウサリオン、また聖都マルガンダ周辺に流れた事で、中央広場はデウサリウス教徒で埋め尽くされていた。
「申し訳ありません、ストーノ教皇。今は少しでも横になっていたい時だと言うのに」
テラスを擁する部屋で、ソファに横になって待機するストーノ教皇を気遣い、俺は声を掛けたが、逆にストーノ教皇は俺を気遣って起き上がった。
「大丈夫ですよ。この国民への訴えが必要である事は、私も理解しています」
気丈な人だ。抗癌剤には様々な副作用があると聞く。ステージ4ともなると相当なものだろう。それなのに明るく振る舞えるのだから、それだけで尊敬出来る。
「そろそろ時間だ」
珍しくスーツを着込んだ武田さんが、ストーノ教皇へと手を差し出し、それを握ってストーノ教皇が立ち上がる。そのまま二人は腕を組むと、テラスへと出て行った。
沸き上がる歓声に応える二人。五分を超えても歓声が収まらない中で、ストーノ教皇が話し出す。
「先月の事です。魔族から襲撃を受けました」
ストーノ教皇が話し出すと、スッと観衆の声が収まった。ちょっと面白いと思ってしまった事は内緒だ。
「異世界で親交のある日本国より、魔族に不穏な動きあり。との情報提供がもたらされ、これによって早期に事態を収拾させる事には成功しましたが、これがなければ、私一人の命どころか、このモーハルドの国民全ての命が危うい事態でした」
この発言に観衆がざわめく。これは危機感の薄いモーハルド国民に対して、わざとオーバーに言って貰ったのだ。現行、世界はこんなにも危なくなっているのだと。
「今世の魔王軍はかつてない脅威です。それはただ力に頼って暴力で我々を蹂躙するだけではなく、人に紛れ、内側から破壊する策略を巡らす頭脳を持ち合わせているからです。今回の襲撃では、我々身内にも魔族に手を貸す輩が現れ、その刃は私の喉元まで迫りました」
静まり返る観衆。
「敵は撃退したものの、誰が魔族の手先か分からなく疑心暗鬼に陥った聖伏殿に、颯爽と現れ、これを解決してくださったのが、横におわすこのお方です」
「セクシーマンさまーー!!」
「よっ!!」
「素敵ーー!!」
歓声が復活した。しかしセクシーマンって、本当にモーハルドでは人気あったんだな。
「皆様が既にご存知のように、セクシーマン様の活躍により、聖伏殿から魔の手は一掃されました。しかしそれは、これからやってくる魔王軍による猛攻の前触れでしかありません。魔王は宣言しました。必ずやこの世界、そしてもう一つの世界をも平にし、二つの世界を自分の思うままに作り変える。と」
またもや静まり返る観衆。上手いなストーノ教皇。こうやって観衆の気分を上下させて、不安をも煽っている。これを聞かされたら、ほんの少しでも自分の出来る事をしないといけない気にさせられる。
「現在デウサリウス教はコニン派とデーイッシュ派に分かれ、互いに互いの足を引っ張り合い、くだらない政争に明け暮れています。これを天におわすデウサリウス様はどのように見ておいででしょう。良い事だとは思ってはいないでしょう」
少し突っ込んだ話に、広場がにわかにざわめく。聖伏殿からデーイッシュ派が追い出されたとは言っても、周囲にはコニン派もいればデーイッシュ派もいるのだろう。互いに信用出来ない者に背中は預けられまい。
「しかしお優しいデウサリウス様が、我ら信徒を見捨てられるはずがありません」
「そうだ!」
「そうだ!」
ストーノ教皇の言葉に付和雷同で声を上げる観衆だが、それは今を生きる人のエゴのように俺には感じる。デウサリウス教をこれだけ信じているのだから、自分たちは救われるべき。と感じ取れて、日本人的にはもやってしまうな。まあ、こちらはその気持ちを利用させて貰うのだが。
「そして、デウサリウス様は一人の使徒をこの世界に遣わしてくださったのです」
ストーノ教皇の言葉に、広場のざわつきが大きくなった。
「皆様は、オルドランドの首都サリィにて、神明決闘裁判が行われた事をご存知でしょうか」
しかしこれには観衆から戸惑いの声が漏れるばかりだ。誰も知るはずがない話を話し始めるストーノ教皇。
「それはとある冤罪に対して、少年が無実を訴えて起こした、神聖な裁判です。その冤罪を少年にもたらした邪悪なる者たちの手により、少年は殺されるはずでした。いえ、実際に殺されたのです。しかし少年は生き返った。そして邪悪なる者たちを打ち倒しました。何故そんな事が出来たのか。何故なら少年は正しき者であり、この世界を浄化する為に神が送り込んだ使徒だったからです」
いえ、コレサレの首飾りのお陰です。
「少年の名はハルアキ。私ストーノ、そして枢機卿各人の連名の元、デウサリウス教は彼ハルアキを『神の使徒』として正式に認定しました」
これには観衆の反応は様々だった。使徒の誕生に沸き立つ声もあれば、不安そうな声も聞こえてくる。
「まだ、事態が上手く飲み込めず、不安に思う者も少なくないでしょう。ですから、彼本人より言葉を聞き、判断して貰いたく思います。ハルアキ」
ストーノ教皇に呼ばれて、俺はテラス席へとやって来た。軽い認識阻害の機能を有したフード付きの白いローブに身を包み、顔はフードで隠して、聖人君子の真似をしてゆっくり歩く。ストーノ教皇と武田さんは脇に場所を移して、さっきまで二人が立っていた場所に立つ。そうして観衆を見下ろせば、様々な視線がそこにはあった。期待に興奮する者。不安に眉根を寄せる者。拝む者。興味を抱く者。分析しようとする者。様々な視線の中、わずかに不快な視線が混じっていた。殺意を抱く視線を俺に向けている者が、何人かいる。俺はそんな視線に晒される中、一礼すると、
「猊下よりご紹介賜りました、ハルアキと申します」
俺の一声で観衆は静まり返った。俺が次に何を発言するのか注視する為だ。
「『神の使徒』などと聞けば、凄い人物を想像するでしょうけれど、私は一介の学生に過ぎません。出来る事など、ちょっとした事です。例えば……」
と俺は右手の平を上に向けて、『清浄星』を生み出すと、広場全体を覆うように『聖結界』を展開した。これにより、俺に殺意や害意を向けていた何人かが広場から弾き出され、前もって打ち合わせしていた衛兵たちによって取り押さえられる。
「まあ、このように隠れた悪意を炙り出すくらいですかね」
今日一番沸き上がる観衆。パフォーマンスは上々の成果だったようだ。
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