第439話 演説(後編)

 俺が両手を広げて大袈裟に上から下に降ろせば、それに合わせて観衆が静まり返る。中々に快感だ。リーダーをする人間が癖になるのも分かる。


「今使ったスキルは『聖結界』です」


 これには「おお!」と感嘆の声。やはりモーハルドで聖属性のスキルは感触が良い。


「しかし、これによって捕らえられた人間が出た。と言う事実は覆りません」


 この一言に観衆が静まり返る。


「今世の魔王は手強い。こう言った裏工作も使うずる賢さを有しています。何故なら、今世の魔王には、魂と人格が六つあるからです」


 観衆に動揺が走る。やはりこの事をはっきりと知っている人間は少なかったようだ。


「私も、神より承った使命を胸に、全霊でもって魔王と対峙する所存ですが、…………はっきり言いましょう。このままでは負けます。我々は敗北するのです」


 更なる俺の爆弾発言に、観衆は声を失った。可哀想だが、ここに畳み掛ける。


「私はここで、皆さんに更に悲しいお知らせをしなければなりません。天命により、ストーノ教皇猊下が、近く身罷みまかる、天に召される事となりました」


 それは静かな悲鳴だった。観衆の誰もが顔を青ざめ、息を吸い込むように声にならない悲鳴をこぼす。


「これは天命であり、誰のせいでもありません。猊下は長きに渡り教皇と言う責務を全うされたので、ここからの絶望的な魔王との戦いを免除されたのです。ここからは、我々一人一人が魔王率いる魔族の軍勢と対峙しなければなりません」


 俺の説明は気の弱い人間にはあまりにショッキングだったのか、観衆の中からぽつりぽつりと気絶する者が現れ出した。それを事前に打ち合わせていた衛兵たちが救護テントに運んでいく。


 広場がやや騒然となる中、それでも俺へ視線を外さない者が何人かいた。その強い意志を秘めた視線が、俺の一言一句を聞き漏らすまいと、オレを見詰めている。


「猊下がこの世を出立なされれば、脆弱となった我々は、魔族の格好の餌食になりかねません」


 今の俺の言葉は観衆にとって毒であり刃だ。聞きたくないと耳を塞ぐ者、目を逸らす者、この場を立ち去る者、と様々な反応がある。その中で俺から目を離さない者たち一人一人に視線を向けながら、俺は彼らにこそ語る。


「だからこそ、我々は強くあらねばなりません。魔族を打倒し、魔王を討伐してこそ、その先の平和を築けるのです。これには国民、信徒が一丸となって事に当たらねばなりません。一人一人は弱く脆くとも、束となって当たれば、きっとあそこにそびえるセクシーマンさえも動かせる。この地の人びとにはそれだけの底力があると、私は確信しています」


 俺の言葉に、強い意志を秘めた者たちが頷く。


「ですが、それを成すには強い先導者が不可欠です。皆の不安を振り払い、闇を照らす満月、いや、払暁の如き眩しい太陽となる人物が必要です。今度の教皇には、そのような者になって貰い、我々を正しき未来へ導いて貰わなければなりません」


 俺の言葉に、下を向いていた観衆も、上を、俺の方を見上げる。そこに道標となる明かりがあるかのように。そんな観衆に俺は大仰に頷いてみせる。


「この事にはストーノ教皇猊下も、心を痛めておいででした。自身が去り、混迷の世となる中、モーハルドを導く先導者を誰にすべきなのかと。そこで私は猊下と話し合い、一つの結論に至りました。教皇選挙に一つの変化を加えるべきだ。と」


 ざわつく観衆。自分たちの望まない先導者が選ばれるようなやり方には、なって欲しくないだろうから、この反応は当然だろう。


「もちろん教皇は選挙で選びます。ですが、教皇を目指す立候補者には、試練を受けて頂く」


 更にざわつく観衆。納得していない顔の者が多数見受けられるが、だが、大昔だがデウサリウス教にはその前例がある。俺がこれを掘り起こしたところで、そんな前例のない事を。とは拒否出来まい。まあ、この案を通せたのは、現行の枢機卿が全員コニン派だったからだが。


「今後の教皇には、次期教皇を選出する選挙において、一つ試練を課す権限が与えられました。教皇となるには、この試練に合格せねばなりません。試練の内容は当代の教皇の采配で自由に課題を創作する事が可能で、それを公表するタイミングも、生前や遺書など、当代の教皇のやり方によります」


 観衆のざわつきが増していくが、皆の視線は熱を帯びて俺に集まってきていた。面白い。と思って貰えたのなら、提案したかいがあった。


「ストーノ教皇は、生前に試練の内容を公表する事を選ばれました。その内容をここで発表します」


 その発言に広場が静まり返る。俺の言葉を一言一句聞き漏らすまい。と耳目が集まり、広場に熱がこもる。


「詳しい内容は今後紙面にて発表しますが、大まかな試練の内容は、今日より五日後、デミス平野にて、日の出から日没までの間に、私に一撃を与えた者。または私に一撃を与えた者を配下に擁する者を試練合格者として、教皇選挙への出馬を認めると言う内容です。そしてその試練の資格者は、現枢機卿または元枢機卿に限ります」


 俺の発言の後、一拍置いて、広場は様々な感情の坩堝となった。興奮で歓声を上げる者、歓び奇声を上げる者、感情が溢れて泣く者、納得出来ないのか黙る者、情報を処理し切れずに呆然とする者、様々な立場にあるであろう者たちが、様々な様相を見せる感情の博覧会が、異様な熱気を広場から立ち昇らせる中、俺は一礼すると、テラスから退いたのだった。

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