第440話 面接(前編)
デウサリオン中央広場の端には、掲示板が設置されている。そこにはデウサリオンで行われる年中行事の日程などが記載された紙が張り出され、決して賑わうような場所ではない。が、今日の掲示板前は人でごった返していた。教皇選挙に関する試練の内容や日程の記載された紙が張り出されたからだ。
そしてその賑わいから離れ、聖伏殿へと向かう人が一定数いた。掲示板に貼られた紙は二枚あり、一枚は試練に関して。もう一枚は俺とバヨネッタさんのダンジョンアタックに同行する戦士の募集だった。
「では次の方、どうぞお入りください」
俺が面接室のドアに向かって声を掛けると、ノックの後にドアが開かれる。入ってきたのは緑の髪を頭の後ろでまとめた二十代前半の女性だ。清潔にはしているが、決して裕福とは言えない服装だった。しかしその薄紫の瞳は、緊張しながらも強い意志を持ってこちらを見詰めてくる。その意志の強い瞳から、広場で見た覚えがある何人かの一人だった。
彼女の前には椅子が一脚あり、その向こうにテーブルを挟んで俺とバヨネッタ、武田さんが面接官として待ち構えていた。
「か、カッテナです!」
緊張しながら、頭を九十度下げるカッテナさん。
「どうぞ、椅子にお掛けください」
「そ、そんな使徒様と勇者様の前で座るなんて!」
などと恐縮するカッテナさん。ここまで十人程と面接しているが、彼女みたいな反応をする人物が複数人いた。文化の違いなのだろう。
「大丈夫ですよ。私の前で座る事を不敬だとも思いませんし、座った事を理由に不合格にもしませんから」
俺はにこやかなスマイルを作って、もう一度カッテナさんを椅子に誘導する。すると観念したのか、彼女は恐る恐る俺の指示に従った。
「ご職業をお聞きしても?」
「は、はい! ここより西にあるパデカと言う村にある荘園で、働いています!」
荘園は貴族や寺社などが持つ私有地だ。モーハルドの土地柄を考えると、聖職者の私有地であり農地と言ったところだろう。
「遠いところから来られたようですが、今回は何故応募しようと思われたのですか?」
「は、はい! 今回デウサリオンへは、荘園主様から一時お暇を頂けたので、聖地巡礼をしに来たのですが、そこで猊下と使徒様の演説にいたく感銘を受けまして、居ても立ってもいられなくなり、募集の張り紙を見て、ここにやって来ました」
何とも、思い立ったが吉日な人のようだ。荘園主として、厳しい冬を抜けて、春からの畑仕事に一層励んで貰う為に、小休暇を出したのだろうに、旅先でこんな事を仕出かすとは思わなかっただろう。
「これから私たちがやろうとしている事は、魔王討伐にも関わる重大事よ。生半可な覚悟では受け付けられないわ」
バヨネッタさんの突き放すような一言に、しかしカッテナさんは目を逸らさずに答えた。
「分かっています! それでも、私の気持ちは本物です! このダンジョンアタックに私の全身全霊を懸ける覚悟です!」
そこまで? 何と言うか、
「失礼、お答えしたくなければ、答えなくて結構ですが、何故そこまで覚悟しておられるのですか?」
俺の言葉に、カッテナさんの瞳の色が悲壮感のある意志と熱を帯びた。
「一年前の事です。私はパデカで農家の娘として育てられ、近くの農家の息子と、結婚する事が決まっていました」
いました。か。
「そして結婚式を明日に控えたその日、私の両親と相手の両親、そして私の結婚相手が、結婚を盛大に祝う為に、村の外へと狩りに出掛けたのです。そして、そして………五人は運悪く魔王の『狂乱』で強化された魔物と相対し……」
帰らぬ人となったのか。
「なんと逃げ帰ってきたのです!」
「は?」
え? 逃げ……帰ってきたの? 死んでいないの?
「それは、良かったのでは?」
と俺が声を漏らすと、カッテナさんの厳しい視線がこちらを貫く。
「確かに、生きて帰ってきてくれた事は僥倖です。しかし同時に生き恥を晒す事になります! 農家は舐められたらやっていけないのです!」
「はあ」
そうなんだ。
「なので私は、まずその魔物を倒した後、相手方と婚約を解消し、両親とも離縁して、荘園主様のところで働き始めました。私の人生に恥を塗り付けた魔王は許しません!」
ええ、五人掛かりでも逃げ帰ってきた魔物を、カッテナさん一人で倒したのか。え? 荘園でも働いているって、小作農じゃないのか? 俺はカッテナさんに許可を取って、『鑑定(低)』で彼女を鑑定してみる。するとレベルが三十五もあった。普通に強いんですけど。
「ええと、カッテナさん」
「はい!」
目が輝いているな。
「荘園では、どのようなお仕事をされていたんですか?」
「色々ですね! 人も少なかったのに、土地だけは広大だったので、まず農作は当然。いや、それ以前に開墾もしたかな。魔物や獣が出ればそれを狩ったりもしましたし、お客様が来れば使用人の真似事もしました!」
どうやら多岐に渡るようだ。凄いバイタリティだな。
「へえ、使用人の仕事が出来るのね?」
「はい! と言っても田舎のおもてなし程度ですけど」
バヨネッタさんの質問に、はにかみながら答えるカッテナさん。
「主人の身の回りの世話や、家事は出来るのでしょう?」
…………バヨネッタさん?
「はい! 荘園主様やお客様のお世話もしますし、掃除洗濯料理と、家事はなんでもこなせます!」
「良いわ。あなたを採用しましょう」
「バヨネッタさん、勝手に決めないでください」
「アンリはオルに付きっ切りだから、私専門の使用人が欲しかったところなのよ」
はあ。確かに男の俺では、バヨネッタさんの側に四六時中張り付いている訳にはいかないが、だからって。これはガドガンさんもそれ目当てだったのかもなあ。流石のカッテナさんも、いきなりの事態に戸惑っている。
「カッテナ、あなた魔女に偏見はある?」
「え? いえ、うちはモーハルドの端っこで、デウサリウス教にはまらない民間伝承なども残っている地域でしたから、魔女だからって忌避する事はありませんけど…………え? ま、魔女?」
カッテナさんは、今になってバヨネッタさんが魔女である事に気付いたらしい。余程緊張していたんだな。
「はあ。まあ、バヨネッタさんの意見も取り入れたいから、この場に同席して貰っているんだし、カッテナさん、一次の面接は通過です。この後に実力を見る二次テストがありますから、それまではデウサリオンに滞在していてください」
「え!? あの、本当に?」
思わず腰を浮かすカッテナさんに、俺は力強く頷き返した。
ガッツポーズで退室していったカッテナさんの姿が見えなくなったところで、俺は椅子の背もたれに寄り掛かる。はあ。バヨネッタさんは気に入っているみたいだから、カッテナさんが旅のパーティに加入する可能性は高いけど、荘園主さんには、なんと説明すれば良いのやら。
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