第355話 冬の朝
『『記録』が更新されました』
朝のまどろみの中、俺の脳内ウインドウにそんなメッセージが表示された。天賦の塔で『記録』のスキルを獲得してからの朝の定期現象だ。まあ、朝だけでなく寝起きにメッセージが表示されるのだが。きっと寝ている間に記憶を処理しているのだろう。その割りには、起きている時でも『記録』から記憶を引き出す事は可能なのだが。
自室を出るとひんやりとした廊下を通って洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨き、キッチンに向かう。ちらりとリビングの方を見遣れば、タカシがソファで眠っていた。エアコンを点けたまま寝たのだろう、リビングが暖かい。
我が家にはまだ客間が一室しか整備されておらず、他の部屋は何もない空室だ。シンヤとタカシでどちらが客間のベッドで眠るかジャンケンをした結果、タカシがソファで眠っている。
キッチンの戸棚からシリアルを、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、リビングのテーブルに持って行く。
「おはよう」
リビングに行ったついでにテレビを点けたところで、起きてきたシンヤがあいさつをしてきた。
「おはよう。朝、シリアルで良いだろ?」
「うん。あ、手伝おうか?」
「何をだよ? もう終わるわ」
俺はキッチンからボウルとスプーンを人数分持ってきて、テーブルに並べていく。
「じゃあ、食べるか」
「今日未明にインターネットのニュースサイトに公開された、魔王と
テレビでは女性アナウンサーが、俺たちとトモノリが会話をしている音声を公開していた。音声は加工されているし、俺たちの名前などはカットされたりしているので、俺たちとは分からないだろう。
「これって、リークしたの武田さんだよね?」
「ああ。俺が許可して、Future World Newsで公開して貰ったんだ」
「これ、日本政府知っているの?」
「もちろん。日本政府だけでなく、世界各国から許可貰ったよ」
俺の説明にシンヤは呆れて無言になってしまった。
「このサイトで公開された音声に対して、日本政府は今朝五時に緊急会見を開き、音声の内容は事実であると認めました」
「本当に本当なんだね」
「何で俺よりテレビの方を信じるんだよ」
なんか納得いかない。
「日本政府の発表に続きまして、アメリカ、中国、ヨーロッパ各国など、世界各国がこの音声は事実であると公表し、日本を始め、世界では不安の声が広がっています」
「なんか、やばい事になるんじゃないの?」
「それは仕方ないよ」
「仕方ないって」
俺がしれっと口にしたのが信じられなかったのか、シンヤがテレビに向けていた視線を、キッとこちらへ向ける。
「色んな輩が出るのは織り込み済みさ。それでも、アンゲルスタみたいなのに扇動される形で先に情報を流されるよりはマシって事で意見が固まったから、こうやって公式発表になったんだ」
「成程……ね」
一応シンヤも納得してくれたようだ。アンゲルスタではかなり苦戦したからな。ああなるより、マシだと判断したんだろう。
「うう〜、おはよう〜〜」
タカシが起きた。シンヤは俺の分を含めて、キッチンで食器を洗っている。
「おはよう」
「腹減った」
腹を擦るタカシ。寝起きでそれかよ。
「まずは顔を洗ってこい。もう時間ないぞ」
「え!? 嘘!?」
タカシはスマホを覗き込む。ロック画面に女性と思われるメッセージがずらりと並んでいてちょっと引く。がタカシにとってはそれは日常であるらしく、時間だけを確認すると、ザッと立ち上がって洗面所に向かった。
寒風に吹かれる中、シンヤとマンション前で別れてタカシと学校に向かう。学校では今朝のニュースの話題で持ち切りだった。まあ、それはそうなるだろう。
「どうなるんだろうねえ」
女子たちは、表面上は不安そうに友達同士寄り添っている。タカシに不安を吐露する女子もいた。対して男子たちはどうかと言えば、
「ヤバいよな」
と不安がる勢もいるが、トモノリの提唱するゲームのような世界に思うところがある勢も一定数いるようで、そう言う輩は集まってこそこそ話をしていた。
「おはようございます」
教室の観察をしていたところに、ミウラ嬢が入ってきてあいさつしてきた。
「おはよう」
返事だけはしたが、俺の視線はミウラ嬢の周りに向いてしまった。
「ふふ。アネカネは今日学校に来ませんよ」
俺の行動が恐らくミウラ嬢の予想通りだったのだろう。笑われてしまった。
「やっぱり荒れてましたか?」
「ええ。大使館に戻ってからも、ロコモコを倒す為に万全を期すよう、闘技会に参加すると燃えていたのですが、ガイツクールを獲得すれば、否が応でも魔王との戦闘に投入されて、ロコモコとは戦えなくなる。とお母様とバヨネッタさんに説得されて、じゃあこの怒りをどこで発散させれば良いのか。と悶々としていたら、バヨネッタさんに連れられてお母様と三人で魔法科学研究所ヘ」
「魔法科学研究所?」
オルさんがお世話になっているあそこか。と言う事は、目的はサンドボックスだな。あの中で存分に暴れ回って、少しでも怒りを発散しようって腹積りかな。
「アネカネは、もしかしたらこのまま学校に来なくなるかも知れません」
俺の横の席に座りながら、ミウラ嬢はそうこぼした。それはあるかもな。何せ家族の仇と巡り合ったんだ。日本の法律では仇討ちは禁止されているが、戦いの場所は異世界だ。きっと仇討ちも禁止されてはいないだろう。全力でロコモコを叩き潰す為に、これからの半年間、アネカネはレベル上げに終始するかも知れないな。
そう思っていたら、翌日普通にアネカネが登校してきた。
「大丈夫なのか?」
「もちろんレベル上げはするわよ。だからって、あいつのせいで日常を怒りに奪われたら、それはそれで負けだってお母さんがね」
ああ、親としては仇やら怒りやらに振り回されず、幸せな生活を送ってくれるのが一番なのかな。それでもこの家族の怒りが心の奥で燃え続ける事は間違いなく、それは仇敵の死を以てしか消えないのだろう。
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