第588話 最速を打ち破れ
「で? 俺は何で駆り出されたんだ?」
武田さんの力が必要だ。と俺が口にしたところで、ダイザーロくんが呼びに行き、どうやら四人で今後の作戦会議をしていたらしい武田さんたちと合流し、俺たちは再び闘技場の修練場へとやって来ていた。
「部屋で作戦会議をしていたんでしょうけど、良い案は浮かばなかったんじゃないですか?」
俺の言に四人が互い顔を見合わせが肩を竦める。
「大の大人四人が雁首揃えて、依頼料を上げるくらいしか案が浮かばなかった。ってのが事実だな」
と武田さんが嘆息を漏らす。
「後はセクシーマンの『空識』があれば、扉を開けるギミックはどうにか出来そうだから、四つのダンジョン全てに、一度セクシーマンを連れていく事で、依頼料の値段を下げる。って案も出たが……」
デムレイさんの言に、あからさまに武田さんが顔をしかめている。まあ、レベルが五十になったばかりの武田さんとしては、最前線に駆り出されるのは、死地に突貫しろ。と言われているようなものだからなあ。そりゃあ嫌だろう。
「まさか工藤まで同じ案を提言してこないよな?」
しかめっ面のまま、俺を睨む武田さん。
「そんな事はしませんよ。ただ、俺の案が不成功に終わったら、そっちの案になる可能性が高いので、覚悟はしておいてください」
武田さんのしかめっ面が更に苦々しくなった。
「別に無理難題をさせようとは思っていません。武田さんからしたら、そんな楽な役回りで良いのか? って話ですよ。嫌ならそちらの案に切り替えても良いですけど?」
俺の言葉に、腕組みして考え込む武田さん。
「本当に楽なんだろうなあ?」
ひとしきり考え終えたのか、武田さんが訝しげにジト目を俺に向ける。
「はい。何なら武田さん自体は必要ないくらいです」
「何だそりゃ?」
俺の発言に、武田さんだけでなく、皆の頭に?マークが浮かんだように、全員が呆けた顔をしている。
「俺が借りたいのは、武田さんの知恵でも、スキルでもなく、パソコンですから」
「俺のパソコン?」
聞き返す武田さんに、俺は首肯で返す。
「武田さんのノートPCって、オルさんがいじっていて、魔法にも対応していますよね?」
これに頷く武田さん。この事はこの安全地帯の町の右にある、遊興地区に映画館を設立した時に確認済みだ。ノートPCにダウンロードしてあった映画を、映画館に提供していたからね。
さて、ここからが勝負となる。もし俺の欲するアプリが武田さんのノートPCにインストールされていなかったら、悪いけど、武田さんには四つのダンジョンに行って貰おう。
「武田さんのノートPCに、ピクトってインストールされています」
「ピクト?」
事態が飲み込めない武田さんが、首を傾げる。ピクトは俺の妹のカナなどが使っている、パソコンのプログラミングソフトで、中学三年のカナが使える事から分かる通り、十代以下でも、難しいプログラミングを感覚的に覚えられるソフトだ。
武田さんは物知りだが理系ではないだろうから、プログラミングソフト自体インストールしていない可能性はある。しかも十代向けとなると、さてどうだろう?
「ピクトなあ?」
武田さんが『空間庫』からノートPCを取り出すと、スイスイとタッチパッドを触りながら、PC内のアプリを調べている。俺の私見では、あるかないかで、このエキストラフィールドから出るまでの時間にかなり差が出る。そう思うと、心臓がドキドキしてきた。
「あ、あった」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出して、脅かすかのように武田さんを凝視してしまった。
「あ、ああ。あれだ。思い出した。昔、ピクトが流行りだした頃に、取材の為に俺たちもやってみよう。って事でインストールしたんだった」
Future World News って、案外真面目な題材も取り上げているんだよなあ。大衆の目に晒されるのがゴシップなだけで。
「あったけど、何? ピクトで何か制作しようっての?」
「ふふっ。ええ、まあ。今まで散々向こうにペースを握られて、手の平の上で転がされてきましたからねえ。意趣返しをしてやろうかと」
多分俺は今、悪い顔をしているだろう。皆がちょっと引いているし。
「武田さんは、ピクトレーサーってゲーム知っていますか?」
「ああ、ピクトでレースマシンを作って、それを走らせて遊ぶゲームだよな? 確かスマホ版もあったはず」
ピクトレーサーは何でもありなレースゲームだ。ピクトのシステムを使ってレースマシンを工作し、スピードを上げるのは当然で、武器を装備して対戦相手を攻撃したり、それを見越して硬い装甲をまとったりと、ハチャメチャさが売りなレースゲームである。ハチャメチャではあるが、ピクトで魔改造が出来る。と言うのがピクトユーザーの心を鷲掴みにし、今尚人気なレースゲームでもある。
「ええ。そしてピクトとピクトレーサーには互換性があり、ネットを介して複数人で遊ぶ事が可能なんです」
「は? もしかして工藤、ピクトレーサーでカヌスと勝負して、このエキストラフィールドから脱出しようとか考えている?」
信じられないものを見るような顔の武田さんに、俺は鷹揚に頷いてみせた。
「いやいやいや、相手は魔王だぞ? たかがゲームに勝利したくらいで、俺たちをこのエキストラフィールドから出してくれると思うか?」
「可能性は高い。と俺は考えています」
俺の発言に、呆れたように嘆息をこぼす武田さん。
「わざわざ呼び付けたから、どんな凄い作戦を思い付いたかと思ったら、ゲームで魔王に勝ちましょう? ハルアキ、少し頭を冷やした方が良いぞ」
ジト目で説得してくるデムレイさん。それはデムレイさんだけでなく、他の皆も同じような顔をしていた。
「いえ、カヌスがこの勝負に乗ってくる可能性は高いです」
「その根拠は?」
「一つはカヌスがかなりのゲーマーだと言う事です。ゲーマーにも二種類いて、ただ黙々と自分の殻に籠もってゲームをするタイプと、他者とゲームをする事に喜びを感じるタイプがいるんです」
「カヌスは後者だと?」
デムレイさんの訝しむ視線に頷く。
「カヌスは現代まで名を轟かすダンジョンメイカーです。自分が作り上げたものがどれだけ評価されているのかを、気にするタイプで間違いないかと」
「それと、そのピクトレーサーってゲームが、どう繋がるんだ?」
「ピクトレーサーには、ユーザーの最速記録を保存して、その最速記録と競う事が可能なモードがあるんです」
「つまり、工藤の最速記録が、工藤のスマホには保存されている訳か」
武田さんの言に頷く俺。
「でも、ハルアキくんの記録を、既にカヌスが追い越している可能性はあるんじゃないかな?」
ミカリー卿のもっともな意見。だが俺はそれでもカヌスは乗ってくると踏んでいる。
「そうでしょうね。俺の記録どころか、TAS、理論上の最速記録を出していてもおかしくない」
「じゃあ、駄目じゃないか」
武田さんの言に頷くように、皆が嘆息をこぼす。
「そうですね。ただのスピード勝負なら、俺はカヌス相手に勝てないでしょう。でもここで重要なのは、ピクトレーサーには対戦相手がいると言う事です。そして俺は以前、TASを出した相手を負かしているんです」
「マジか!?」
武田さんを始め、驚く皆をぐるりと見回すと、俺はにやりと口角を上げて話し出す。
「TASを出した者の名前はトモノリ。現魔王ノブナガです。さて、これを聞いて、カヌスはどう動くでしょうかねえ?」
カヌスよ。ゲームを黙々と一人で遊ぶのにも、そろそろ飽きてきたんじゃないか?
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