第589話 気軽にして公平
他に案もないので、俺の荒唐無稽な案を神輿として担ぎ、いくつか打ち合わせをしてから、俺たちが中央通りの冒険者ギルドへ向かうと、何だかギルド周辺がざわついていた。
「何かありましたか?」
魔物で溢れてギルドに入れない俺たちは、入口からギルド内を見物している怨霊に、どうなっているのか尋ねてみた。
これを聞いた怨霊は、俺たちの存在に気付くと、サッと身を横にどかして、他の魔物たちにも、俺たちに道を譲るように促す。どうやら俺たちが関係しているらしい。
冒険者の魔物たちの衆目に晒されながら、ギルドの中へ入ると、まるでそこが自分のプライベートスペースでもあるかのように、カヌスがギルドのエントラスにある卓の一つで寛いでいた。
「やあ、来ちゃった」
俺たちの登場を待ちわびていたのだろう。俺の顔を見るなり、破顔するカヌス。外見を見れば紺青色の髪の爽やかな青年が、嬉しそうに笑顔を向けているだけなのだが、これが魔王となると話は違ってくる。俺は頬が引きつるのを感じながら、脳をフル回転させる。
どこで計画がバレたのか。いや、そもそもこのエキストラフィールドで異物である俺たちの行動に対して、常日頃から監視をしていてもおかしくはないか。初めてカヌスと会った部屋には沢山のモニターとコンソールがあった。それで監視していたのかも知れない。
それに、カヌスがここへやって来たと言う事実は、悪い話じゃない。カヌスも俺の提案に乗る気満々だと言う証明でもあるのだから。
「じゃあ、ちょっと待っていてください。今依頼を出しますから」
俺は引きつる頬を両手でぐにぐに解すと、努めて冷静を装って、受付へと向かう。
「大丈夫なのか? もうこの計画、破綻しているんじゃないか?」
受付へ歩いている途中、デムレイさんが俺に耳打ちしてくる。
「カヌスのスキルが、『千里眼』のような遠くを見通すスキルなら良いが、もしも未来視系だとしたら、向こうには既に勝つビジョンが浮かんでいる可能性が高いぞ」
「その可能性は高いでしょうね」
「なら……」
心配そうなデムレイさんに、俺は首を横に振ってみせた。
「それでもここに来ているのは、未来視で視た勝負の結果が、カヌスの完全勝利で決定していない証左です」
「言い切れるのか?」
「こちらにも未来視が出来る人間がいますし、何よりゲーマーが、最初から自分の勝ちが決定しているゲームに、食指を動かすと思いますか? 見てくださいよ、奴の顔。まるで子供が玩具を手に入れて、今すぐにでも遊びたい。って顔です。勝敗が決している顔じゃないですよ」
俺に促されて、ちらりとカヌスの方を振り返ったデムレイさんは、にっこにこ顔のカヌスを見て、何とも言い難い顔をするのだった。
「成程。可能性はゼロではないか」
一人納得するデムレイさん。
「そうね。それに今回情報を仕入れたのは、カヌス本人が動いたのではなく、その横にいる魔物の仕業のようね」
とバヨネッタさんがカヌスの未来視説を否定する。と言うか、
「横の魔物、ですか?」
俺が見る限り、カヌスは卓に一人で座っており、その周囲には、遠巻きに初代魔王を見物する魔物以外には誰もいない。
「ほう。良く分かったな」
が、バヨネッタさんの発言を肯定するように、カヌスが返事をしてきた。小声で話したのに、地獄耳だな。
「私は動くものを見抜くのが得意なのよ」
これを聞いたカヌスは、特に動揺するでもなく、何かやましいでもなく、ちょっとしたイタズラがバレたのが嬉しいかのように、誰もいない自身の右後ろに視線を向けた。すると、何もない空間が歪み、そこから一人の亡霊が現れた。緑灰色の長髪を首の後ろで束ねた女性だ。トモノリと会った時もそうだけど、魔王はこう言う配下を従えているものなのか? 何であれ、
「あの亡霊が俺たちの監視係であり、そこから情報が漏れたんですね」
「恐らくね」
「恐らく?」
バヨネッタさん的にも推測の域を出ていないらしく、ちらりと武田さんの方へ視線を向ける。
「気付いていた?」
「いや。俺でも姿を現すまで気付かなかった。多分だが、隠れる事に特化したスキルを持っているのだろう」
武田さんクラスでも見付け出せないレベルか。バヨネッタさんは『慧眼』で、奴が動いたのを偶然見付けたのだろう。動いていなければ、バヨネッタさんでも見付けられていなかった。いったいいつから俺たちの側にいたのか。さっきの作戦会議の時? それとももっと前? もしかしたらこのエキストラフィールドに来た最初から、俺たちの様子を窺っていたのかも知れない。そう考えるとあんまり気持ちの良いものじゃないな。
「ハルアキ! 今はあやつの事にばかり考えを巡らせている場合ではないのではないか!?」
不気味なカヌスの腹心に、心囚われていた俺だったが、リットーさんの大声にハッとなり、我に返る。
「ですね。カヌス様も少々お待ちを。報酬やレギュレーションの事で色々決めないといけませんので」
「ああ」
うきうきで手を振るカヌスを尻目に、俺は受付に行って依頼票に依頼を記入する。と言っても、カヌスに言った通り、報酬やゲームのレギュレーションを決めないといけないので、全部は記入出来ず、とりあえず依頼票の体を成したところで、色々詰める為に薄青い依頼票を持って、カヌスの元へ。
「この依頼をカヌス様が受諾する。で間違いありませんね?」
「ああ」
「どうしますか? ここで細かい依頼内容を詰めていきますか?」
カヌスと言う、このエキストラフィールドの頂点を一目見ようと、ギルドは内外問わずごった返していた。こんな衆人環視の下で、依頼内容を細かく詰めていくのは、胃に穴が空きそうな作業だ。
「そうだね。ここじゃあ騒がしくて、そちらも内容をきっちり詰められないだろう。上階の会議室を借りよう。ここであれこれ決めるとなると、周囲が口を挟んできて、僕有利なレギュレーションになりそうだからね」
俺はこれを聞いて思わずホッとしてしまった。俺の懸念材料と一致していたからだ。衆人環視と言っても、ここは人間からしたらアウェイだ。いくらこちらが公平な条件を提示しても、周囲の反発でそれが通らなくなる可能性もあったし、カヌスが周囲を味方にして、有利な条件を提示してくる可能性だってあったのだ。それなのにわざわざ依頼内容を詰めるのに、部外者が入れないよう会議室を指定してくるなんて、カヌスはゲームに対して、公平でありたいタイプのゲーマーらしい。
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