第565話 姿を変える

 泉の湧くボスエリア手前のセーフティゾーンを出て、岩山を頂上まで登れば、そこは平らな岩場だった。広さとしては巨樹のダンジョンのボス部屋と同等くらいだが、空が吹き抜けているので、巨樹のダンジョンのボス部屋よりも広く感じる。だがデムレイさんの話では、ボスエリアに入ると周囲に結界が張られるので、縦方向には広いが、横方向には限界があるそうだ。


 そんなボスエリアの真ん中で、巨体を丸めて尻尾に頭を乗せて寝息を立てているのは、茶色の鉱物の鱗で全身を覆い、背びれが緑色の水晶のような鉱石で出来ている……、


「竜ですか?」


「いや、トカゲだ」


 デムレイさんに否定された。大きさとしたらリットーさんの愛竜ゼストルスよりも大きいのだが、トカゲであるらしい。竜とトカゲの違いを尋ねたら、空を飛ぶ飛ばないだけでなく、骨の数だとか、足の指の数だとか、歯の数だとか、どうやら学術的に明確に違いがあるようだ。


「それじゃあ、行くぞ。事前の打ち合わせ通りにな」


 デムレイさんの号令の下、ボスエリアに突入する俺たち。同時にボスエリアの周囲が半透明の膜に覆われる。これが結界なのだろう。そして水晶トカゲが目を覚まし、戦闘行動に入る。背びれの緑水晶が明滅したかと思えば、カパッと人間なんて一飲み出来そうな大きな口を開く。それは水晶トカゲの遠距離攻撃の一つである超音波攻撃の姿勢だ。


 デムレイさんたち先達からここのボス情報を手に入れていた俺たちは、直線的なその攻撃を受けないように、ボスエリアを水晶トカゲを中心に、散開する。


 俺が転移扉で、武田さんとミカリー卿が『転置』で水晶トカゲの後ろを取り、ダイザーロくんとデムレイさんが左右に展開しながら、ブリッツクリークと『隕星』で遠距離から攻撃していく。事前情報通り、水晶トカゲの耐久力は相当高いらしく、レーンガンや隕石の攻撃を受けても、その身痒さに身をよじる程度である。しかもデムレイさんの話では、奴の鱗は対魔鋼と別の鉱物の合金である為、魔法が効き難いそうだ。周回目的の俺たちからすると、耐久力の高い水晶トカゲは、面倒なボスだと言える。これは先に言われていたように、どこかで大技を当てないと、持久戦になるな。


 ダイザーロくんとデムレイさんの攻撃に、身をよじる水晶トカゲだったが、背びれの緑水晶の明滅はその間隔をドンドンと短くしていき、最初からその目に映し、脅威と定めていたのだろう、視線を逸らす事のなかったリットーさんに向かって、口から超音波を放ったのだった。


 水晶トカゲの後ろに位置取っても、全身が痺れるような超音波攻撃。ボスエリアの床を構成する岩を砕きながら、一直線にリットーさんへと向かっていった水晶トカゲの超音波攻撃だったが、リットーさんがゆるりと突き出した真・螺旋槍に当たった瞬間、『回旋』によって霧散した。


 リットーさんのその動きに無駄な力はなく、水晶トカゲに対して、己こそが上位存在であると見せ付けるかのような所作。その威容に、水晶トカゲが一歩後退る。


 レベル五十となり、上限解放して天騎士となったリットーさんが手に入れたスキル『人騎一体』。このスキルは、これまで以上にリットーさんとゼストルスの絆を強固にするものだが、それは『人騎一体』の第一段階に過ぎない。『人騎一体』の本領は、第二段階にこそあると言えるだろう。


 そのスキル名に『一体』と表記されている通り、このスキルは人と騎、人と竜を一つにする。後退りながらもその視線をリットーさんから外さない水晶トカゲが睨むリットーさんの姿は、人のそれから外れた姿となっていた。


 形としては人のものを残しているが、人にトカゲのような尾は生えていないだろう。人にコウモリのような翼は生えていないだろう。人に鋭い二本の角は生えていないだろう。身体の表面は銀鎧から暗緑色の鱗に変わり、ふくらはぎには火袋が備わり、そこから噴き出す炎がリットーさんを中空に浮かせている。右手に持つ槍も竜の爪の如くその鋭さを増し、左手に持つ大盾は竜のいかめしい相貌に変じ、瞳は本人も盾もネコ科の猛獣の如く縦に割れ、その鋭い睨み付けに水晶トカゲがまた一歩後退る。リットーさんはゼストルスと融合し、竜人となっていたのだ。


「グルルアアアアアアッッ!!」


 天に向かって咆哮したリットーさんは、もう一度水晶トカゲを睨み、怯む水晶トカゲを視界に収めながら、竜が生来より備えた闘気に呼応するように、真・螺旋槍を高速回転させ始める。


「ッガアッ!!」


 対する水晶トカゲは、まるで眼前の竜人を恐れる己を鼓舞するかのように吠えると、右足を岩床に叩き付けた。すると岩床から岩槍がリットーさん目掛けて幾本も伸びていく。


 しかしそんな攻撃は歯牙にも掛けないとばかりに、リットーさんは真・螺旋槍を突き出し、岩槍を砕きながら、水晶トカゲへと一直線に翔け抜けていった。


 これに驚きつつも、水晶トカゲの反応は鋭く、その巨体からは想像も付かない素早さで、左へとリットーさんの真・螺旋槍を回避しようとするが、完全に避け切る事は出来ず、リットーさんの高速回転する真・螺旋槍の一撃で右半身の鱗がえぐれた。物理にも魔法にも強い水晶トカゲの鱗を一撃でえぐるとか、やっぱりリットーさんは規格外だな。それとも俺もレベル五十を超えて上限解放したら、一気に攻撃力が上がったりするのだろうか?


 それからはこちらが優位に戦闘を進める事になった。やはりと言うか、当然と言うか、水晶トカゲもその強固な鱗の下の肉までが、物理も魔法も効かないような仕様になっているはずもなく、リットーさんが真・螺旋槍で鱗を剥いだ箇所は当然こちらの攻撃が通じるのだ。そこへリットーさん以外の皆で攻撃を当てていけば、この岩山のダンジョンボスである水晶トカゲのHPを削るのも簡単だった。途中までは。


 どうやら水晶トカゲの鱗は、水晶トカゲ本体からしても重いものだったらしく、リットーさんが水晶トカゲの鱗を削れば削るだけ、水晶トカゲ本体は素早さを上げていったのだ。これはデムレイさんからしても誤算だったらしく、巨体ながら高速で移動する水晶トカゲは、もうただ突進してくるだけで災害のようだった。


『時間操作』タイプAで水晶トカゲの速度を落としても尚速く、避けるだけでも難儀する。しかもこの水晶トカゲは、あれだけリットーさんから攻撃を受けていても、どうやら致命傷になり得る箇所、頭から首、心臓部などは守り通しており、俺たちでは攻撃を当てられても、致命傷を与えられないのがもどかしい。


『時間操作』タイプCを使えば、高速移動の推進力も相まって、水晶トカゲに致命傷を与える事も可能だろうが、今は周回中だ。LPを大量に消費する『時間操作』タイプCの反動で、無駄にポーションを浪費するのは避けたい。


 避けながら水晶トカゲの観察を続ける。高速で移動する水晶トカゲだが、『時間操作』タイプAに、『加速』付与の指輪まで使えば、止まって見える速さだ。なので俺の問題は水晶トカゲが速い事ではなく、俺の攻撃が致命傷を与えられない事にある。


(ん?)


 本当にそうか? 水晶トカゲが速くなったのは、『重い鱗』が剥がれたからだ。つまり今のあいつは身軽だと言える。


(軽いなら)


 俺は武田さんを追い掛ける水晶トカゲ目掛けて、素早く『五閘拳・土拳』を発動させる。狙うは水晶トカゲの心臓部。そこ目掛けて岩床から高さ十メートル程の土壁を発生させる。


 当然土壁で心臓部を貫ける訳などなく、しかして体重の軽くなった水晶トカゲは、俺の生み出した土壁によって、岩床から四足を切り離され、前に進む事も、後ろに下がる事も出来ず、ただ空中で藻掻くだけの木偶の坊と化していた。


「ふっ!」


 その間抜けさに、さしものリットーさんも軽く吹き出しながら、竜の翼で空を飛ぶと、真・螺旋槍で首を貫いて、水晶トカゲを絶命させた。そしてこの方法を使えば、比較的楽に俺たちがこの岩山のダンジョンのボス周回が出来る証左となったのだった。

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