第566話 異様な雰囲気

「疲れた〜」


 いくら効率よく周回出来るようになったからと言って、ここは俺たちにとって現実なのだから、精神も体力も相応に消耗するのだ。


 幾度と周回して、夜になったところで武田さんの魔力が尽きて、『転置』が出来なくなったところで、ダンジョン浅層で少し休憩して魔力を回復させてから、俺たちは俺の転移扉で安全地帯の町の門まで帰ってきたのだが。


「……なんか、町の雰囲気が異様なんですけど」


 俺の言にくたくたの皆が首肯を返してくれる。町の中からは異様と言うよりも、剣呑と言った方が正しい雰囲気がだだ漏れだ。『有頂天』で感知するに、どうやら剣呑な気配が漂ってきているのは、一ヶ所ではなく、何ヶ所かあるようだ。全く、ここは『安全地帯』の町だと言うのに、まるで安全だと言えない。


「どうします?」


 皆の顔色を窺うが、皆明らかに嫌そうな顔だ。まあ、疲れている現在、厄介事が待っている場所に、自ら足を突っ込みたくはないよなあ。


「どうと言われても、手に入れた素材やアイテムを換金する為にも、町に入らないといけないだろ。町の外で一夜を明かすのも危険だからな」


 デムレイさんの言はもっともだ。このエキストラフィールドはカヌスが俺のスマホゲームを元に作り上げたフィールドなだけに、夜になるとフィールドを徘徊する魔物の強さが上がる。しかもその中には、結界を破壊するレベルの強さの魔物もいるらしく、決して安全とは言えないらしい。


 それに期間限定ガチャの期限が迫っている。全く、なんでガチャの切り替わりの時間が朝の四時なんだよ。ログインボーナスのガチャの切り替わりと合わせているらしいが、こう言うのって、普通は昼間とか午後とか、深夜零時とかじゃないの?


「とりあえず行こうぜ」


 そう声を上げて、デムレイさんが自ら先頭に立って門の鉄扉を開くと、逆流するように町の住民であるアンデッドたちがこちらへ雪崩込んできた。


「は? 何? どうなっているんだ?」


 町から逃げ出すアンデッドたちを避けるように、俺たちは横に逸れ、何かから逃げ出すかのようなアンデッドたちの姿を呆然と見詰める。あ、まるでそれを待ち構えていたかのように、夜の闇に紛れたフィールドの魔物、巨大コウモリや巨大ネズミなどがアンデッドたちに襲い掛かっている。


 これに恐怖し、先頭を逃げていたアンデッドが足を止めるが、後続がそれに続いて止まる訳もなく、まるで追突事故のように、ドカドカと後続が先を行くアンデッドにぶつかっていき、塊となって動けなくなったアンデッドたちを、魔物たちが食らってゆく。中々の地獄絵図だな。


 流石にこれはたまったものじゃないと悟った、更なる後続たちは、足を止めたり、散り散りになって逃げ出していく。俺はそんな立ち往生している一人の骸骨の肩を捕まえて、話を聞いた。


「どうなっているんだ?」


「どうもこうもない! 町中にいきなり黒い魔物が出現して、暴れ回っているんだ!」


 それだけ告げると、ミイラは俺の手を振り払ってどこかへ行ってしまった。黒い魔物、か。アニン?


『恐らく『闇命の鎧』をまとった奴が、理性を失い錯乱して手当たり次第に暴れ回っているのだろう』


 かなあ?


「デムレイさん、ガチャって魔物も出来るんですか?」


「ああ。このエキストラフィールドに招待された者なら、人間魔物問わず、誰でもステータスを確認出来て、ガチャも可能なようだ」


 それを聞いて俺は、ちらりとリットーさんを見上げる。


「私もステータス画面が見えるし、ガチャを出来るぞ!」


 途中参加でもそうなるのか。ありがたいねえ。


『ハルアキ、聞こえる?』


 そんなパニックと化した安全地帯の町の門の前で、どうするべきか悩んでいると、バヨネッタさんから通信魔導具で連絡が入った。


「聞こえていますよ。丁度、皆でダンジョンから帰ってきたところです」


『そう、良かったわ。まだダンジョンだったら、私とダイザーロだけで、あいつらを処さないといけないところだったから』


「処さないとって、化神族に意識を乗っ取られている『何か』と、戦うつもりなんですか?」


 一体ならともかく、何体もいる化神族を、今の万全じゃない状態で相手しないといけないのは、正直辛いのだが。


『倒せば化神族が手に入るのだから、倒さない。と言う選択肢はないでしょ?』


「そうは言っても確実って訳じゃないですか。吸血鬼ウルドゥラの時は、化神族ごと消滅しましたし。分が悪いですし、避難した方が良いのでは?」


 今回は運がなかった。と諦めも肝心だろう。少なくともダイザーロくんがいくつか『闇命の欠片』を手に入れているはずだから、それで満足するべきところだ。夜のフィールドは危険だが、ダンジョンなら魔物の強さは一定である。事態が終息するまで、ダンジョンに潜っているのが得策だろう。


『ならハルアキたちだけで逃げれば良いわ。私とダイザーロだけで倒すから』


 まあ、それでバヨネッタさんが納得する訳ないよね。しかし、


「ダイザーロくんを巻き込むのはやめてください」


 哀れなりダイザーロくん。バヨネッタさんとともに安全地帯の町に留まったばかりに、化神族討伐の手伝いをさせられるなんて。それは阻止しなければならない。残るなら代わりに俺が残ろう。


『すみません、ハルアキ様』


 とそこへダイザーロくんから連絡が入った。


『今回の件、俺が原因なんです。なので俺は残らないと』


 ん? どう言う事?


『俺がいつも以上にポーカーやらカジノで荒稼ぎしているのを不審に思った顔馴染みの冒険者が、なんでそんな事しているのか尋ねてきたので、正直に経緯を話してしまったんです。それが町中に広まって、こんな事態に。なのでこの事態を生み出してしまった張本人として、事態の収拾をしないと』


 成程ねえ。それは責任感じちゃうわな。う〜ん。それを言われると、ダイザーロくんの上司に当たる俺も、益々戦わない訳にはいかないな。


『それに早い者勝ちだから、あなたたちも早く参戦しなさい』


 バヨネッタさんは、どうしても俺たちを今回の件に参加させたいようだ。


「早い者勝ち、ですか?」


『ウインドウを見てみなさい』


 言われてその場の皆でウインドウを開くと、クエストの欄にイベントクエストとして、『化神族に取り込まれた魔物の討伐』と言う項目が出現していた。


『どうやらカヌスとしても、今回の件は早急に片付けたいみたいね。町の冒険者たちも、既に化神族討伐に動いているわよ』


 そう言われてもなあ。と俺が腕組みすると、その横でデムレイさんが声を上げる。


「うおっ!? 化神族を一体倒せば一億ヘル!? それに倒した後の化神族は自分のものにしても良い。大盤振る舞いだな!」


 それは討伐しようと冒険者たちも躍起になるな。たとえ化神族に取り込まれた魔物を倒して、化神族を手に入れられなかったとしても、期間限定ガチャなど、百万ヘルのガチャを百回出来るのだから、やらないのは損と考えても不思議はない。が、


「どうします」


 俺は立場的に行かないと不味いが、他の面々は疲れているのだし、無理して参戦する必要はないが。


「俺は……」


「全員参戦だ!!」


 何か言おうとした武田さんを遮って、リットーさんが参戦を決め、武田さん以外の皆がそれに続くように頷く。それに対して渋い顔をする武田さんだったが、


「はあ……。分かったよ。でも俺に期待するなよ?」


 皆の視線による圧力に屈した武田さんも、渋々参戦を了承するのだった。

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