第225話 お姫様抱っこ

 全てを一人で終わらせたバヨネッタさんは、トゥインクルステッキやナイトアマリリスを『宝物庫』に仕舞うと、俺を手招きした。


「何ですか?」


 尋ねる俺に倒れ込んでくるバヨネッタさん」


「へっ!? ちょっ!?」


 俺は慌ててバヨネッタさんの身体を支える。


「ちょっと疲れたから、ハルアキ、私を運びなさい」


 何だそれ? いや、でも、ヤマタノオロチを一人で退治したくらいだ。相当魔力を使っただろう。あの魔力量は異常だった。


「分かりましたよ」


 と、俺がバヨネッタさんを背負おうとすると、凄い嫌そうな顔をされた。


「ハルアキ、教えていなかった私が言うのもあれだけれど、もう少し女性への対応と言うものに気を配った方が良いわよ」


 そう言われてもな。背負うんじゃなければ、どうやって運べと言うんだ?


 俺が運び方が思い浮かばずに立ち尽くしていると、バヨネッタさんは疲れた身体で俺の前面まで回り込み、俺の首に腕を回した。


(ああ)


 それでやるべき事を察した俺は、バヨネッタさんをお姫様抱っこの形で抱える。はっきり言って恥ずかしい。けどバヨネッタさんは何だか満足そうだ。


 しかし、こんな状態で敵に襲われでもしたら…………戦えるな。アニンを駆使すれば、戦えないと言う事はない。じゃあこのまま行くか。


 俺はバヨネッタさんをお姫様抱っこしたまま、ボス部屋を歩いて行く。周りの視線を気にしたら負けだ。


「しかし凄い威力でしたね」


 俺が感心していると、それに答えてくれたのはリットーさんだった。


「もしかして今の戦闘で使ったのは、魔女の固有スキル、『限界突破』か!?」


「『限界突破』ですか?」


「ああ! 魔女が持つ固有スキルでな、周囲の事象を任意で限界以上に強化出来るらしい!」


 へえ。まあ、凄い威力だったものなあ。酒飲みの黄金の酒量が増えたのも、トゥインクルステッキの威力が上がったのも、その『限界突破』のスキルによるのか。


「魔女の従僕なのに、知らなかったのか!?」


 リットーさんに驚かれてしまった。知りませんでした。と言うかバヨネッタさんのスキル自体初めて見たかも。もしかしたらどこかで使っていたかも知れないけれど、俺は気付いていない。


「あんまり使い勝手の良いものじゃないわ。確かに威力は高いけど、その分反動も凄いから、ここぞ! と言う場面でなければ使えないし、相手を選ぶスキルでもあるし」


 とバヨネッタさんは俺の胸の中で語る。確かにそうかも知れない。と俺は首肯した。ウルドゥラ相手に高威力を発揮しても、『認識阻害』ですり抜けるだけだし、シンヤ相手ではキュリエリーヴで無効化される。そう言う意味ではヤマタノオロチは格好の相手だった訳だ。


 奴も魔法やスキルのキャンセル技を持っていたけど、一瞬であれば通用したし、その一瞬で仕留めてしまえば良い訳だ。いや、バヨネッタさんにしか出来ないよ! リットーさんも出来るか? どうだろう?


「それにしても凄い威力でしたねえ。魔女固有のスキルって事でしたけど、魔女皆が使えるんですか?」


「そうね。魔女島出身の魔女なら、全員使えると思うわ」


 スキルと言うのは神か天使が人間に適当に授けるものだと思っていたが、すべからく魔女が所有しているスキルとなると、前提が崩れる。いや、魔女が信仰している神とかがいるのかも知れない。真面目な神様なのかも。神とスキルの関係性とか、検証する人はするんだろうなあ。


 まあ何であれバヨネッタさんの事だから、スキルがこれ一つと言う事はないだろう。まだまだ底が見えない人である。



 尾の付け根をトゥインクルステッキで撃ち貫かれたヤマタノオロチは、その巨大な死体を俺たちの前に晒していた。


「どうするのこれ?」


 ヤマタノオロチの死体が邪魔で、転移陣が使用出来ない。


「出来れば回収したいのですが」


 と申し出てきたのはラズゥさんだ。


「回収ですか?」


「竜は頭から尻尾の先まで、武具や薬にしたりと捨てるところがありませんから」


 ほう。そう言うものなのか。


「ですが、ヤマタノオロチを倒したのはバヨネッタさんですからね」


 とラズゥさんは俺の胸を見遣る。


「好きにしなさい。死体になんて興味ないもの」


 バヨネッタさんは本当に興味がないのだろう。ラズゥさんの方を見向きもしない。が、対するラズゥさん的にはかなり嬉しいらしく、すぐに自らの『空間庫』にこれを収める。どうやらラズゥさんは大型の『空間庫』を保有しているらしい。きっと勇者パーティの資金源にするんだろう。


 ラズゥさんがヤマタノオロチの死体を『空間庫』に収めると、奥には次の階層へと続く扉が、足下から魔法陣と一振りの剣が現れた。


「あれって…………、もしかしなくても草薙の剣か?」


 俺はバヨネッタさんを抱っこしたまま、床に突き刺さったその剣に近寄る。それはとても美しい直剣だった。刃は空色で、薄っすら濡れているように見える。柄と鍔には装飾が施され、その剣はただそこにあるだけで芸術品のようだった。


「良い剣ね」


 それを無造作に手にするバヨネッタさん。確かに装飾が施されたその剣は、財宝の魔女バヨネッタの好みに合致する。まあ、後ろの方でラズゥさんが「それも……」と声を上げていたが、バヨネッタさんはそれを無視して自身の『宝物庫』に草薙の剣を突っ込んだ。


「それで? この転移陣を起動させればペッグ回廊の一階までひとっ飛びなんだろ?」


 俺はしょんぼりするラズゥさんを目の端に追いやり、シンヤに尋ねる。


「ああ」


 シンヤはそう言って魔法陣に手を置くと、何やら呪文を唱え始める。俺がその邪魔にならないように魔法陣から離れ、その様子を見守っていると、魔法陣のある床から五十センチ程上の空間が渦を巻き始める。そうして出来たのは、人が余裕で通れそうな程の大渦だった。


「これって、『魔の湧泉』?」


「私たちがどうして『魔の湧泉』の先にあるデレダ迷宮を、ペッグ回廊と間違えていたのか分かるでしょう?」


 ラズゥさんの言葉に、俺は深く首肯した。

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