第224話 ヤマタノオロチ退治(後編)

 と言う訳で、再度やってきました地下八十階層のボス部屋。部屋の奥ではヤマタノオロチが鎮座ましましておられます。それに対して『宝物庫』から、酒飲みの黄金を取り出すバヨネッタさん。


「…………ちょっと小さいですかね?」


 取り出された黄金の酒杯は、酒杯なだけあってちょっと大きめのワイングラスくらいのサイズである。これでこの部屋を酒で満たすのは、中々に骨が折れそうだ。


 俺の不安など気にする事もなく、バヨネッタさんはトゥインクルステッキから降りると、皆から数歩前に出て酒杯を逆さにすると、魔力でもって中空に固定させた。


 ザーーーーッ


 そこからこぼれ出るのは黄金色の液体だ。匂いからしてビヨの酒であると推測される。いや、この匂いは嗅いだ事がある。エルルランドで三公から頂いたあのお酒の匂いだ。


 どう言う事なのか? とバヨネッタさんを見遣ると、バヨネッタさんはさも当然のように答えてくれた。


「この酒飲みの黄金の機能の一つに、一番最近注いだ酒を魔力で再現する。と言うものがあるのよ」


 へえ、そんな機能もあるのか。まあ、そうだよな。なんかイマイチのお酒を大量に生み出されるよりは、美味しいお酒の方が皆に喜ばれるもんなあ。納得である。


 しかし酒がボス部屋に溜まる気配はない。流石に酒杯からでは、こぼれ出る酒の量に限界があるのは仕方ないか。


「この調子では、この部屋を酒で満たすよりも、ヤマタノオロチが飲み尽くす方が早いわね」


 俺の後ろで事態を見守っていたラズゥさんが、誰に言うでもなく口にしていた。それは皆が思っていた事なのだろう。誰もそれを諌めたりしない。


「ふん。分かっていないわね。そんなだからあなたは二流の聖女なのよ」


「誰が二流の聖女ですかッ」


 顔を真っ赤にして反論するラズゥさんを無視して、バヨネッタさんは九機のナイトアマリリスを黄金の酒杯の周りに浮かべた。


 何をするのか? と思っていると、九機のナイトアマリリスと酒飲みの黄金が、まるで宙に浮かぶ魔法陣のように光によって結合される。そしてそれと同時に酒杯からこぼれ出る酒量が目に見えて増大した。バヨネッタさんは、ナイトアマリリスの人工坩堝を使って酒量を増大させたのだ。


 みるみるうちに黄金色の酒によって満たされていくボス部屋の床。そしてそれはすぐにヤマタノオロチの下まで到達し、


「ヤマタノオロチがお酒を飲み始めたわ」


 とサブさんの声。見れば確かにヤマタノオロチは、自分の足下の酒を舌を使ってチロチロと飲み始めた。ヤマタノオロチの酒好きはどうやら本当だったらしく、見るからに上機嫌である。


「このまま飲ませていけば良いんですよね?」


 振り返ってラズゥさんに尋ねるが、彼女の眉間にはシワが寄せられている。


「ええ。そうなのですが……、やはりそう上手くはいかなそうです」


 上手くいかない? ラズゥさんの指摘を受けてもう一度ヤマタノオロチを見遣ると、その飲み方が凄い事になっていた。


 ヤマタノオロチは完全にその八つの頭を床にめり込むかのようにこすりつけ、バヨネッタさんが生み出す酒を、まるで吸い込むようにどんどん飲んでいく。その吸い込む量は凄まじく、バヨネッタさんが生み出す酒量と拮抗していた。


「凄いなヤマタノオロチ」


 思わず誰かからそんな声が漏れる。確かに凄いのだが、このままではバヨネッタさんが生み出したお酒が、全て飲み尽くされてしまう。


「バヨネッタさん代わります! 交代で、なんならリットーさんやシンヤたちの力を借りてお酒を生み出し続けましょう。このままじゃあ、バヨネッタさんの魔力が先に尽きてしまいますよ」


 が、バヨネッタさんは首を横に振るう。確かに大量に魔力を使っているのできつそうだが、バヨネッタさんの顔にはまだ余裕が窺えた。


「ハルアキ、私の限界をあなたが決めないで頂戴。私の限界を決めるのは、私よ」


 バヨネッタさんがそう口にした瞬間、酒飲みの黄金から生み出される酒量が更に増大した。その量はナイトアマリリスを使って増大させた酒量の数倍、いや、十数倍はある。


 酒はヤマタノオロチが吸い込む量を遥かに超えてボス部屋に流れ込み、どんどんとその水位を上げていく。足下が浸るくらいだった酒量は、いつの間にか膝まで浸かり、あっという間に腰まで酒で満たされてしまった。


「見ろ!」


 背の小さいゴウマオさんが、胸下まで来ている酒に抗うように突き出した指の先では、ヤマタノオロチが酔っ払っていた。


 完全に酔っ払ったヤマタノオロチは、上機嫌で踊るように八つ首をブンブン振るわせ、あの巨体で千鳥足となってたたらを踏むと、盛大にコケた。なんか凄いものを見たな。などと感心している場合じゃないか。


「今ならヤマタノオロチを倒せるって事ですよね?」


 俺が振り返ると、既に勇者パーティは各々武器を構えていた。


「ええ、そうです。あの状態のヤマタノオロチは、魔法やスキルが上手く使用出来ないと、報告が上がっています。つまり『超回復』も『増殖』も上手く機能しない。バヨネッタさん、もう十分です。その魔道具を解除してください」


 ラズゥさんが酒飲みの黄金を解除するように促す。まあ、このままじゃ腰まできている酒に阻まれて、シンヤたち勇者パーティも十全に戦う事は出来ないか。


 言われて酒飲みの黄金へ魔力を注入するのを止めたバヨネッタさんだったが、


「やり過ぎです」


 ボス部屋を満たした酒がすぐに引く訳もなく、俺たちはいまだ酒に埋もれたままだった。


「問題ないわ」


「何が問題ないんですか」


 バヨネッタさんをキッと睨むラズゥさんだったが、バヨネッタさんはどこ吹く風だ。


「もう私が倒すから」


 などと口にしたバヨネッタさんの言葉に、ハッと上空を見上げると、バヨネッタさんのトゥインクルステッキが、唸りを上げて人工坩堝を超高速回転させていた。うわあ。いつからあそこで魔力を注ぎ込まれていたんだろう? そしてトゥインクルステッキも、俺が思う何倍も魔力を溜め込んでいるように見える。俺がそう思った次の瞬間。


 ズドゴオオオオオッッ!!!!


 部屋全体が震える程の轟音とともに、トゥインクルステッキから放たれた熱光線は、ヤマタノオロチの尾の付け根に見事に命中し、これを蒸発させた。ヤマタノオロチは悲鳴さえ上げる事なく、これによって落命したのだった。

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