第325話 やっぱり
「うわっちゃー! マジかよ! そんなのスパイ失格じゃねえか!」
言いながらバンジョーさんは天を仰ぎ見る。耳が赤くなっているのがちょっと面白い。
バンジョーさんは本人が口にした通り、スパイだと俺は思って接していた。モーハルドのスパイだ。これは焼き物の街ラガーでバンジョーさんと出会った時から、直感的に何かあると思っていた。そうかもと思ったのは、バンジョーさんが西から来たと言っていたからだ。
オルドランドを北から南に流れるビール川。その支流であるラガー川は、ベフメ伯爵領のある東へ分かれるピルスナー川とは反対に、西に流れるのだ。ではその行き着く先の先、オルドランドの西にはどんな国があるのかと言えば、エルルランド公国や、小国家群のビチューレ、そしてモーハルドがある。
エルルランドやビチューレ、またはオルドランドが何か仕掛けてきていた可能性はあったが、やはり可能性が高かったのがモーハルドだったので、俺はバンジョーさんはモーハルドのスパイだろうと思ってここまで接してきた。どうやら間違いじゃあなかったようだ。
「やっぱりハイポーションの作製って、そんなにヤバい事案だったんですねえ」
「まあな。今までモーハルドが独占してきた事業だ。それがいきなり、一人の学者が製造に成功しました。なんて情報が飛び込んできたかと思ったら、あのオルバーニュ財団が絡んできたんだ。事情を探ろうとするのも当然だろう?」
まあ確かに。それはそうなんだよなあ。
「俺って、実は何回か殺されかけてますよね?」
「ああ。ハイポーションの件に神の子の件と、何回かハルアキ殺害に関して上司とやり取りしたよ。実行命令までは下らなかったけど、寸前までは行っていたとか。ボクの上司は胃痛が治まらなかったらしい」
「はは、ハイポーション贈りましょうか?」
「今なら泣いて喜ぶかもな」
「今なら、ですか?」
少し前なら違っていたと言う事か。
「教皇様がこちらでセクシーマン様とお会いになられただろう?」
「? はい」
「あれで国内の世情がガラッと変わってな。今は教皇様の求心力がかなり強くなっているんだ。強硬派のデーイッシュ派も強く出られなくなっている」
「と言う事は、バンジョーさんはデーイッシュ派だったんですか?」
だがそれには首を横に振るバンジョーさん。
「コニン派だよ。まあ、コニン派にも色々いるのさ。ボクがデーイッシュ派だったら、ハルアキは出会った初日に殺しているよ」
それは怖い。良かったバンジョーさんがコニン派で。
「ハルアキくん、もうそろそろ君の番だけど、大丈夫かな?」
そこにオルさんが話し掛けてきた。
「はい。…………オルさんもやっぱり暗殺対象だったりしたんですか?」
そんなオルさんを振り返りながら、俺はバンジョーに耳打ちする。
「あの人は俺のところだけでなく、世界中から命を狙われている」
「そうなんですか!? 実行犯となんて出会った事ないんですけど?」
驚愕の事実だ。それが本当なら、あの異世界での日々はもっと殺伐とした旅になっていたはずである。
「ハルアキはオルバーニュ財団の力を舐め過ぎだよ。あそこのトップが旅をするとなると、それだけで敵対組織だけでなく、財団自体も相当に気を配って、各所に命令を下して、敵対組織が何かする前に、泡沫組織なんかは潰されているよ」
そうだったんだ。俺たちがのほほんと旅をしていた裏側では、闇の組織同士が、暗躍を繰り広げていたんだ。いや、のほほんとしていたのは俺だけか。バヨネッタさんやアンリさんは知っていただろうから。
「ハルアキくん、聞いている?」
「あ、はい。俺の方はいつでも大丈夫ですよ」
「…………」
「…………どうかしましたか? オルさん?」
何かオルさんが俺を上から下までじっくり見てくるのだが?
「うん、いや、良いなあと改めて思ってね。やっぱりその新しいスキル、僕に譲ってくれないかなあ?」
「また言っているんですか? 浅野からこれだけの技術提供がなされたんですから、もう十分じゃないですか?」
「されたからだよ。君のそのスキルがあれば、この提供された技術を更に有効利用出来ると思うんだ」
う〜ん、確かに。俺が天賦の塔で取得してきたこのスキル、俺が持っていてもあまり有効利用出来そうにないスキルなんだよなあ。でも、
「すみません、俺の勘が、このスキルは外すな。って訴えているので」
俺が断りを入れると、オルさんは物凄く残念そうに項垂れて、
「分かったよ」
と研究員たちの方を振り返る。
そこには日本人だけでなく、オルバーニュ財団から来ている者や、魔女島から来ている者の姿もあった。そして彼ら彼女らがサンドボックス内を映し出しているモニターを確認して、オルさんに頷き返す。
「モニタリングの準備オーケーです」
「ではハルアキくん、良いかな?」
「分かりました」
言って俺は立ち上がり、サンドボックスの中へと侵入した。
「待っていたわよ、ハルアキ」
サンドボックスの中は茫洋と広がる白い空間で、その中央では、トゥインクルステッキに横座りしたバヨネッタさんが、不敵な笑みを浮かべていた。
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