第324話 意外とバレなかった?

「ふう……」


 一辺二メートル四方の白い直方体から、ぬるっと出てきたのは、バンジョーさんとオルガンだ。


「お疲れ様でした」


 俺はペットボトルのスポーツドリンクのフタを開けて、椅子に腰掛けるバンジョーさんに差し出し、横に座る。そんなバンジョーさんに、魔法科学研究所の研究員たちが、情報を得ようと心電図を取る時に使うような器具を貼り付けていく。


「全くだよ。こんな事をする為に、異世界までやってくる羽目になるとは思わなかった」


 言いながらスポーツドリンクを飲むバンジョーさん。お世話をお掛けします。



 ここは東京にある国立魔法科学研究所。オルさんがお世話になっている立花女史が主任研究員を勤めている、世界に先駆けて魔法と科学の融合を研究し始めた施設だ。ここでは現在、浅野からもたらされた技術データの解析と、得られたデータから武器兵器の開発や強化などが行われている。直近で魔王の脅威が迫っているとは言え、兵器開発なんて何だか気分が沈む。


 そしてバンジョーさんとオルガンが出てきた、この真っ白い箱は何かと言えば、浅野からL魔王を経て渡された、あの白い箱体だ。何でもこの箱体を作ったのは浅野自身らしく、その名を箱庭サンドボックスと言う。大きさはもっと、それこそ地球を飲み込む程大きくなるらしいのだが、そうする事に意味がないので、この大きさとなっている。この中には魔法や科学に関する様々な情報、技術データが詰め込まれており、それらは既にこの魔法科学研究所のサーバーに移し終えている。


 流石は日本生まれの浅野が提供してくれたデータなだけあって、情報やデータには何も問題はなかったのだが、その量が半端なかった為に、研究所はサーバーの数を三倍に増設しなければならなかった。この魔法科学研究所では、サーバーに魔法技術が使われており、その記憶容量は既存サーバーの十万倍を超えるので、浅野からもたらされたデータ量がどれだけだったかが想像つくし、想像出来ない。


 さて、サンドボックスは情報やら技術データやらをこちらへ運ぶ為の箱舟だった訳ではない。いや、その意味もあったのだが、こうやって無事に移行が完了した時点で、その使い道が別のものへと変わった。と言うべきだろう。


 一つは武器兵器の実験施設だ。先程も言った通り、サンドボックスは地球レベルのものを内包出来るキャパシティがある為、その内部で安全に? 武器兵器の実験を重ねられるのだ。


 そしてもう一つの使い道。それが魔王の捕獲器だ。


 今後魔王ノブナガと一戦交える事になるとして、相手は時空さえ歪ませる強大な魔力の持ち主だ。真っ向から戦えば、その被害は甚大になるのは目に見えて明らか。


 ではどうするか。人にも動物にも自然にも被害が及ばない、どこか別の場所に隔離して、そこで倒せば良いのだ。その為のサンドボックスである。これは恒星間航行可能な宇宙戦艦の主砲の一撃でも壊す事が不可能なのだそうだ。それって波◯砲だよね?


 それもう封印じゃあ駄目なのか? 浅野曰く、それは問題の先延ばしにしかならないらしい。魔王ノブナガが封印されている間に、勇者であるシンヤが死んだら、シンヤの中のシステムコンソールも消えてなくなるから大丈夫かと思ったら、魔王が存在している限り、勇者は生まれ続ける仕組みになっているから、無意味だそうだ。世の中そうそううまく話が転がらない。


 なので俺たちは魔王ノブナガをこのサンドボックスの中に隔離した後、この中で魔王を討ち倒さねばならないのだ。


 大変なのだ。だが俺たちはまだ運が良い方だろう。浅野が提供してくれたガイツクール以外に、二人の化神族でもって、この魔王に対処出来るのだから。


 浅野的にも嬉しい誤算だったこの化神族だが、ウイルス付きと言う悲しい側面も持ち合わせている。なので今回、この魔法科学研究所には、この化神族に植え付けられたウイルスを消し去る為にやって来たのだ。



「上手くいきましたか?」


「ああ。大変ではあったけど、上手くいったよ。何だか今までの憑き物が落ちたように身体が軽くなった。今ならボク一人で魔王を倒せそうだ」


 とニカッと笑うバンジョーさん。だが目の奥が笑っていない。あ、この人本気だ。この人もデウサリウス教の熱心な信者だ。神の定めし道を進む信徒からしたら、それに反旗を翻す魔王の所業は、許されざるものなのだろう。


「一人で突っ走らないでくださいよ?」


「魔王ノブナガはそんなにもヤバい奴なのか?」


 バンジョーさんが俺の目を覗き込んで尋ねてきた。


「ヤバいです。化神族を備えた英雄が十二人いても、やっと倒せるかどうかですね」


「むう。まあ、あの魔女さんバヨネッタが真剣に準備をしているのだから、おいそれとはいかないのだろうな」


 見返した俺の目が思いの外真剣だったのだろう。バンジョーさんの顔もいつもと違って真剣になっていた。


「すみません」


「何を謝っているんだ? こんな事態に巻き込んでしまった事をか?」


「そうですね。本来であれば、監視対象である俺たちに、過度な接触は厳禁でしょうに、ここまで巻き込んでしまって、なんか申し訳ないな。って」


「…………監視対象、か。いつから気付いていたんだ?」


「あー、割りと最初から」


「うわっちゃー! マジかよ! そんなのスパイ失格じゃねえか!」


 言いながらバンジョーさんは天を仰ぎ見る。耳が赤くなっているのがちょっと面白かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る