第323話 束の間

「んで、どうすればアニンのヤバさを取り除けるんだ?」


 浅野やL魔王と話をした翌日、我が家に来た武田さんは、ぶすっとした顔でコーラを飲みながら、話の続きを聞いてきた。


「なんか、不機嫌ですね?」


「そりゃあ、不機嫌にもなるだろうよ! ひとが日本中駆けずり回って仕事して戻ってきてみれば、工藤は呑気にL様とディナーをしていただと!? 何で俺はそんな大事な場面にいなかったんだ!」


 ディナーはしていない。紅茶とフルーツタルトを提供しただけだ。そう言えばこの人、L魔王信者だった。


「でも相手、天使ですよ?」


「更に最高なんだか!?」


 そう言えばこの人、前世モーハルドの勇者だった。天使なんて信仰対象じゃん。


「くう! 何で俺はこうも運がないんだ!」


 運とかそう言う問題ではないと思うが。


「知っていれば仕事なんてキャンセルして、神速でこっちに戻ってきたのに!」


「やめてください。今日本で一番大事な国家事業なんですから」


 武田さんがこの二週間行っていたのは、日本に十六基ある天賦の塔の内部調査だ。天賦の塔には魔物もいれば罠もある。これらの詳細に分かるか分からないかは、塔の挑戦者の生死に関わる問題なので、綿密な調査が現在進行形で続いている。その中心人物が武田さんなのだ。


 何せ世界に一人しか持っていない貴重な鑑定スキル『空識』を持っているのだから、魔物の名前に能力、どこに罠があるかだとか、丸分かりなのだ。まるでこの為に生まれてきたかのようだ。


「どうでした? 天賦の塔の内部は?」


 俺はこれ以上自分語りをしても、武田さんが機嫌を損ねると思い、武田さんの方へ話を振る事にした。


「どうもこうもねえよ。工藤もカロエルの塔で体験済みだと思うけど、外見と中身は大違いだ」


「ですか」


 そこに驚きはない。カロエルの塔で体験済みなのもあるし、その情報自体は政府から公表されている。なんなら塔の挑戦者がスマホで撮影したであろう動画が、SNSにはゴマンと溢れているからだ。


「基本的にはアスレチックって感じでしたけど?」


「低レベル帯だとな」


 SNSで出回っている動画を観るに、レベル一のスキルなしの人が挑戦する塔は、正しく巨大な塔らしく、内部は白亜の石壁で囲まれ、順路も一つだけ。行って帰ってくるだけの簡単なものだ。


 が、これがスキル持ちになると変わってくる。塔の内部は開かれた様々な自然フィールドへと変化し、その中で襲い来る魔物を倒したり、罠を切り抜けたりしながら、先に進んでいくのだ。レベル二程度だと、自然公園のアドベンチャー体験みたいに見えた。


「罠の位置とか、レベルやスキルによって変わったりしないんですか?」


「位置は変わらないが、レベルやスキルの補正で、罠が強化されていたり、追加されていたりするな」


「やっぱりそうなんですね」


「だから俺と一緒だと罠特盛だ」


 何で自慢げに言っているの? まあでも、『空識』なんてユニークスキル持ちだもんな。そりゃあ罠もレベルマックスで対応してくるだろうよ。


「それって、先に進めるんですか?」


「あはは。一つの塔をクリアするのに、場合によっては三日掛かりさ。途中で休憩も入れなきゃいけないから、まだ攻略出来た塔は半分以下だよ」


 それはそうなるだろう。それでも早い。


「幸運だったのは、まだ武田さんのレベルが低かった事ですね。これで高レベルだったら、同行者に死者が出ていてもおかしくないんじゃないですか?」


「それは同行した自衛隊員やら異世界調査隊のやつらにも言われたよ。実際、俺が攻略した塔の一つに、レベル十五程度のやつらで再編成して突入したら、魔物に当たる前に引き返す事になったそうだ」


「それはそれは」


 悲惨と言うべきか、間抜けを見たと言うべきか。


「じゃあ気を付けるべきは魔物よりも罠ですからねえ?」


「いや、魔物が多い塔もあるんだよ」


「へえ、そうなんですか?」


 わざとらしく驚いてみせるが、既知の情報だ。


「塔にも個性があってな、魔物が多い塔があれば、罠が多い塔もある。両方のバランスの取れている塔もあれば、レベルやスキルが必要な塔、パワーや攻撃力が必要な塔、頭脳や知恵を必要とする塔、様々だな」


「まあ、十六基もあれば、それは様々ですよねえ」


 塔の数は国によってまちまちだ。それはそうだろう。国によって国土の大きさや人口は違うのだから。日本は十六基と結構な数があるが、お隣りさんの中国は、この八倍以上天賦の塔がある。人口も国土も広いと、こうなるんだよなあ。まあ、インドやインドネシアも追随しているし、もしかしたらカロエルは国の人口と国土を鑑みて天賦の塔を配置している節がありそうだ。とある動画でL魔王が言っていた。かなり確度は高いと思う。


「魔物の種類も向こうの世界と違う奴もいたなあ」


「らしいですね」


 宇宙人のグレイみたいなゴブリンや、まるで豚そのもののオークは定番だが、政府から供出された情報によると、大型の魔物も多数目撃されているとか。部位破壊とか、尻尾斬り落としたりするのだろうか? 素材回収して武器とか作れそう。


「スキルって簡単に覚えられました?」


「覚えられたよ。既にスキルを持っていた俺でも、最初のスキルは無条件だった」


 そうらしい。異世界でどれだけスキルを覚えていても、天賦の塔では最初のスキルは無条件らしいのだ。


「覚えておいたらどうだ?」


「スキル四つ目ですか。俺まだ解放していないギフトもあるんですけど?」


「別に問題ないだろ?」


「武田さんも日本こっちに毒されてきましたね」


「余計なお世話だ」


 きっとセクシーマンの頃なら、スキルは神から授かりし神聖なもの。とか言ってそうだ。


 スキルかあ。どうするかなあ。


「で、武田さんはどうするんですか?」


「どうするって?」


 切り返す俺に、ポテチを食べながら武田さんが聞き返してきた。


「集めた情報ですよ。Future World Newsのサイトに載せるんですか?」


「許可は出ているよ。でも全部は出すなとも言われている」


「まあ、そうなりますよねえ」


 これは別に意地悪でそうするのではなく、対外的な理由だろう。レベルやスキルによって違うとは言え、魔物や罠が網羅された攻略情報が、誰でも見られるサイトに掲載されれば、国内もだが、海外からは垂涎の的だ。そして攻略情報が出きっていれば、後は攻略されるだけ。海外から余計な侵略者を招く事態になりかねない。それは今の日本の避けたいところだ。


「工藤こそ、どうするんだ?」


「どうするって?」


「アニンのヤバさをどうにかするんだろ?」


 話が戻ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る