第326話 ボケ防止
「待っていたわよ、ハルアキ」
真っ白で茫洋とどこまでも広がる空間の中央で、バヨネッタさんが待っていた。その周りを、人の頭くらいある真っ黒なトマトがくるくる浮遊している。
「それが……」
「ええ。私のガイツクールのリコピンよ」
『よろしくお願いいたします』
俺の問いにバヨネッタさんが胸を張って答える。そして頭を下げるリコピンの動作が可愛い。頭しかないけど。
十体のガイツクールの内、一つはバヨネッタさんに渡された。戦力的には申し分ないので当然だろう。ちなみに真っ黒トマトのリコピンは、「マギ*なぎ」に出てくるマスコットキャラクターだ。
「身体にまとわなくて良いのですか?」
「ガイツクールは化神族の上位互換よ? この状態でも体内の坩堝はガイツクールで満たされているのよ」
「え? それじゃあ……」
俺の疑問に答えるように、バヨネッタさんは手から黒い
「撃てるんですよね?」
「当然よ」
とバヨネッタさんは上に向かって拳銃を撃ってみせてくれた。
これはアニンと同化している俺としては相当な驚きだった。化神族はその性質上、分離が出来ないからだ。なので銃だけでなく、弓矢などの分割する必要のある武器には変化出来ない。それが可能となると、それだけで戦闘の幅が広がる。
「ふふ、目が輝いてきたわね」
う。ちょっと子供みたいに興奮しているのは否定出来ない。
「そっちこそどうなの? バンジョーに先を譲ってまで、天賦の塔でスキルを獲得してきたんでしょう?」
そうなのだ。今後に控えている魔王ノブナガとの決戦に備えて、俺はとりあえず一旦スキルの獲得を優先した。別にこの場で行われるアニンのウイルス除去が怖かったから、バンジョーさんに先に試して貰った訳ではない。断じてない。なのでこの場には少し遅れて来たので、バンジョーさんがどんな事をこのサンドボックスの中でしたのかを、俺は知らない。
「俺の新しいスキルは、『記録』でした」
「『記録』ぅ? 何で?」
何でと言われても困る。俺も困っている。『記録』と言うスキルは、別名ボケ防止とも言われる、完全記憶スキルだからだ。スキル所持者が五感で感じたものを記録し、それを好きな時に記憶から呼び出せるのが『記録』である。スキルレベルが上がれば、それをウインドウ画面に出して周囲の人に見せたり、許可の得た他人の記憶を覗く事も可能になるのだが、まだレベル一だから、俺にはそれは出来ない。
「オルが泣いて欲しがりそうなスキルだったわね」
「実際言われましたよ。望むもの全て用意するから、譲ってくれって」
まあ、学者としては喉から手が出る程欲しいスキルなのだろうとは思う。流し読みした本やサイトの記憶を、好きな時に思い出せるのだから、仕事効率が格段に上がるはずだ。他にも警察や弁護士などは、他人の記憶が覗けるこのスキルが欲しいだろうな。
「で? どうするの? そのスキルを餌に、他のスキルを融通して貰う?」
「いえ、一時保留で。とお断りしました」
「何でよ?」
首をひねって不思議そうなバヨネッタさん。
「いやあ、何でと言われると、直感だとしか言えないんですけど、なんだかんだ、今までも自分のスキルには助けられてきましたからね」
「ふ〜ん。まあ、ハルアキは直感が優れているしねえ。それに従うのも良いかもねえ」
「そう言う事です」
まあ、俺のは直感や勘ではなく、短期予知みたいなものだと武田さんは言っていたけど。
「分かったわ。じゃあ早速ウイルス除去を始めましょう」
「もう始めるんですね? 大丈夫ですか?」
「何がよ?」
「いやあ、だってバヨネッタさん、さっきバンジョーさん相手に『二倍化』を使ったばかりですよね? それなのに……」
心配する俺に、しかしバヨネッタさんは呆れたように嘆息してみせる。
「問題ないわ。『二倍化』のスキルを使用すると、魔力を半分消費すると言う制約は、ガイツクールによって解消されたから」
「そうなんですか?」
首肯するバヨネッタさん。
「ガイツクールは化神族のように武器に変化するだけでなく、魔法の発動や補助も出来るのは知っているわよね?」
う〜ん、浅野がそんな事を言っていた気もするが、記憶が曖昧だな。まだ『記録』のスキルも覚えていなかったから、記憶から呼び出す事も出来ない。
「でもまあ、魔法の補助が出来るって事は、スキル使用時の魔力量の調整も出来るって事で合っています?」
「ええ。だからこんな事も可能になったわ」
言ってバヨネッタさんは手に持った黒い拳銃を、二倍、四倍、八倍、十六倍……、と倍々に増やしていき、気付けば真っ白い空間が真っ黒な拳銃で埋め尽くされていた。
その光景に、豊臣秀吉さえ騙されたと言う倍々ゲームの話を思い出した。秀吉は何かの褒美で男に何が欲しいかを問う。男は一日に米を一粒、二日目には二粒、三日目には四粒と倍々に米の数を増やし、それを百日間くださいと秀吉に申し込み、秀吉はこれを快諾。しかし後々に計算してみたら、とんでもない量の米が必要になる事が発覚し、男に褒美を他のものに変えて貰うと言う話だ。
「制限のなくなった『二倍化』って、凶悪だったんですね」
引きつり声の俺に、バヨネッタさんはニヤリと口角を上げ、パチンと指を鳴らす。すると全ての拳銃がバラバラに分解されて消えた。
「これだけじゃないわよ。今まで『二倍化』では同質のものを二倍化させるだけだったけれど、今は物によってその性質をどちらかに偏らせる倍化をさせる事も可能になったわ」
俺は首肯する。これが、今回バヨネッタさんがこの場にいる理由だからだ。つまり、これから俺はバヨネッタさんに二倍化される訳だが、その際に俺のアニンから、倍化したもう一方のアニンにウイルスを偏らせると言う訳だ。こうして俺たちからウイルスは除去される訳なのだが、当然問題はある。
「そして暴走するもう一方の俺たちを倒せば良い訳ですね?」
「そうよ。もう一人のハルアキには、あなたから引き受けたウイルスも入る事になるから、凶暴性は二倍になるわ。バンジョーの時もそうだったけれど、十全に暴力を振るえる化神族は、あなたたちより強いわ。それでもきっちりもう一人の自分の息の根を止めなさい。でなければ自分の存在が危うくなるのだから」
俺は深く首肯した。そんな事をしなくても、バヨネッタさんがもう一人の俺を消せば良いのでは? と思ってしまうが、そうなると消えたもう一人の自分は俺の中に戻されるらしく、つまりウイルスが二倍になって帰ってくる可能性があるのだとか。それを防ぐには、倍化された本人が、もう一人の自分を倒さなければならないらしい。
全く、浅野め、何がかなりの痛みを伴うだよ。それどころか俺の存在自体がヤバいじゃないか。
「では始めましょう」
言ってバヨネッタさんがこちらに手をかざすと、俺の前にもう一人の俺が姿を現した。
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