第327話 言っちゃった!?

 俺の前にもう一人俺がいる。立体的な鏡を目にしているようで、なんだか心がざわつく。そのもう一人の自分の顔が、くしゃりと愉悦に歪んだ。


 来る!


 何かしら攻撃を仕掛けてくる。と俺が身構えると、もう一人の自分は直ぐ様『闇命の鎧』を身にまとい、くるりと後ろを向いた。


「!?」


 訳が分からない。と思考が追いつく間も貰えず、奴はバヨネッタさんへと向かって行ったのだ。


「ひゃは!!」


 奇声を上げる奴に、そう言う事か! と心の中で舌打ちする。擬似的に作られたもう一人の自分からしたら、バヨネッタさんは生殺与奪の権利を握る人間だ。俺が危なくなれば消される可能性は大だ。ならば先にバヨネッタさんを殺してしまえば良い。そうすれば俺が殺すしかなくなるし、俺が負ければ、サンドボックスの外にいるオルさんたちの命が危なくなる。その為の奇襲か。


 俺は慌てて『時間操作』タイプBで奴に追いすがるが、俺のコピーでありスキルも能力も一緒。更にアニンを十全に使いこなせるとあっては、追い付くどころか差が広がる一方だった。


 ガギンッ!!


 奴の黒剣がバヨネッタさんを刺し貫かんと迫った寸前で、俺の『聖結界』がなんとか攻撃を防いだ。


「チッ」


 舌打ちしてバヨネッタさんから距離を取るもう一人の自分。


「分体のやる事はどいつも同じね」


 バヨネッタさんに動揺は微塵もなく、その後方には既にナイトアマリリスがスタンバイしていた。


「バンジョーの分体もおんなじ事を仕掛けてきたわ」


 そうですか。コピーって、俺より頭の回転が良いんじゃなかろうか?


「でもまあ、私が結界を張る前に『聖結界』を出した事は悪くないわよ」


 バヨネッタさんが満足そうに口角を上げる。その事に内心喜ぶ俺。


「まあ、私が先に結界を張る事態になっていたら、後でどうしてくれようかとは思っていたけど」


 良かった。間一髪だった。本当に良かった。


「気に入らねえな」


 もう一人の自分が吐き捨てるように声を発する。全身鎧に隠された兜の向こうの暗い瞳が、俺を蔑んでいた。


「お前よう、何をこんなやつに毎度毎度上からものを言われて、へーこら頭下げて生きていけるんだよ? 俺だったら死んだ方がマシだね」


 もう一人の自分は、どうやら今の境遇に満足していないようだ。


「プライドが高い訳でもなく、さりとて安売りもしない。中途半端なんだよお前は!」


 あ、はい。


「お前にプライドがあれば、こんな女に安くこき使われる事はなかった! 最初の出会いの段階で力を示していれば、お前の異世界での環境はもっとマシなものになっていたはずだ!」


 成程ね。考えなかった訳ではない。俺はどちらかと言えば平和主義者なのだろう。いや、自分の命が大事なだけだ。バヨネッタさんと出会った時も、もっと上手く立ち回る事が出来たかも知れない。だがそれによって自分の命が失われるリスクを考えた時、俺は行動に移せなかった。そしてバヨネッタさんに表面的に恭順したのだ。


 今ではバヨネッタさんを心から尊敬している。まあ、たまにアレだけど。だけど出会いの時は見せ掛けだったのは間違いないし、心の中で情けないと思っていたのも事実だ。


「タカシ相手だってそうだ! お前のプライドがもっと低ければ、タカシに土下座して、彼女の一人でも斡旋して貰えたんじゃねえのか!?」


 今ここでそれ言うか!? いや、確かにタカシのスキルを知った時、俺も少しはおこぼれにあずかれるんじゃないか? とか下心が出たのは事実だけど。何も今それを言わなくても良くない? いや、バヨネッタさん、そんな蔑んだ目で俺を見ないでください。


「ハルアキ、サイテー」


 がはっ。何故か膝から崩れ落ちてしまった。許すまじ! もう一人の自分!


「お前はいつもそうだ。自分の快楽にフタをして、頭が良い訳でもないのに、理性で分かったふりをして、周りに合わせて良い子ちゃんぶって生きている。それでどれだけ損をしてきたと思っている!? 割りに合わねえよ! お前の実力だったら、今の百倍! 千倍! それくらいの報酬貰ったってバチが当たらねえよ! もっと強欲になれよ!」


 何で俺は自分の分体に説教されているんだ?


「いや、強欲になれ。と言われてもな。今日の夕飯はスーパーの半額寿司じゃなくて、回転寿司にしよう。とかそう言う感じか?」


 あ、分体が膝から崩れ落ちた。


「せめてそこは回らない寿司にしろよ」


 そんなのちょっとドキドキしちゃうじゃないか。高校生の頃からそんなところに行くような生活、健全じゃないと思うぞ。


「じゃあお前は何がしたいんだ?」


 分体の自分に尋ねてみる。焼肉かな? 中華やフレンチとか? 三大珍味なんてのもあるな。さてどう来る?


「俺が欲しいのはそこの女だ」


 …………はあ!?


「いや、バヨネッタさんは食べ物じゃないけど?」


「そうじゃねえよ! バヨネッタを自分の女にするって事だよ! お前だって心の底ではこの女に欲情していたんだろう? 自分のものにしたいと思っていたんだろう?」


 んな!? 何を言っているんだこいつは!? そんな、そんな……、


「ハルアキ、サイテー」


 欲情の部分を切り取らないでくださいバヨネッタさん。健全な高校生だから、魅力的な女性には少なからず思うところがあるのです。


「でもおかしな事を口にするわね?」


「何だと?」


「あなた、今さっき私を殺そうとしたじゃない?」


 確かにそうだ。自分のものにしたいとか言って、殺そうとするなんて、矛盾しているぞ! それとも何か? 殺したい程愛しているとか言う、ヤンデレ的なあれか?


「はっ! 俺は俺が一番可愛いんだよ! 俺の欲望が満たされるのならばなんだってする! バヨネッタ、お前だってそうだろう?」


「…………そうね」


「ああそうだ。欲望に忠実なお前だからこそ、俺の欲望を理解出来るはずだ。お前の一番の理解者となれるのは俺だけだ、バヨネッタ! そしてお前の欲望を満たしてやれるのも俺だけだ! お前が望むなら、世界中の財宝をお前の前に持ってこよう! お前が望むなら、俺が魔王を打倒しよう! 俺のものになれ! バヨネッタ!」


 何これ? 俺は何を見せられているの? 何で俺の分体は生まれて一分かそこらでバヨネッタさんに告白しているの? マジ何これ?


「それを、俺が許すと思っているのか?」


 俺は何を口にしているの?


「何だと?」


 ドキドキしている。全身が熱い。心臓が破裂しそうだ。恥ずかしくてここから逃げ出したい。それなのに口から自然とこんな言葉を発していた。


「バヨネッタさんの横に立つのは、俺だ!」

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