第328話 対分体(前編)

「バヨネッタさんの横に立つのは、俺だ!」


 はっ! 俺は何を言っているんだ!?


「いや、ちょっと待って! これは男女の仲とかそう言う事ではなくて、あくまでも従僕としてと言うか、主従の関係としてと言うか……」


「男なら今さっき口から出た言葉を撤回するなよ。大体主従の関係なら横に立たないだろ」


「そこはそれくらい立派な人間になりたいって話だよ! お前だって俺なら分かるだろ? 自分がまだバヨネッタさんの横に立てる程の実力を有していない事を!」


「はっ! またそうやって結果の先延ばしか? お前の言う立派な人間ってのにはいつなれるんだ? 五年か? 十年か? その間バヨネッタに無為な時間を過ごさせるのか? お前の知っているバヨネッタは、そんな退屈な時間に満足するような人間なのか?」


 ぐっ、さっきから分体のくせに正論ばかり口にしやがって。ちらりと分体の後ろのバヨネッタさんの方を見ても、横を向いていて表情が分からないし、


「じゃあどうしろって言うんだよ!?」


「はっ! 男が女を待たせるなよ。俺が幸せにしてやる。惚れた女に男が言うべき事はそれだけだ。後はそれを実行すれば良いんだよ」


 ぐううう。俺より格好良い。こいつ本当に俺の分体か? 何が、俺が幸せにしてやる。だよ。一年しか持たない身体のくせに。いや、だからこそその言葉が心に響くのか。俺の保身まみれの声とは違う。こいつの本心の声が響く。俺は、俺は、俺は、


「俺は!!」


 自分を奮い立たせるように全力で声を張り上げる。


「俺はガキだ! 恋慕の情なんて分からない! バヨネッタさんへのこの想いが恋愛なのか敬愛なのか、自分じゃ判断出来ないくらいガキだ! お前みたいに幸せにしてやるなんて、言い切れる自信も実力もない! でもなあ! 俺よ! 俺より弱いやつに、偉そうな事口にされて、はいそうですかとあの人の横を明け渡す程、俺は物分かりの良い大人じゃないんだよ!」


 言って俺はアニンを二本の黒い斧へと変化させて、両手に力強く握った。


「はっ! ガキの遠吠え、しかも内容は駄々っ子。それが通用する世の中じゃない事くらい、お前自身が嫌と言う程味わってきたんじゃないのか?」


「これは誰でもない、俺自身への決意表明だ。俺が決めて、それをやり抜く。そうだろ?」


「…………そうだな。男がやると決めたなら、そいつは尊重してやらなければならない。が! その目的がぶつかるなら、叩き潰すだけだ!」


 吠えた分体は両手を前に突き出してみせる。するとその手に黒いガバメントが出現した。流石に『空間庫』のスキルは持っていても、その中身まではコピー出来ていないはず。となると、自身の体内の化神族で生成したのか。


「はは! 今の俺の化神族は、能力が百パーセントまで引き上げられているからな! こんな事、お手の物なのさ!」


 マジか!? アニン出来るか?


『ハルアキが正確にあの銃を想像出来るのならな』


 くっ! この戦闘中にそんな繊細な想像している余地なんてないぞ!?


『一度創造に成功すれば、次からは我が必要に応じて作り出す事も可能だ』


 それでも、この戦いでは無理な事は分かった。


『来るぞ、ハルアキ!』


 アニンの声にとっさに右へ横っ飛びすると、俺がさっきまでいた空間を、銃弾が通り過ぎていく。


「今度はとっさに反応出来たじゃないか」


 分体が兜に覆い隠された顔から、面白いものを見下すような目をしながら、また両手のガバメントをこちらへ向けてきた。


 ダダダダダダダダダ…………!!


 俺は『時間操作』タイプBで直ぐ様その場から後退していくが、銃弾は尽きる事なくどこまでも俺を追ってくる。改造ガバメントである事は百も承知だったが、『空間庫』に繋がった弾帯は見当たらない。と言う事はバヨネッタさん同様に常に銃弾を生成し続けているのか。あれで魔力は持つのか?


『人体に五つある坩堝が全て開いているのだろう。魔力量だけで今のハルアキの五倍はあると覚悟しておけ』


 無理ゲーだなあ。


『なあに。向こうがそれを出来るのなら、こちらに出来ない道理はない。ウイルスと言う奴が我から取り除かれた今ならば、我がハルアキの坩堝を全て開いてみせよう』


 いつにも増して頼もしいな! 任せるぞアニン! と、その前に!


 ギギギギギギンッ!!


 分体から撃ち込まれる銃弾が、『闇命の鎧』によって弾き返される。


「ほう。やっと全身鎧にその身を変えたか」


 これ以上は弾き返されるだけと判断したのか、分体はガバメントを消して、両手で持つような巨大な棍棒を出現させた。鎧相手なら破壊力の高い武器。剣よりも斧。そして刃物よりも鈍器か。まあ、重量的に扱い辛そうだけどな。


「はあ!」


 そして分体は俺と同じく『時間操作』タイプBでもって加速して俺に迫ってきた。振り上げられた棍棒が、黒い軌跡を描いて一瞬で俺を襲ってくるのを、両手の斧を交差させてなんとか防ぐ。


「はあ!」


 だが分体にとって俺の防御なんてどうでも良い事なのだろう。やつは上下左右斜めと、俺が必死に防御するのを嘲笑うように、強力な膂力でもってこれを無理矢理引き剥がしにかかっていた。


 その力任せに振り回される棍棒に、こちらの両手の方がしびれてきて、段々と防御のタイミングが遅れていく。そして、


 ガィン…………ッ!


 左手の斧が弾き飛ばされた隙を狙って、やつの棍棒が俺の左脇腹にヒットした。その衝撃は容易く『闇命の鎧』を通り抜け、肋骨と背骨の折れる嫌な音とともに、俺は百メートル程吹き飛ばされた。


「死ね!」


『回復』で直ぐ様骨がくっつくとはいえ、立ち上がるのに間が必要だったオレに向かって、分体は棍棒を巨大な投擲槍へと変化させ、『時間操作』タイプBで超加速させて投げてきた。瞬きなんてするはずないのに、槍は既に俺の顔面の前まで迫ってきていた。


 瞬間、俺の体内で魔力が膨れ上がるのを感じ、『時間操作』の効果が強化されて、槍の動きが少しゆっくりになった。俺は直ぐ様首をひねってこの槍を避ける。


 直後に俺の後ろで爆発音が轟き、振り返れば真っ白な空間が黒く焦げていた。恐ろしや。あんなの食らっていたら、俺の身体が爆発四散しているよ。


『待たせたか?』


 ギリギリだったよ。そうアニンに心の中で文句を垂れながら、ひょいと跳ねるように立ち上がる。身体が軽い。力が全身に漲っている。


『全ての坩堝は開いた。これで条件は互角のはずだ』


 なら、ここから反撃開始だな!

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