第54話 清く正しく強欲に

 俺は『聖結界』を解除して冒険者たちに話し掛けようとして、一瞬止まった。俺が渡したポーションで回復したらしい彼らの耳が長かったからだ。


「アルーヴ……?」


「だったら何だって言うんだ!」


 どうやら俺は、彼らの柔らかい部分に触れてしまったらしく、アルーヴの冒険者たちの警戒心が強くなってしまった。その為、無言のまま見詰め合う事に。


「あれ? あんたら、アロッパ海を船で渡ってなかったか?」


 良く見ると、彼らは船に乗船した時に見掛けた、アルーヴたちだと気付いた。


「だからどうした?」


 確かにそうだ。


「あんたら五人じゃなかったか? 今、四人しかいないけど?」


 彼らの顔が曇る。現状彼らは男性二人に女性二人だ。船で見掛けた時、男性がもう一人いたはずだ。


 しかし俺は更にセンシティブな部分に突っ込んでしまったらしく、四人が俺から顔を背けた。


「もう一人は置いてきてしまったの」


 アルーヴの女性の一人が、美しい顔を歪ませて声を振り絞る。


「私たちの目算が甘かったのよ。魔熊は一頭だけだと決め付けていた。村人たちからの目撃情報も一頭だったし。だから山奥に追い詰めて殺したの。でも、そいつ一頭だけじゃなかった。そいつは子熊で、親熊がいたのよ」


 成程、村人たちの目撃情報にあったのは子熊で、そいつをこのアルーヴの冒険者たちが殺してしまった為に、あの親熊の怒りを買って逃げ出す自体になってしまったのか。


「その途中に仲間を一人失った、と?」


 首肯する女性アルーヴ。う〜ん、これは助けに行った方が良いんだろうなあ。出来るならアルーヴの冒険者たちには道案内を頼みたいけど、肉体は回復したみたいだけど、精神は未だ疲弊したまんまって感じだしなあ。


「分かりました。じゃあ俺がひとっ走りしてお仲間さんを探してくるので、皆さんはここで待っていてください」


「なっ? そこまでさせられないわ。もう日も暮れるし、捜索は明日にするべきよ。それにきっともう……」


 死んでいるかも知れない、か。そうかも知れないが、ここは魔物や野生動物の跋扈ばっこする山だ。一晩でも放っておけば、襲われて死体を食い散らかされている可能性もある。出来るなら綺麗な状態で仲間の元にお返しした方が良いんじゃなかろうか?


「やっぱり俺、捜しに行ってきますよ」


 俺が四人の制止を振り切り、もう一人のアルーヴの捜索に向かおうとしたところで、


「その必要はないわよ」


 と空から声が降ってきた。見上げればバヨネッタさんだ。更に影が二つある。どうやらバヨネッタさんの風魔法で浮かんでいるらしい。それらとともにバヨネッタさんがゆっくり降下してくる。


 二つの影。一つは魔熊。俺が倒した魔熊よりも小さいが、三メートルはある。恐らくこいつが子熊だろう。成程、成獣と見紛う大きさだ。


 もう一つの影は人型だ。耳が長く冒険者の格好をしていた。


「サレイジ!」


 あの女性アルーヴが、声を上げてその人影に駆け寄った。その後に続く三人の仲間たち。


「う、ぐ、ここ、は?」


 どうやら仲間の男性アルーヴは生きていたようだ。ただ、男性アルーヴが着ている革鎧がビリビリに破れているので、相当な怪我を負っていたのが窺い知れる。男性自体には傷が見受けられないので、バヨネッタさんがポーションで回復させたのだろう。


「ありがとう……。ありがとうございました……!」


 と四人は地面に額をこすりつける程にバヨネッタさんに感謝している。なんだろう。俺の時と態度違くない? まあ、「アルーヴだ」って不用意に口にして、警戒させたのが悪かったんだろうけど。



 その後、一悶着あった。五人が俺たちに自分たちが仕留めた魔熊を譲ると言ってきたからだ。


 何でも魔熊は皮や爪、肉や骨に内臓に至るまで、捨てる部分がほぼないと言う。村人たちからも、魔熊を狩れたら死骸は持ち帰ってきてくれ、高く買い取るから。と言われていたらしい。


 冒険者が冒険者業を続けるには、何かとお金が必要だ。しかし仲間の命はもっと大切だ。なので男性アルーヴや他のアルーヴたちに使われたポーション代などの救命代金として、アルーヴの冒険者たちは魔熊を差し出すと言ってきた。


 それを断るバヨネッタさん。別にお金に困ってやった訳じゃない。ただの魔女の気まぐれだ。との言い分だ。それに魔熊なら俺が倒した大きい方があるから、小さい方はそっちで処分しろ。とバヨネッタさんはアルーヴの冒険者たちの申し入れを跳ね除けた。


 うん。そんな困ったような視線を俺に向けられても、こっちも困る。


「もう日も暮れちゃいましたし、その話し合い村に戻ってからにしません?」


 俺の提案は一同に受け入れられ、とりあえず子熊はアルーヴたちが自らの『空間庫』に仕舞い、親熊は俺の『空間庫』に仕舞って、アルーヴたちは徒歩で、俺たちは飛んで村まで帰って行ったのだった。



 その日はそれでお開きとなり、翌日、二頭の魔熊をどうするか、村長ら村人も集まり、広場で話し合いとなった。


 と言うのも、村には二頭の魔熊を買い取れる程の経済力がなかったからだ。冒険者ギルドに依頼を出し、一頭の魔熊を買い取るだけで村の資金は底をついた。それも子熊の方。親熊は大き過ぎて買い取れないとの話になった。これくらい大きな魔物は、それなりに大きな町で売り捌くものらしい。


 とは言ってもなあ。どでんと村の広場に置かれた親熊は、デカくて邪魔である。俺の『空間庫』はそれ程大きいものじゃない。入らなくはないが限界はある。


 とりあえず俺は村人たちに親熊の解体を頼み、親熊をバラバラにして貰った。毛皮や爪、骨、魔石などの素材類は残して貰い、肉は解体料として村人たちに振る舞った。それでも三分の一程残ったが。内臓系も持っていって貰おうとしたが、これらは薬の材料として高く売れる。と断られた。まあ、『空間庫』なら腐る事もないか。


 アルーヴの冒険者たちは子熊を早々に金に変え、それを俺たちに渡そうとしてきたが、バヨネッタさんが完全拒否。なので俺に渡そうとしてきたが、バヨネッタさんが見ている手前、俺も断らざるえなかった。


「まあまあ、ここは彼らの気持ちを汲んで、ポーション代だけでも貰いましょうよ」


 とのオルさんの大人の対応で、バヨネッタさんは渋々承諾。ポーション代に少し上乗せした代金をバヨネッタさんに払った事で、アルーヴの冒険者たちも溜飲が下がったような、スッキリした顔になっていた。


「親熊の方どうします?」


「ハルアキが処分しなさい」


「俺たちの共有財産にしなくて良いんですか?」


 俺の言に三人は「いらない」と拒否。俺が倒したのだから、俺が勝手に売り払って良いのだそうだ。まあ、それならいただいておこう。俺はアルーヴたちやオルさんたちと違って強欲だからな。

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