第627話 同類

「ハルアキ宰相閣下、ご入場されます」


 議場の衛士が、慇懃いんぎんな振る舞いで扉を開ける。中にいたのはバヨネッタ天魔国の九つの領地を治める九人の王と、彼ら彼女らにさぶらう九人の宰相たち。そしてそんな彼らが着席する円卓から、一歩引いた場所にある黄金の玉座に座るバヨネッタさん。そんなバヨネッタさんの後ろに控えるカッテナさんとアネカネだ。


「来たわね」


 つまらない会議に辟易していたバヨネッタさんが、肘掛けに頬杖を突きながら、俺へ半眼を向けてくる。


「ははは。そう睨まないでくださいよ。こっちはこっちで色々やっていたんですから」


 言いながら、バヨネッタさんの横にある、バヨネッタさんが座っているのと同様の黄金の玉座に座り、ダイザーロくんが俺の後ろに立つ。


「皆様も、途中参加で申し訳ありません」


 俺が陳謝するのは、議場にブアッと浮かび上がるビジョンに映る異世界各国の重鎮たちだ。オルドランド帝国のジョンポチ帝にマスタック侯爵。エルルランド公国のマリジール公、デイヤ公、ウサ公の三公。パジャン天国のラシンシャ天。モーハルドのストーノ教皇。ジャガラガの君主オームロウ。魔女島のジンジン婆様。他にも各国のお歴々が、映像ながら揃い踏みだ。その中にはオルバーニュ財団総裁のオルさんの姿もある。


『そんなに気にするな。向こうの世界の馬鹿どもに、制裁を与えていたのだろう?』


 ラシンシャ天が軽口で場を和ませてくれる。


『ハルアキは悪くない。そんなコウモリどもは、罰を受けて当然だよ』


 ジョンポチ帝もフォローしてくれる。パジャン天国とオルドランド帝国と言う二大強国のトップから庇われては、他の国も文句を言い辛いのだろう。ただ見守るだけだ。


「しかし、元々戦力としては期待していなかったとは言え、これで向こうの世界からの正式な助力は、日本国からだけとなってしまいました」


『全くなあ。それでも向こうとしてはこちらとの縁を完全には切りたくないのか、いくつかの国がコンタクトを取ってきているがな』


 ラシンシャ天は呆れた口調でそう述べる。まあ、地球各国も、全てがメイソンロッジズの言いなりな訳じゃないもんなあ。特にクリーンエネルギーの観点から考えると、魔石はとても魅力的だ。地球の温暖化問題は既にのっぴきならないところまで来ており、2070年には35億人が気温の上昇で現在の場所に住めなくなる。なんて論文もあるくらいだ。


 魔石によるエネルギー問題の解決に、スキルや魔法による温暖化の解決は、国単位ではなく、地球単位で解決に当たるべき急務である。その為、天賦の塔があるにせよ、魔石が継続的に入手出来ないのは、地球に生きる者として大問題である。


「まあ、元日本人として日本の味方をした結果、向こうの世界を大混乱に落とし入れてしまったのは、戦争を前に悪手だったかも知れません。まさか、あの連中が、あれ程地球に根を張っていたとは思わなかったもので」


『いやいや。彼らは早目に切り捨てられるべきだったよ。戦争が始まってから、うみの存在が発覚しては、勝てる戦争も勝てなくなってしまうからね』


 エルルランドの三公の一人、若きマリジール公が擁護してくれた。


『こちらも、各国で魔物たちが入り込んでいないか、信用ある者たちに探らせているところだ』


 オルドランドのマスタック侯爵の言に、各国の首脳たちが首肯する。もちろんバヨネッタ天魔国の首脳陣もそうだ。ありがたいな。これで俺たちは地下界を踏破するのに時間を充てられる。


「そうは言っても、今回の騒動で戦力が一気に半減した事実は変わらないわ。ハルアキ、どうにかしなさい」


 バヨネッタさん。無茶振りはやめてください。


「どうにかしろ。と言われましても。向こうの世界の混乱は戦争までに鎮静化するものじゃないですから」


「タカシの『魅了』で従順化させれば良くない?」


「それ、俺も考えましたけど、一国の君主が、世界会議で発言しちゃ駄目なやつですから」


 俺とバヨネッタさんのやり取りに、各国首脳もから笑いだ。冗談として受け流してくれるのはありがたい。


「向こうの勇者は確保出来たのよね? なら魔王への切り札が二枚に増えた。と考えて良いんじゃないの?」


 アネカネがそんな事を口にする。


「確保した。って言うか、居場所が分かった。って段階だよ。ちょっと扱いが難しくて、勇者を味方に引き込むより先に、地下界の魔石採掘場を確保するのを優先したい感じだね」


「それ、勇者が逃げて、またどこにいるのか分からなくならないの?」


 疑問に思ったらしいバヨネッタさんが聞き返してきた。


「なりません。……多分」


「多分?」


「その勇者は、とある特殊な天賦の塔に拘禁されているようで、その勇者は、どうやらその塔から脱出するスキルを持っていないようなんです。なので、こちらがその塔の扉を開けない限り、勇者はその場に留まる他ないと言う事です」


「拘禁って……、勇者よね?」


 何で勇者を拘禁するのか分からず、バヨネッタさんが首を傾げる。バヨネッタさんに、地球の勇者の事を話していないのか。とアネカネを見遣れば、目を逸らしおった。はあ。


「何と言いますか、勇者として生まれたとして、その者が必ずしも善の者とは限らない。と言う事です」


「はっきりしないわね」


 半眼でこちらを睨むバヨネッタさん。う〜ん。確かに、ここで地球の勇者の事を詳らかにしておくのは悪くないか。


「向こうの世界の勇者なのですが、連続殺人犯シリアルキラーであり、稀代の快楽殺人鬼なんです」


 これに息を呑む各国首脳。


「まあ、向こうの世界では、命は軽くないと言うものね。こちらの世界であれば、賞金稼ぎの冒険者や傭兵、リットーのような遍歴騎士として名を馳せていたかも知れないわね」


 バヨネッタさんは動じなかった。


「いやいや、どちらかと言うと、あの吸血鬼ウルドゥラと同類と考えた方が良いかと」


 そう俺が補足すると、眉間にシワを寄せて、嫌な事を思い出させるな。と言いたげになるバヨネッタさんだった。

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