第628話 驚愕

「地球人と言うのは、何とも度し難い生き物ね」


「誰も彼もが、そのようなイカれた人間な訳じゃありませんからね」


 バヨネッタさんの言に反論したら、呆れたような半眼でこちらを見詰めながら溜息を吐かれた。解せぬ。


「戦力の増強と言うなら、バヨネッタ様が父に頼んだあれですけど……」


「ああ、あれね。武装に関してオルに人員を手配するように指示してあるわ」


 うん。それは聞いているんだけど、


「人員云々以前に、宮殿をロボットに変形させると言う前提が伝わっていなかったんですけど」


『宮殿をロボットに!?』


 俺が今話した事に、オルさんも驚いている。完全にバヨネッタさんの意図が伝わっていない。


『へえ、ロボットを造るの? 良いなあ』


 ジョンポチ帝が子供らしい事を言っている。


『ロボットってのは何だ?』


 分からない代表として、ラシンシャ天が俺に尋ねてきた。


「う〜ん。ロボットは狭義では自律式の機械で、自動で動く自走車とか、自走船とか、バヨネッタ様のイメージだとゴーレムが近いですかね。ただし、バヨネッタ様の場合、ご自身で動かす事を前提にしているので、狭義から外れ、物語などで運用されているロボットに該当しますけど」


『つまり、宮殿サイズのゴーレムを造るつもりなのか?』


 オームロウ陛下が、首を捻りながら更に尋ねてくる。


「いえ、平時は宮殿の形をしていて、戦時となれば人型の形をとる。そんな巨大魔導兵器を造ろうとしている訳です」


『何とも壮大な話ねえ』


 エルルランドの女公爵であるデイヤ公が、事の大きさに呆れている。


「あら、あれが完成すれば、次の戦争で大きな戦功を立てられるでしょう?」


「…………はあ。やっぱり次の戦争までに建造させるつもりだったんですね」


「当然でしょう? 建材は十二分に提供出来るのだから、設計が完了し次第、すぐに建造に取り掛かって貰うわ」


 当たり前のように断言しないで欲しい。


「その建材なんですけど、魔法科学研究所の立花女史に問い合わせたところ、バヨネッタ様の金剛金では、変形宮殿ロボに使用するには、強度が足りないとの事でした」


「…………うそ?」


「本当です」


 バヨネッタさんが世界会議中だと言うのに、肘掛けにしなだれ掛かる。


「まあ、それに関しては別の素材なら建造可能との話でしたが」


「別の素材…………。そんなのどうやって用意すれば…………っ! ハルアキがスキルで用意すれば良いのよ!」


 凄い事を提案してくるなあ。確かに俺が持つ『クリエイションノート』なら、多分生成する事は可能だろうけど。


「馬鹿な話はよしてください。金剛金を超える素材ですよ? 生成するのにどれだけの魔力を消費するか」


「そこはマナポーションをがぶ飲みしてどうにかしなさい」


 悪魔かな? いや、天使から使徒認定された天魔だったな。


『マナポーションだって!?』


 そんな俺たちの会話に割り込んできたのは、マスタック侯爵、いや、その場のビジョンに映る各国首脳たち全てだった。物凄くそわそわしているのが分かる。


『ハルアキ宰相、マナポーションをがぶ飲みとはどう言う事かな?』


 あれ? この話は既に各国で共有されていなかったのか? と俺がオルさんの方を見遣ると、オルさんが頷き返してくれた。


『その話は僕の方から』


 そうオルさんが声を上げれば、先程まで俺に向けられていた熱が静まり返る議場。


『先日、地下界へ続くダンジョンより帰還なされたバヨネッタ様から、マナポーションの現物と、それに必要になる素材を提供されました。マナポーションに必要な素材とは、ハイポーションとマンドラゴラと言う植物です』


『マンドラゴラ? それはいったいどのような植物なんだい?』


 尋ねる魔女島のジンジン婆様。


『見た目は根菜なのですが、その根の部分が人型をしており、引き抜くと叫声を上げ、それを聞くと死ぬ。と言うとんでもない植物です』


『死ぬ……』


 ジョンポチ帝が、いや、全員絶句している。


「まあ、そこら辺は問題ないかと。サンドボックス内で育て、引き抜く時にも、先程話したロボットに引き抜かせれば、死者も出ません」


 と俺の説明に皆がホッとしていた。


『はい。魔法科学研究所でもそのように栽培していますね。皆様へのご報告が遅れた理由ですが、バヨネッタ様から提供されたうち、半分を栽培へ、半分をマナポーション生成へ振り分け、マナポーション生成へ振り分けた分は、これまでのところ、どれもマナポーションへ変異する事が確認されております。ですので、残る半分、栽培に回したマンドラゴラが、生長してちゃんとマナポーションに生成出来るようになったところで、皆様にお伝えしようとしていた次第です』


「現段階だと数が少な過ぎて、各国で取り合いになるから、ですね?」


 俺の発言に頷くオルさん。


「分かったわ。つまり、夢の宮殿ロボは、まさしく夢に消えたのね」


 どうやらバヨネッタさんの中では宮殿ロボの方が優先度が高かったのか、意気消沈している。まあ、バヨネッタさんは魔力回復速度早いから、自分で建材を賄えれば、どうにかなると皮算用していたのだろう。


「いえいえ。確かにその素材を素材のままスキルで生成しようとすると、魔力消費がとんでもない事になりますけど、その一つを生成出来るようになれば、あとは合成する事でどうにかなるかと」


「『合成』ねえ」


 きっと今、バヨネッタさんの頭の中に思い描いているのは、魔王軍六魔将の一人、ロコモコが使う『合成』だろう。あれに良い思い出はないだろうからなあ。


「まあ、『変成』と言い換えても良いですけど」


「ふ〜〜〜〜〜〜ん。つまり、ハルアキが持っているスキルに、新たにその素材生成スキルを加えれば、どうにかなるかと?」


「いえ、俺の力だけではなく、バヨネッタさんの生み出す金剛金も必要なんですけど」


「ああ、そうね。私の金剛金よりも強度のある合金を生み出すなら、金剛金も必要よね」


「はい。あと魔石も必要だそうです」


「結局、地下界を攻略しなくちゃ駄目じゃない」


 結局投げ槍になるバヨネッタさん。そこへオルさんが話し掛けてきた。


『いや、それでも二人だけでは駄目だね』


「そうなんですか?」


 俺の問い掛けに頷くオルさん。


『立花女史がハルアキ宰相に提示した合金って、エクスカリバーだろう?』


「エクスカリバーッ!?」


 これにバヨネッタさんだけでなく、議場の者たちも、ビジョンの向こうのお歴々も、マナポーションの時同様、目が飛び出る程驚いている。


『エクスカリバーの製造方法が分かったのか!?』


 ラシンシャ天にしては珍しく、興奮と動揺が抑えられないように尋ねてくる。


『はい。素材として、炭素、金、白金、魔石、そしてヒーラー体を有する聖属性物質です。ハルアキくんの場合、『清塩』がそれに当たります』


「『清塩』じゃなくても良いんですか?」


『いや、色々試してみた結果、『清塩』が今のところ最上だったから、『清塩』が使えるならその方が良いね。ヒーラー体がある聖属性物質は、元素数が少ない方が良いんだよ』


 塩は塩素とナトリウムの二つだからなあ。なら水は? 水素と酸素だけ……どうやって合金にするんだよ。まだ塩の方が可能性あるな。


「魔石を聖属性に変えても駄目なんですか?」


『試してみたけど、魔石は聖属性にはなっても、ヒーラー体は宿らないんだ』


「炭素に聖属性はどうですか? ダイヤモンドとか?」


『炭素と金と白金だけだと、柔らかい金属になってしまうんだ』


 なら駄目か。結局のところ、専門家が色々試して、これが良い。となった結果なのだから、専門外の俺が横から口出ししても、馬鹿を晒すだけだな。


「それで、バヨネッタ様と私だけでは駄目な理由は?」


『エクスカリバーは、とてつもなく硬いんだ』


「…………はあ?」


『つまりね、一度その形に生成してしまうと、欠けないしこぼれないし曲がらない。どれだけ高温で熱しようと何ら変化しない。生成された形を保ったまま、永久にその姿から変化しないんだ』


「あ〜、つまり、初手で直方体とか作って、後で色んなパーツにしようと思っても、その直方体からどうやっても壊せない訳ですね?」


『…………うん』


 やっちゃったなあ、オルさん。

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