第107話 砂糖の都からの出立
七月も二十日を過ぎ、夏休みに突入した。晴れているのでベフメ家の庭でリットーさんの訓練を受けていると、アルーヴ五人組がやって来た。
「すいません、ここ私有地なんで、無断で入り込まれても、ファン対応とか出来ないんですよ」
とリットーさんをかばう形で俺が立つと、
「あ、そうなんですね。知りませんでした。すぐに退出するので、握手! 握手だけでも出来ませんか?」
とムムドが食い下がる。
「何を二人して馬鹿やっているのよ」
レイシャさんが冷静にツッコんできた。
「俺たちはちゃんと門衛の許可を貰って入って来たんだぞ」
と普通の事を言うサレイジ。それはそうだろう。でなければ門衛が仕事をしていない事になる。もしくは門以外から不法侵入したかだ。
「それで? 何しに来たんだ?」
「船が確保出来た」
俺の問いにサレイジが答えた。
「え!? 確保出来たの!?」
「なんでそんなに驚くんだよ?」
とムムドが食ってかかる。
「いや、一生船が確保出来ない呪いにでも罹ってるんじゃないかと思っていたから」
「どんな呪いだよ? 局所的過ぎるだろ」
レイシャさんのツッコミも中々だったが、ムムドのツッコミも冴えているな。などと馬鹿な事を考えながら、俺はリットーさんにこの場から離れる無礼を詫び、五人を連れてバヨネッタさんの部屋へ向かった。
「へえ、これが俺たちの乗る船かあ」
その後、船の下見に堤防の桟橋までやって来ると、全長二十五メートル、幅八メートル程の船が停泊していた。
「押さえるの大変だったんですよ」
と五人はバヨネッタさんとオルさんにペコペコしていた。俺への対応と大違いなのだが?
「ねえ?」
「なんだよ?」
俺の呼び掛けにムムドがぶっきらぼうに返事をする。
「この船、帆がないんだけど?」
船自体は立派なものだが、帆がなければ動かない。それともガレー船のようにオールで漕ぐのだろうか?
「当たり前だろ、自走船なんだから」
だが、帰ってきた答えは当たり前ではなかった。
「これが自走船……!」
初めて見るな。アロッパ海で海賊が使っていたようだが、俺はブンマオ病で臥せっていたから、見てないんだよねえ。
「自走船って、自走車よりも普及しているものなんですか?」
オルさんにぼそりと聞いてみる。
「そうだね。自走車よりも普及しているんじゃないかな。仕組みもスクリューを回転させるだけだから」
成程。地球だと蒸気船も蒸気自動車もそう時期はズレていないみたいだけど、こっちの魔道具を使用したであろうシステムだと、そうなのかもなあ。
「乗組員は五人です。船長!」
ムムドが船長に声を掛けると、何故か頭にターバンを巻き、サングラスを掛けた色黒の男が近付いてきた。う〜ん、海の男っぽい。ここ川だけど。まあ、胡散臭いとも言える。
「ああ、そちらさんが今回、我が『麗しのジョコーナ号』に乗船したいってお客さんかい? 船長のマークンだ」
と握手を求めてくるマークン船長。バヨネッタさん、オルさん、アンリさん、俺と握手をして、何故か俺だけ肩を叩かれた。なんで?
「首都まで行きたいんだってな? 任せておきな」
サムズアップで見得を切るマークン船長。うん、海の男っぽい。そして胡散臭い。
「大丈夫なんですか? 川の水量多いですけど?」
ちらりと俺が見るのは吸血神殿へと続く水路だ。水路は未だにドバドバと水が流れ込んでいた。
「はっはっはっ。心配性だな坊主。だが心配するのも分かる。首都はまだ雨季が終わっていないからな」
と俺の肩をバシバシ叩くマークン船長。
「そうなんですか?」
「ああ。ここより上流の首都ではまだ雨季が続いているから、下流のここら辺も水量が多いんだ」
そう聞くと余計に心配になってくるな。
「だから俺たちはまず、中間地点にあるラガーに向かう」
「ラガーに?」
確かラガー焼きとか言う焼き物の街だ。
「ああ。ラガーで様子見をして、水量が落ち着いてきた頃に首都に向かうのさ。皆そうしている」
とマークン船長が手をバアと川に向けると、既にピルスナー川では大小何十隻もの船が往来し始めていた。成程。ベフメルからラガーを中継して首都に向かう。と言うのはとても一般的であるらしい。
「分かりました。では、道中よろしくお願いします」
「おう。任せておきな! 自分の家だと思って寛いでてくれればそれで良いぜ!」
とマークン船長はまたも俺の肩をバンバン叩いてくるのだった。
それから二日後。
「道中お気をつけて」
ベフメ伯爵にジェイリスくん、ドイさんら、ベフメ家の方々が、わざわざ堤防の桟橋まで見送りに来てくれた。リットーさんがいないのは、あの人が不義理な人間な訳ではなく、前日にウルドゥラの情報が手に入ったとかで、俺たちよりも早くゼストルスに跨がって飛んでいったからだ。
「ハルアキ、君との決着は着いていないと私は思っている。次こそケリをつけよう!」
やっぱりジェイリスくんは心根が熱いやつである。
「そうだね」
と俺はジェイリスくんとがっしり握手を交わした。それでも、ジェイリスくんやベフメ伯爵たちとまた会えるのは、いつの事になるのか。もしかしたら今日が最後かも知れない。そう思うとなんだか心の内側がしんみりしてくるのを感じていた。
それは向こうも同じらしく、握手や、あいさつを交わす時間は自然と長くなっていく。
俺はあまり情に厚い人間とは言えないので、卒業式などで、何故皆あんなに長々と別れを惜しんでいるのか不思議だったが、ここにきてそれが少しだけ分かった気がした。
そうやってゆっくりじっくり別れの儀式を済ませた俺たちは、船に乗り込み、ベフメ伯爵たちが手を振る桟橋から、一路ラガーに向けて出立したのだった。
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