第106話 ウナギは美味い?
職人通りの解体屋に顔を出したら、女主人に「もう来ないかと思った」と言われた。
いやいや、来るよ。解体やらその後の売却とか任せていたの、忘れていないからね。ただ、雨季と重なって億劫だっただけです。すみません。
解体屋で売却したお金と巨大角ウサギの魔石を受け取る。おかしい。俺が受け取った金額は日本円にして三桁万円いっているのに、ちっとも心が弾まない。少し前にあんなとんでもない額を手に入れてしまったからだろう。
でもこのくらいの金額が大事。このくらいが俺には合っている。…………いやいや、高校生が持つには大金過ぎるだろ三桁万円。ヤバい。金銭感覚が狂い始めてきている。ありがたいのはこの世界ではカード払いが普通で、そのカードは日本で使えないと言う事だろう。
これでこっちのカードが日本で使えるようになったら、いよいよもって俺の金銭感覚が崩壊する。…………はあ。とりあえず街の外で魔物とでも戦って、頭冷やしてこよう。
「なんじゃこりゃあ!?」
北大門の外は、とんでもない事になっていた。辺り一面が赤オレンジ色のお花畑になっていたのだ。
「なんだ坊主。ロロセラの花を見るのは始めてか?」
俺が北大門で立ち尽くしていると、門衛の兵士が声を掛けてきた。
「ロロセラ、って言うんですか?」
「ああ。雨季の後に七日間だけ咲く花でな。これを見るとここいらのやつらは、雨季が明けたんだなあ。と実感する花だよ。領主様もこの花が大好きでな、あの赤オレンジ色のドレスも、この花で染めているんだぜ」
そうか。なんか見た事のある赤オレンジ色だと思ったら、ベフメ伯爵が良く着ているドレスの色をしているんだ。
「それで? 坊主は魔物狩りかい?」
「え? ええ」
「そうか。ベベロンには気を付けろよ」
そう言って兵士は俺を送り出してくれた。なんだ? ベベロンって?
「うげえ。足元ぐっちゃぐちゃだ」
北大門から一歩進んだだけで、足がぬかるみに沈む。足首どころかスネまで沈む。靴の中は既にズブズブだ。どおりで他に人影を見ない訳だ。
「おお、もう帰りたい」
『おいおい、門はまだ目と鼻の先だそ?』
引き返そうとしたら、アニンに引き止められた。
「ふっ。ずいぶん久しぶりに話したと思ったら、それかい?」
『久しぶりとはなんだ? 毎日話していただろう?』
「そうでしたっけ?」
『全てをなかったかのようにするでない』
「はっはっはー」
などとアニンと会話を楽しみながら、俺は真っ直ぐ進んでいく。
北大門から五百メートル程離れたくらいだろうか? 空で鳥が回っている。ああ、ヌーサンス島でも見たなあ、あんなの。
そして降下してくる鳥に合わせて、俺はアニンを黒槍に変化させ、伸長させて貫く。見事一撃で仕留めたものの、落ちた先まで進んでいくのが大変だ。
ぬちゃ、ぬちゃ、と音をさせながら、落とした鳥までやって来る。体長が二メートル程ある、茶色い身体に黄色の翼を持つ、変わった配色の鳥だった。
「こいつがベベロンなのか?」
『分からぬ。我もこの辺の動植物には明るくないからな』
じゃあしょうがない。とりあえず俺はこの鳥を『空間庫』に仕舞って先に進もうとした。と次の瞬間、
ビリビリビリビリ……!!
身体を電流が突き抜け、バタッと前のめりに倒れてしまう。
なんとか地面にぶつかる寸前に、顔を横に背けて息は確保したが、身体が感電して動けない。なんだ? 何が起こったんだ?
と頭の中がパニックになっていると、地面の中から何かがにゅるにゅるっと這い出てきた。その何かと目が合った。第一印象は平べったい大きなウナギかナマズである。土の中にいたのだから、ドジョウだろうか?
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。この平らウナギはジャリジャリの歯を持つ口を開きながら、今にも俺を頭から食い千切ろうとしていた。
(ヤバいヤバいヤバい! 動け動け動け!)
そう念じる事しか出来ない俺に向かって、平らウナギはジリジリ近寄ってきて、その口が俺の頭を飲み込もうとしたところで、ビクンッと俺の身体が動き出した。スキルの『回復』で身体機能が回復したのだ。
俺は直ぐ様上半身を起こすと、大口を開けている平らウナギの頭を、黒剣に変化させたアニンで突き刺した。
ビリビリビリビリ……!!
またも電流が身体を流れるが、きっちり仕留めているので俺は自身の回復を待つだけだ。
「はあ。こいつがベベロンかな?」
『恐らくな。門衛が気を付けろと言っていた意味が分かるな』
確かにな。この電撃はヤバい。レベルが低かったら即死している威力だ。雨季前には見掛けなかったから、雨季になって出てきたんだろうなあ。しかし泥の中に隠れられては、手探りで地雷を探せと言われているようなものだ。どうしたものかな。
『何を頭を悩ませている。ハルアキはこう言う時の為に、共感覚を身に付けたのではなかったのか?』
…………そうでした。良し。共感覚で探り探り進もう。
共感覚と言うのは、覚えてみればとても便利なものだった。まるでサーモグラフィのように地中の様子が良く分かるので、どこにベベロンがいるのか一目瞭然で、ベベロンから不意打ちで電撃を食らう事はなくなった。ただしこちらが攻撃する時にも電撃を放ってくるので、毎度毎度痺れるので大変だったが。
遠距離で魔法を使えれば良かったのだろうが、相手は地中である。炎も氷も届かないし、土や氷で覆っても電撃で壊され、こちらの電撃は相殺されてしまうのだ。弓や銃があっても意味をなさなそうで、低レベルからしたら、地中を這う死神のようだと思った。
なんだかんだ二十匹程仕留めて終わりにした。理由はレベルが上がったと感じたからだ。明らかに身体の動きが違い、物の見え方が違っていた。まるで自分が別人になったかのようで、その感覚の違いに慣れず、逆に車酔いのようになってパフォーマンスが落ちたのでやめた。
後々リットーさんに聞くと、俺がプレイヤースキルを限界まで上げていた為に、レベルアップ時のステータス上昇が凄かったからだろう。と言われた。身体を動かしていれば数日で慣れる。との事で、またリットーさんに訓練をさせられる羽目になってしまったが。
ベベロンはドイさんに凄く喜ばれた。この時期のご馳走であるそうだが、やはり狩るのは大変らしく、伯爵家とは言え中々食卓に上らないレベルだそうだ。
体長三メートル程のベベロンが二十匹。全部伯爵家に納めた。その日の夕食にベベロンが出てきたが、ムニエルって感じの料理だった。味はさっぱりめのウナギっぽい。泥臭さはなかった。ウナギだと思うと醤油が欲しくなるが、そんなの出したら飯テロだよなあ。と思い、心の中に留めておいた。ムニエルでも美味しいしね。
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