第195話 髪

 流石は国選探求者にだけ門戸が開かれた迷宮である。罠だらけの魔物だらけだ。


 通路を通過すると罠は自動で発動する仕組みみたいで、刃物が飛んでくるのは基本中の基本。上からは天井による押し潰し、下は鋭い槍の生えた落とし穴、と古典的な罠があるかと思えば、四方八方から風雷炎氷の魔法が雨あられと襲い掛かってくる。更には毒ガスやら空間歪曲やら、とにかくヤバい罠だらけで、ゼストルスに乗っての高速移動によるアドバンテージがなければ、先に進むのは困難だっただろう。


 俺はバンジョーさんの無敵装甲を盾に、ゼストルスの機動力でもってガンガン先に進んでいく。


「次、上から氷の槍が降ってきます!」


「右から炎! その次に左から刃物です!」


「次の通路、毒ガスが噴出されます! 息を止めて!」


 などの俺の機先を制する勘の良さも手伝って、俺たちは立ち止まる事なく先に進んでいけた。



 そんな飛竜が飛行可能な程に大きなデレダ迷宮に巣食うのは、数多の魔物たちだ。


 巨大な猿が、壁や天井を飛び回り殴り掛かってくる。四本腕の鎧武者が、その刀を振るう。中国のキョンシーを思わせるゾンビが、機敏な動きで攻撃してくる。何故いるのか不思議な、恐竜までもが襲い掛かってきた。


 俺たちは罠を掻い潜りながら、エンカウントする魔物たちを倒して先に進まなければならなかった。


「何でこの大陸にはいないはずの魔物まで出てくるんだ!?」


 俺の盾バンジョーさんが文句を言っていたが、ここは迷宮だ。そう言う事もあるだろう。ただ俺にも不思議だったのは、魔物たち自体も罠に掛かる事が度々見受けられた事だ。それは罠がある事に戸惑っているように俺には見えた。


 そして恐竜さえも見劣りしてしまう程に、この迷宮で厄介だったのは、大きな球体だった。


「ってあれ、アルマジロかよ!?」


 通路を塞ぐ程に大きな丸まったアルマジロが、凄い勢いでこちらへ転がってくる。避けようにも避けられる隙間はない。改造ガバメントの銃弾も弾き返されてしまう。


「バンジョーさん! ゼストルス!」


 俺の言いたい事は分かっている。とバンジョーさんはパイルバンカーを巨大アルマジロに突き立て、ゼストルスが炎を吐き出す。こんがり肉の焼ける匂いがして、停止する巨大アルマジロ。が、問題なのはそこじゃない。アルマジロが転がった事で、罠が俺たちが通り抜けるより先に起動する事だ。このアルマジロは他の魔物たちと違って罠を巧みに利用してくる。


「右! 上! 下! 下! 左! 下! 上! 一旦停止! 急加速! 上昇! 左旋回! からの下降! からの一旦停止!」


 自分たちが今、迷宮のどこにいるのか分からなくなりながらも、俺たちはバヨネッタさんとリットーさんが残してくれた痕跡を頼りに、突き進んでいった。



 進んでいく程に段々と罠は少なくなり、その代わり魔物の死体が増えていく。その死体に刻まれた痕跡から、バヨネッタさんとリットーさんがやった事だと分かった。罠も二人が作動させたから減っているのだろう。どうやら二人はウルドゥラだけでなく、この大量の魔物たちも相手にしているようだ。その事に内心でホッとしている。二人は生きている。


「ハルアキ!」


「分かっています! このまま突っ走りますよ!」


 俺の言葉に応えるように、ゼストルスが速度を上げる。



「あの突き当たりの大部屋で戦闘が行われています!」


 俺の言葉にゼストルスが加速する。俺たちが体育館三個分はありそうなその空間に突入すると、そこではバヨネッタさんとリットーさんが、大量の魔物たちに囲まれながら戦っていた。ウルドゥラはいない。けれど気配はこの部屋に充満していた。


「バヨネッタさん! リットーさん!」


「あら? 意外と早かったわね」


 バヨネッタさんが両手に金と銀の装飾銃リボルバーを持ちながら、華麗にバヨネットに舞を踊らせている。


「おう! もう来たのか!? もっとゆっくりしていても良かったのだぞ!?」


 リットーさんの螺旋槍の一撃で、魔物たちが吹き飛んでいく。二人ともまだ冗談で返せるくらい余裕があったが、顔の強張りは隠せていない。ここまで、ギリギリの戦いだったのだろう。


「最速で助けに来たんですから、褒めて欲しいくらい……」


 そこまで口にして、俺は閉口してしまった。バヨネッタさんの変わりように、だ。バヨネッタさんのあの長く美しい金髪が、首の辺りでバッサリ切られてしまっていた。そしてマリジール公の言葉が頭を過る。我々は八つ裂きにされたと。胸が痛む。傲慢ながら、何故その場にいてあげられなかったのかと、後悔に奥歯を噛み締める。


「バヨネッタさん……」


「なあに?」


 バヨネッタさんはいつもと変わらぬ返事をしながら、絶えず銃を撃ちまくっていた。


「ショートカット似合いませんね」


「でしょう? こんな髪型にしてくれた理髪師を、今からとっちめてやるつもりよ」


 ニカッと笑ってみせてくれたバヨネッタさんに、胸が締め付けられた。そして怒りがふつふつと沸いてくるのが分かった。その次の瞬間だ。


 ギィンッ!!


 俺の背後に現れたウルドゥラの鋭い一撃を、俺は黒い刃を腕から生やして止めていた。


「ウルドゥラあッ!!」

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