第196話 対吸血鬼(前編)
「おやあ?」
俺の首を刎ねた確信があったのだろう。ウルドゥラは、俺が奴の腕から生えた黒い大鎌を、同じように腕から生やした黒剣で受け止めた事に驚いていた。いや、俺も驚いているけどね。
「なんで俺の腕から剣が生えているんだ!?」
『我と深く繋がった事で坩堝のフタが開いた事。それと全合一の成果だろう』
とアニンはあっさり語る。確かに、全合一でアニンとの繋がりはなめらかになった。その影響はあるだろう。それとは別にウルドゥラも腕から大鎌生やしている。これは化神族と自ら同化したからなのかも知れない。
腕の黒剣でウルドゥラの大鎌を受け止めながら奴を睨み返すが、それを嘲笑うように眼前のウルドゥラが、空気に溶ける霧のように消えた。
(斜め下から斬り上げてくる!)
その確信とともに俺は
「おやおやあ?」
驚きとともに不思議がる奴の、その微かな動揺を見逃さず、ゼストルスがウルドゥラに噛み付くが、やはりウルドゥラは霧のように消えたかと思ったら、一瞬にして部屋の端へと移動していた。どうなっているんだ? ウルドゥラのスキルは『認識阻害』だけじゃないのか?
「世界に対して認識阻害を行っているのだから、距離だって有って無いようなものなのよ」
戸惑う俺に、近場の魔物を撃ちながら、バヨネッタさんが声を掛けてくれた。成程、『認識阻害』を距離に対して使用する事で、瞬間移動を可能にしているのか。
「え? こわ? この空間のどこからでも攻撃可能じゃないですか」
俺のこの言葉に、一番反応したのはウルドゥラだった。
「ああそうだ。そのはずだ。なのに何故攻撃を防げる?」
そう言いながらウルドゥラは一瞬にして距離を詰め、俺の喉元に大鎌を突き付けようとしたが、俺は素早く腕に黒剣を生やしてガードする。すぐに反撃しようとするが、ウルドゥラは既に部屋の端にいた。
「この空間は俺の支配下にある!」
そう言ってウルドゥラが消えたかと思うと、部屋中に溢れていた魔物たちが悲鳴を上げていく。ウルドゥラに斬られ、血飛沫を撒き散らし、断末魔の声を上げているのだ。そして斬られるのは魔物だけではなかった。
「くっ」
リットーさんが鎧ごと斬られ、バヨネッタさんの頬に切り傷が付けられる。あの野郎!
俺はバヨネッタさんの鮮血を見た瞬間、動き出していた。ゼストルスから飛び降り、『時間操作』タイプBで加速して魔物たちを掻い潜り、ウルドゥラが『認識阻害』を解いて、姿が現れた瞬間、拳とともに黒い波動を奴に叩き込んでいた。
「ぐふっ!?」
どうやら俺の拳でも、姿を現したウルドゥラには有効であるらしい。
「馬鹿な!?」
そうほざいて姿をかき消すウルドゥラ。そして姿を消したまま、声だけが部屋に響く。
「竜騎士にだって、魔女にだって、俺の攻撃は届くのだ。例え貴様が俺と同じ化神族と同化した存在だったとして、貴様に攻撃が当たらない道理がない。ましてや俺に攻撃を当てるなど、無理なはずなのだ!」
言われてみればそうかも知れない。俺が今やっているのは、『野生の勘』を超える何かなのかも知れない。が、当たる理由なんてこの際どうでもいい。このままウルドゥラへ攻撃を続けて……。
そこで最終的に至る未来を想像して、俺は吐きそうになった。俺は今、ウルドゥラを殺そうと考えたのか?
その動揺をウルドゥラは見逃さなかった。
ドスッ。
後ろから腹を貫かれる感覚。振り返るとウルドゥラがニタリと笑っていた。
「ハルアキ!」
バヨネッタさんの俺を呼ぶ声が部屋に響く。
「ケヒヒヒヒヒヒ。なあ〜んだ、当たるじゃないか」
そう言ってウルドゥラは俺の腹に刺さった大鎌を抜くと、倒れる俺を横目に、その大鎌に付いた俺の血を舐め上げる。相変わらずだな吸血鬼め!
俺は完全に倒れ切る前に、床に手を着いて身体を受け止めると、ウルドゥラの足元に回し蹴りをお見舞いしてやる。
すっ転ぶウルドゥラ。そこに向かって更に肘鉄をドーン! と食らわせてやろうとしたのに、またもウルドゥラは霧となって消えてしまった。くうっ、肘を床に打ち付けてジーンとする。
「おいおい、どうなっているんだ? 背骨ごと腹を貫いたんだ。蹴りなんて出せる訳がない」
部屋に響き渡るウルドゥラの声。存在こそ認識出来ないが、奴の粘着質な殺気混じりの視線は感じる。
「ほう。腹の傷がもう塞がろうとしている。成程、『超回復』か」
ウルドゥラはそう語るが、俺のはただの『回復』だ。まあ、アニンと深く繋がった事で、その回復力は上がっているが。
「俺も大概化け物になった自覚はあるが、貴様もやはり同類だな」
やめて欲しい。俺はこれでも人間のつもりだ。自ら人間をやめたお前と同じにしないで欲しい。
などと見えないウルドゥラと腹の探り合いをしていると、
「ハルアキ!」
「ハルアキ! 『聖結界』よ!」
とリットーさんとバヨネッタさんの声。俺は訳が分からないまま『聖結界』を発動させた。
直後、大部屋が火炎に燃やし尽くされた。ゼストルスによる竜の火炎だ。しかも特大の範囲系攻撃だ。大部屋全体が渦となって燃え広がり、そこにいた者に逃げ場はない。魔物たちは燃え上がり、もがき苦しみながら息絶えていった。
火炎はさほど長い間燃えてはいなかった。要は燃焼なのだから、酸素がなくなれば燃え尽きるのだ。大部屋を燃やし尽くす程の大火炎である。酸素が消えるのも一瞬だった。その後部屋の入口から空気が流入してきて、多少燃えカスとなった魔物たちから火が上がっていたが。
俺は『聖結界』で大丈夫だったし、バヨネッタさんにも結界がある。リットーさんはゼストルスの騎士だ、問題なかろう。問題があるとすればバンジョーさんだが、あの無敵装甲で無酸素状態に対応出来るのだろうか?
ぐるりと部屋を見回す。すると魔物でいっぱいだった大部屋の全貌が、ゼストルスの火炎で鮮明になった。結界内のバヨネッタさんに、ゼストルスに乗るリットーさんにバンジョーさん。その向こう、大部屋の奥の壁に大渦が見える。恐らくはあれが『魔の湧泉』と言うやつで、あそこから魔物が湧いてきていたのだろう。が今はそんな事よりバンジョーさんだ。
「ぷはー! ぜえ、ぜえ、ぜえ……」
どうやら息を止めていたっぽい。それでどうにかなるんだから、やはり無敵装甲は凄い。それともゼストルスに乗っていたからどうにかなったのか?
大部屋ごと燃やし尽くしたんだ、これで『認識阻害』で部屋に溶け込んだウルドゥラも……、
ギィンッ!
『聖結界』さえも透過して、俺の首目掛けて大鎌を振るうウルドゥラ。俺は腕の黒剣でそれを受け止める。
「チッ、この程度じゃやられないか」
バヨネッタさんが舌打ちしていた。まあ、あわよくばだったのだろうけど。
「よし。プランAは失敗。このままプランBに移行するわよ」
そう言ってバヨネッタさんは結界を解除して、こちらへ向かって駆けてくる。いや、そんな無防備にこっちへ向かってきたら、
ギィンッ!
ウルドゥラの凶刃からバヨネッタさんを守る。
「何やっているんですか! 死にたいんですか!?」
「あら、守ってくれたじゃない」
自信を内包する微笑をたたえ、バヨネッタさんは口にする。
「プランBはあなたに懸かっているんだから、頼りにしているわよ、ハルアキ!」
言って両手に金と銀の
ギィンッ!
俺が何かを言おうとする隙間に、ウルドゥラがバヨネッタさんへ攻撃を仕掛けてくる。それを受け止める俺。
ダァンッ!
その瞬間に、バヨネッタさんのピースメーカーが火を吹き、ウルドゥラの左肩を貫く。
「当たるわね。やっぱり攻撃の瞬間は『認識阻害』が解かれるみたいね」
してやったり。と口角を上げるバヨネッタさんに対して、目を血走らせるウルドゥラがいた。
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