第387話 対宗主(四)

「ハルアキくん」


 背後から肩に手を置かれ、声を掛けられた。


「何でしょう?」


 と恐る恐る視線を背後に向けると、俺は驚愕で動きを止めてしまう。正直サルサルさんの笑顔が怖かったと言うのもあるが、元々若々しかったサルサルさんが、更に若返っていたからだ。


「私にも塩飴貰えるかしら?」


 笑顔のままのサルサルさんに、俺は手を震わせながら塩飴を差し出す。しかし視線はその顔から逸らす事が出来ずにいた。


「あら、いやだわ。そんなに見詰めちゃって、ティティが嫉妬しちゃう」


「は、はあ」


 こんな時にジョーク飛ばされても受け止めきれない。


「この若返りは『活性』によるものよ。大丈夫。あなたにも今『活性』を付与したから、さっきよりも更に動けるようになっているはずよ」


 成程。『活性』にはこんな使い方もあったのか。言われて手をグーパーしてみれば、確かに己の中に強い力を感じる。


「さあ、あのボケ老人をとっちめてやりましょう」


 塩飴を飲み下したサルサルの視線が、ジゲン仙者に向けられる。その瞳には強烈な怒気と敵意が溢れていた。


「私もそれなりに長く生きてきたから、大概の事は飲み込んで生きてきたわ。ティティが島を出ていった時も、涙を堪えて送り出したものよ。でもねえ、我慢出来ない事ってあるものなのよ。例えば、家族を傷付けられた時とか、ね」


 俺の全身が総毛立つとともに、サルサルさん自身が骨に包まれていく。まるで骨の鎧をその身にまとったようだ。


 骨の鎧をまとったサルサルさんは、様々なバフを付与された俺を置いてきぼりにする程の速さで、ジゲン仙者の横に付けると、左フックをその脇腹に叩き込んだ。


「ぐお……!?」


 思わず脇腹を押さえてくの字に折れ曲がるジゲン仙者。更なる猛攻を予期して全身から毒霧を噴出させるが、サルサルさんはそんなものお構いなしに右回し蹴りをジゲン仙者の顔面にヒットさせる。吹き飛ぶジゲン仙者。


「つよ……!」


 普通に感想が漏れてしまった。これじゃあただの観戦者だ。だが見惚れる程にサルサルさんは強かった。個の力を強化したジゲン仙者に対して、個の力で圧倒している。『活性』の力だけじゃないな。あの骨の鎧、恐らく外骨格バトルスーツだ。そこにも『活性』を付与して、ダブルで自分を強化している。


 その証拠にサルサルさんには、チラチラとこちらに視線を送る余裕まである。


『いや、あれは、ハルアキも手を貸せ。と言う事だと思うぞ』


 ですよねえ〜。アニンに言われてはハッとした俺は、両手を前方に向ける。それに呼応するように砂地を埋め尽くす白塩が、ジゲン仙者目掛けて暴れ始めた。


 ジゲン仙者を切り刻み、その動きを封じ、そこにサルサルさんの重い一撃一撃が追い打ちを掛ける。


「くっ、餓鬼どもがあッッ!!」


 吠えるジゲン仙者の身体が紫に変色していく。余裕がなくなった証左だな。ジゲン仙者も背水の陣と言う事か。まさか二つ目のコレサレの首飾りはないだろう。


 そして辺りに吹き荒れる赤い毒霧。それでも止まらないサルサルさんの攻撃。赤い濃霧の中で両者が殴り合っているのが、全合一で感じられる。その毒霧を少しでも無毒化させる為に白塩を中空に散布し、その中で複数の黒槍を展開させた。


 赤と白のマーブル模様の中で展開されるサルサルさんとジゲン仙者のド突き合いは、いくらサルサルさんが塩飴で毒に対抗しているとは言え、流石に形勢がジゲン仙者優勢に傾き始めていた。


 サルサルさんが一発入れる間に、ジゲン仙者が二発、三発と、入れる攻撃回数が増えていく。これ以上はヤバいな。と判断した俺は、サルサルさんに向かってアニンの黒い手を伸ばし、俺自身がマーブル模様の毒霧へと突入しながら、サルサルさんと場所を交代する。


「今度は小僧か!」


 近場で見たジゲン仙者は、目が充血し、身体中の血管から噴血していた。


「あんたもそろそろお終いだな」


「ふざけるな小僧! 俺はまだまだやれる!」


 言って振り下ろされるジゲン仙者の拳は、確かに強烈だが、今の俺ならば避けられる程度のものだった。だがどうする? この毒霧の中で普通に動けるのは俺だけだ。だが俺たちがこの『絶結界』の中から出るには、パジャンさんが直接ジゲン仙者に触れる必要がある。しかしこのままではパジャンさんがジゲン仙者に触れる前にジゲン仙者が死に至る。何か方法はないか?


「どこを見ている!」


 どうすれば良いか、と周囲に視線を巡られた隙に、ジゲン仙者の強烈な拳の一撃を食らってしまい、地面に叩き付けられた。巻き上がる白塩。それに混じって銃器も立ち昇っていた。小太郎くんと百香の『空間庫』の中にあった武器か。


(……ッ!)


 それを見た瞬間、俺の中で点と点が線で結ばれた。そんな事はお構いなしに俺に覆い被さるようにマウントを取ったジゲン仙者は、左右の強烈なパンチを俺に打ち込んでくる。


「はははははははははッ!!」


 白塩の盾でなんとか防ぐものの、その上からでもジゲン仙者の攻撃は重く響いてくる。腕にヒビが走り、鼻は潰され、今にも意識がどこかに飛んでいきそうだ。だがジゲン仙者が俺への攻撃に夢中になっている今が好機だ。


 俺はジゲン仙者に気付かれないように砂地に接地している背中からアニンの黒い手を細く伸ばしていき、辺りに散らばる武器の一つ一つを手に取るや、ジゲン仙者の背中から攻撃した。無数の銃撃に剣撃。


「ぐふむ!?」


 吐血するジゲン仙者。その一瞬動きが止まった隙に、俺はジゲン仙者の下から抜け出した。


「待て! 小僧!」


 ジゲン仙者の腹には刀が突き刺さったままだ。


「はっ! 今更こんなもので勝ったつもりか?」


 俺を見遣り毒を吐くジゲン仙者。俺は知らず知らずに、ジゲン仙者に向けて口角を上げていたらしい。だが、


「ああ。俺たちの勝ちだ」


 俺の勝利宣言に顔をしかめたジゲン仙者は、その突き刺さった刀を抜き取ろうと手を伸ばしたが、まるで電流でも流し込まれたかのようにビクンと跳ねた。


「これは……ッ! 小僧!」


 叫ぶジゲン仙者は見る見る内にしわがれた老人へと戻っていく。まるでその刀に精気を吸い取られていくかの如く。そしてそれはある意味事実だった。何故なら、ジゲン仙者に今突き刺さっているのは、小太郎くんの遺した村正だからだ。


 血に飢え血を吸収する妖刀村正は、正にジゲン仙者の天敵だったらしく、ジゲン仙者はその場から一歩も動けずに、カラカラに干乾びていった。

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