第388話 対宗主(五)

「ぐふっ」


 自分に深く突き刺さる村正を掴みながら、吐血するジゲン仙者。干乾びた身体は力を失い両膝を突く。そして村正を掴んでいた手からも力が抜け、ダランと両手が砂地に落ちた。


 ふう。ここまでだろう。と心の中で一息吐くが、この男がしぶとく執念深いのは学習済みだ。何が起こってもすぐに対処出来るように、ジゲン仙者から目を離す事だけは怠らない。


「ここ……までか……」


 血を吐きながらもその口角を上げるジゲン仙者。何かする気だ! と俺たちは武器を構える。


「ふぁっふぁっふぁっ! せめて貴様らの今後を台無しにしてから死んでやろう!」


 言って紫だったジゲン仙者の肌が、黒へと変色していく。自殺か!


「止めなさいハルアキくん! こいつ、『毒血』を使って自身の血族諸共自害する気よ!」


 サルサルさんの言葉に青ざめる。そんな事になれば、現在『絶結界』の外で活動しているマリーチの裔が小太郎くんたちのように死に、その毒が周囲に撒き散らされて二次災害が広がる! そんな事はさせまい。と俺はジゲン仙者を白塩で巻き締めようとするが、はたしてそれでジゲン仙者の自殺を止められるものなのか?


「大丈夫! 僕に任せて!」


 逡巡する俺に後ろから声を掛けてきたのは、パジャンさんだった。俺が振り返ろうとした次の瞬間、俺たちの周りを囲うように水晶の柱がいくつも屹立する。


 何だ!? と感想を抱く間もなく、ジゲン仙者を後ろから羽交い締めにする子供。誰!? と子供に視線を向ければ、それはパジャンさんがガイツクールで作り出した童子、ドーヤ太子だった。


 パンッ!


 後方、パジャンさんの位置から柏手の音が聞こえたかと思うと、周囲の水晶柱が輝き出し、砂地を光線の魔法陣が走る。


「これは……!? スキルもギフトも発動しない!?」


 動揺が隠せないジゲン仙者の言葉に次いで、地面が鳴動を始めた。『絶結界』が崩れ始めたと直感が告げる。


「パジャンさん!?」


 振り返る俺に、首肯で返すパジャンさん。


「水晶封印。私が自分の身を使って魔王を封印した、私の取っておきの一つよ」


 パジャンさんの言葉に反応するように、ジゲン仙者は水晶に包まれていく。必死に藻掻き逃げようとするジゲン仙者だったが、弱体化した今のジゲン仙者では、ドーヤ太子の羽交い締めを振り解く事は叶わず、その必死の形相のまま手を伸ばしたジゲン仙者は、水晶の中に閉じ込められてしまった。


「ふう。ギリギリだったね」


 額の汗を拭うパジャンさんだが、ガイツクールのフルフェイスヘルメットを被っているから、意味ないと思う。


「これで外にいるこいつの一族も毒死する事はないよ」


「外の連中が毒死を免れても、俺たちがこの『絶結界』の中で死にそうなんだけど?」


 武田さんの言葉に皆が同意する。ジゲン仙者を封印してスキルを使えないようにするって事は、『絶結界』が崩壊する事を意味するのだ。そうなれば中にいる俺たちがどうなるか分からない。


「大丈夫だよ。これだけ巨大だと、崩壊にも時間が掛かるだろうから、今の内にさっさとジゲン仙者のスキルを奪ってしまおう」


「出来るんですか?」


 ジゲン仙者は現在水晶柱に閉じ込められている。直接触る事は出来ないが?


「大丈夫だよ。僕の作り出した水晶だよ? ほら、水晶越しでもゼランの『集配』による魔力供給は出来ていただろう?」


 そう言えば、トホウ山の聖域の地下で、パジャンさんはゼラン仙者の魔力供給で生き長らえていたんだっけ。まあ、それが出来たのもパジャンさん自身のスキルが『水晶』だからだろう。他の人では出来ない事は容易に想像がつく。


 などと思考を巡らせている間に、地鳴りは大きくなってくる。


「パジャンさん!」


 と俺が声を掛けるまでもなく、パジャンさんは既にジゲン仙者が封じられた水晶柱に手に掛けていた。そして何かが光る玉となってジゲン仙者からパジャンさんに移動していく。


「良し! これでジゲン仙者のスキルは僕のものになったよ」


 パジャンさんが水晶柱から離した手を握ると、同時に『絶結界』の揺れが収まる。ふう。


「そんな技があるなら、もっと早くに使って欲しかったんですけど」


 俺の言葉にゼラン仙者以外の皆が同意する。ゼラン仙者は自身に寄り掛かるパジャンさんの背中に手を当てていた。


「言ったろう? 取っておきだって。この水晶封印は僕の魔力の大半を消耗しないといけない上に、用意に時間が掛かるんだ。ここぞ! と言う場面でしか使えないのさ」


 ゼラン仙者を支えに語るパジャンさん。きっと現在もゼラン仙者から魔力供給を受けているのだろう。なら、


「さっさと『絶結界』から出ましょう。バヨネッタさんや高橋首相、自衛隊員さんたちを病院に運びたいですし。武田さん」


「大丈夫だ。首相と自衛隊員たちはここに転移させた」


 流石は仕事が早い。これで外に待機しているだろう自衛隊員と連絡取れれば、と意識が外に向いた瞬間、ジゲン仙者が封じられた水晶柱が横目に入った。


「あの水晶はこのままにするんですか?」


 武田さんが『絶結界』の外に顔を覗かせて、外の自衛隊員たちとやり取りしている間に、パジャンさんに声を掛ける。


「いや、もう壊して大丈夫だよ」


 そうですか。ではどうしたものか。このまま封印か、それともいっそ壊すか、話を聞けるようにして貰って、魔王軍の情報を聞き出そうか。などと黙考している時間はなかった。


「お姉ちゃんをよろしくね」


 とアネカネが俺にバヨネッタさんを渡すや否や、アネカネはあの龍を『空間庫』から召喚し直し、サルサルさんが拳を構える。あ〜〜、ね。


 ジゲン仙者は水晶柱諸共粉々に砕け散った。

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