第125話 馬車内にて

 軍駐屯地に馬車で向かっていた。


「陛下」


「何だ? ソダルよ」


「そのお姿はあまりにも帝に相応しくありません」


 駐屯地へ向かう馬車の中で、俺の横のジョンポチ陛下は、まるで電車に乗る子供のように、膝立ちで外を眺めていた。それを陛下のお付きであるソダル翁が注意している。ソダル翁は背が小さいが身体がガッシリしたご老体だ。


 背が小さくガッシリした身体と言うとドワーフを思い出すが、ソダル翁はそれに似たドワヴと言う魔人の一種族だそうだ。


「お嬢様も、そのような格好、淑女として相応しくありませんよ」


 陛下の隣りで、陛下と同じように膝立ちで外を眺めるディアンチュー嬢。ディアンチュー嬢も、お付きの侍女に注意されていた。


 何故この二人が駐屯地行きに同行しているのかと言えば、俺にも分からない。丁度駐屯地に出掛けようとした時に、二人と侯爵邸内でばったり会い、「どこに行くのか?」と尋ねられ、「駐屯地です」と答えると、「余も行く」とおっしゃられたので、こんな事態になっているのだ。


「おお! あの馬も強壮そうだ!」


「あら、あの女性の服、素敵だわ」


 しかし二人はどこ吹く風とばかりに、馬車の窓から見える、車窓を流れる景色に魅了されていた。


「すみませんな、ハルアキ殿」


 とソダル翁。何でも普段は窓にカーテンを掛けて、外を見えないようにして移動しているのだそうだ。陛下クラスとなると、暗殺の機会を狙う暗殺者などが片手に収まらない程おり、日々命を狙われているそうで、窓は開けないのだそうだ。


 今日たまたま窓を開けたのは俺である。六頭立ての豪奢な帝室専用の馬車に、息が詰まると思い、少しカーテンを開いたら、ジョンポチ陛下とディアンチュー嬢に食い付かれてしまったのだ。


「こちらこそすみません。帝室の習わしとか決め事に疎いもので」


「なに、気にせんでくだされ。馬車に結界を三重に張ってある故、カーテンを開けられたくらいで何ら問題はござらん」


「なに!? そうなのか!? いつも余がカーテンに触ると、開けてはならぬと怒るではないか」


 と陛下はソダル翁を振り返って文句を飛ばした。


「それはそうでしょう。何度も言いますが、今の陛下は帝として相応しいお姿をしておりません。ハルアキ殿の目がなければ、おしりペンペンのところですぞ」


 ソダル翁にそう言われ、サッとお尻を隠そうとするジョンポチ陛下。何というか、普段の姿が垣間見える。って言うか、こっちにもおしりペンペンってあるんだな。


「お嬢様も、帰ったらくすぐりの刑ですからね」


 とディアンチュー嬢も侍女に釘を刺され、脇腹を押さえる。


「まあまあ。私は気にしませんから。ジョンポチ陛下もディアンチュー嬢も、好きに外を眺めていてください」


「おお! やっぱりハルアキは優しいな」


 はは。まあ、嫌われていないようで良かった。このままサリィを去るまで、首が胴体と繋がったままだと良いなあ。


「ふふっ、あの馬も良いなあ」


 とジョンポチ陛下は先程から馬にばかり目が向いていた。


「……馬好きなんだ」


 俺がぼそりと呟いた言葉を、陛下は耳聡く聞き逃さなかった。


「うむ、大好きなのだ! 馬は良い。一日中でも見ていられる。乗るのも楽しいしな!」


 どうやら本当に大好きなようで、そこからずーっと陛下の馬語りが続く。


「ハルアキはどうだ? 馬は好きか?」


 と話を振られるが、さて、どう返すのが正解なのだろうか? ソダル翁を見ても侍女さんを見ても、答えを教えてはくれない。


「これまでの生活で、馬に触れ合ってこなかったので、なんともお答え出来ませんね」


 俺の答えをどう受け取ったのか、ジョンポチ陛下は首を傾げた。


「ハルアキは旅人であろう? このサリィに来るまで徒歩だったのか? それとも船か?」


「確かにサリィまではビール川を遡上してきましたけど、それまでは馬車でした」


「では馬に触れておるではないか」


「いえ、我々の馬車は、ラバに牽かせたものでしたから」


 と俺が口にすると、ジョンポチ陛下の目がこれ以上ないくらい見開いた。


「ラバ! 知っているぞ! ロバと馬の交雑種であろう?」


「ええ、はい」


「まさかハルアキが、ラバと旅をしてきていたとは思わなんだ! ラバはあれかのう? 可愛いのかのう?」


「ええ、まあ。馬よりは可愛い部類に入るんじゃないですかねえ? 体躯も馬より小さいですし」


「うむ、そうか。そうであろうのう」


 なんだろうか? チラチラこちらを上目遣いで見てくるんだけど? 何か催促しているんだよねえ?


「えっと、今、侯爵邸にいますから、触ってみます?」


「おお! 良いのか? 触っても? 咬まれやせんかのう?」


 ああ! そうだ! もしテヤンかジールが陛下を咬みでもしたら、それこそ俺の首が飛ぶじゃないか! だからって陛下の前で一度口にした事を翻せないし。馬鹿やっちまったあ! 


 俺の後悔など知ってか知らずか、ジョンポチ陛下は、


「では、すぐに引き返すか!」


 と言い出す始末。ノリノリである。頭の中ではラバに触る自分を想像しているのだろう。これまでになく相好が崩れている。


「それは無理でございます。すぐに駐屯地に着きますから」


「なんと! どうにかならんのかソダルよ?」


「先触れも出してありますから、今更なかった事にするのも、帝室の沽券を損なわせます」


「ふむう。では仕方ないのう」


「はは。そうですよ陛下。駐屯地だったら、ラバなんかよりも何倍も大きな竜だっていますよ」


 今はどうやってもテヤンとジールから陛下を引き離したい。そして何か手立てを考える時間を俺にください。


「余は竜は好かぬのだ」


 とジョンポチ陛下は幼い顔を渋面に変える。


「え? 竜嫌いなんですか?」


「うむ」


 馬鹿な!? 男の子なら誰もが大好きなあの竜だぞ!? 馬よりも竜だろ!?


「陛下は鱗のある生き物を好まぬのだ。魚も食さぬ程だ」


 とソダル翁。そうだったのかあ。竜なんて鱗がある存在第一位だもんなあ。そりゃあ渋い顔にもなるよ。


「あのてらてらしている質感がどうにものう」


「まあ、良いんじゃないですか。人間、嫌いなものの百や二百あるものですよ」


「そうかのう?」


 陛下からの同意を求める視線に、俺は全力で首を縦に振るっていた。


「なら良いが」


 陛下は俺の答えに満足したのか、また窓の外の馬を眺め始めるのだった。はあ。首の皮一枚繋がりました。



 軍駐屯地とは、軍が平時に駐在する軍事基地の事である。この首都サリィには逆さ亀外縁の北東、南東、南西、北西に四つの駐屯地がある。それぞれの駐屯地に五百人規模の大隊が六つ、駐在しているそうだ。つまり二個連隊、または一個旅団で一駐屯地と言う事だ。


 大隊と言っても、魔法やスキルのある異世界である。単一兵科での大隊ではない。様々な兵科による混成大隊だ。大隊ごとに得意不得意もあったりするらしい。


 そんな駐屯地の一つ、サリィ北東駐屯地に俺たちはやって来た。馬車を降りると、綺麗に整列した騎士や軍人たちが、陛下のお出迎えをしている。陛下と同じ馬車に乗っていた俺は、それを眼前で見る事になり、壮観と言う感想とともに自分が場違いな場所にいる事に、胃が痛くなって仕方なかった。


 横を見ると、何故か一緒になって付いてきたバンジョーさんが固まっていた。バンジョーさん、馬車内で空気消すの上手かったなあ。

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