第124話 質疑応答
「よろしくお願いします」
翌日、俺はマスタック侯爵家の客室で質疑応答をする事に。相手はマスタック侯爵家お抱えだと言う女性研究者だ。黄緑色の髪の美人だが、目の下の隈がそれを台無しにしていた。
原因究明と言う事で、どこかの研究室で行うのかと思っていたが、そうではないらしい。思えばオルさんも研究室を持っている訳ではないからなあ。こちらの研究者とは、そう言うものなのかも知れない。
他数名の研究者にオルさん、そして何故か見物気分で一緒にいるバンジョーさんが見守る中、まずは鑑定で色々調べられる。
「名前はハルアキ・クドウ。レベルは三十一。スキルは『超空間転移』『回復』『聖結界』『空間庫』そして『時間操作』。強力なスキルが揃っていますね」
と女性研究者。へえ、転移門って正式には『超空間転移』って言うのか。まあ、転移門は俺が勝手に付けた名前だしな。『超空間転移』だけ聞いても、異世界転移のスキルとは分からないな。
「この『時間操作』と言うスキルが、今回イレギュラーに獲得したスキルですね」
「はい」
俺との質疑応答を用紙に書いていく研究者たち。
「今回のように教会、または神殿以外でスキルを獲得したのは初めてですか?」
「『空間庫』はクーヨンでスキル屋から買いました」
更に言えば『超空間転移』は天使に授けられたスキルだけど。ややこしくなるから黙っておく。
「今までにスキル獲得の為に神に祈った事はありますか?」
「ありません」
「特定の神を信仰していますか?」
「いいえ」
「違うのですか?」
驚かれた。対面の女性研究者だけでなく、他の研究者たちもざわついている。
「何か、それが問題なんですか?」
俺は心に不安がよぎって尋ねた。
「いえ、我々があなたとこの質疑応答をする前に立てていた推論の一つでは、あなたの日頃からの神への祈りを、神が聞き届けた結果、今回のスキル獲得に至ったと言うものでしたので」
ああ、成程ね。
「それはないと思います。俺以上に熱心に神に祈りを捧げている人は、世の中にいくらでも溢れているでしょうし」
俺がそれを否定するが、眼前の女性研究者は首を横に振るう。
「それは分かりません。祈りの内容にもよりますから。毎日熱心に祈っていても、神にあれしてくれ、これしてくれ、と要望ばかりを突き付ける者もいれば、日頃の感謝の気持ちを神に伝えている者もいるでしょう。この両者では祈りの内容がまるで違ってきますから」
確かにそれはそうだ。前者にはどこか邪な下心が透けて見える。
「確かにそうですけど、俺には当てはまらないと思います。今回の祈りはどちらかと言えば前者ですし、日頃どんな感情であれ、神に祈る事自体ほぼないですから」
「ほぼ、ですか?」
「神に祈るのは年に一回くらいですね」
日本人が神に祈るなんて、正月に神社に行った時くらいだろう。日頃から神に祈っている人なんて、神社仏閣で働いているか、神社仏閣巡りが趣味の人くらいだ。
俺の答えは研究者たちを満足させるものではなかったらしく、研究者たちは俺に聞こえないように小さな声で、何やら話し合いを始める。
「あの、少々よろしいでしょうか?」
とそこに割って入るオルさん。その場の全員の視線がオルさんに向けられた。
「何でしょう?」
「とりあえず、一回ハルアキくんに神に祈って貰うのはどうでしょう? それで同じ現象が起こるかも知れません」
「確かに」
と研究者たちは頷き、その熱視線を俺へと向ける。はあ。俺は嘆息すると、研究者たちの熱視線をむず痒く思いながら、神に祈りを捧げようとして、
「あのう、何を祈れば良いのでしょう?」
特に祈る事がないので困ってしまった。
「何でも良いのですよ。欲しいスキルはゴマンとあるでしょう?」
欲しいスキルか。そう言うの全然考えてこなかったなあ。…………いや、あれなんてどうだろう? と俺は目を瞑り神に祈りを捧げる。
(神様、俺に『鑑定』のスキルをお授けください)
シーンと静まり返るマスタック侯爵家客室。
「何も起こらないみたいです」
「そのようですね」
研究者たちはあからさまにがっかりしたような溜息を漏らす。なんかこっちが悪い事したみたいな気分になるからやめて欲しい。
「でもこれで、いつでも神に祈る事で、スキルが授けられる訳ではない事が分かりましたね」
とオルさんは前向きだ。
「次は僕が祈りを捧げても良いですかね? 考えてみれば、教会や神殿以外で「スキルが欲しい」と神に祈った事はありませんでした。僕とした事が常識に囚われていたなあ」
オルさんはそう言うと、ウキウキしながら神に祈りを捧げる。が結果は俺と同じ。何も起こらなかった。
その後、オルさんに促されたマスタック侯爵家の研究者たちやバンジョーさんも祈ってみたが、誰もスキル獲得出来なかった。バンジョーさんなんて滅茶苦茶熱心に祈っていたのに。そして、
「こうなったら、教会か神殿に行って祈りを捧げるのはどうでしょう?」
「それは名案だ!」
と本末転倒な意見まで出てくる始末に。まあ、この意見は当然却下されたが。
「こうなってくると、別の要因がからんできますね」
オルさんは今までの結果を用紙に書き込みながら口にする。
「そうですね。我々の方で事前の話し合いで出た意見としては、彼のギフトである可能性は考えられています」
と女性研究者。ギフトねえ。それって生まれ持ったものだろう?
「それだったら、これまでに祈りを捧げた時にスキルを獲得しているのでは?」
年一だが、正月に色々祈っている。スキルを獲得していてもおかしくない。俺の当然の疑問に、しかし女性研究者は首を横に振るう。
「もう一つの条件として、レベルキャップの可能性があります。あなたのレベルは三十一ですよね? これは結構高いレベルです。騎士学校の首席卒業者並で、すぐに士官として軍の一部隊を任されるレベルです」
そうだったのか。ジェイリスくんが三十二だったから、ジェイリスくんは優秀な成績で騎士学校を卒業していたんだな。
「つまりレベル三十前後が、レベルキャップとしてギフトに蓋をしていたと?」
俺の問いに首肯する女性研究者。成程、その条件なら、地球にいた頃や、こっちに来てから今まで、新たなスキルを獲得していなかった理由の説明はつく。でも、
「それだと、騎士学校の首席卒業者や軍人さんなんかは、既にスキルを獲得していてもおかしくないのでは?」
が、またも女性研究者は首を横に振るう。
「いいえ。先程オル殿がおっしゃられていましたが、我々にはスキルの獲得は教会か神殿だと言う固定観念がありました。あなたのように、教会や神殿以外で祈り、スキルを獲得している人間はいないか、さもなくば、自身が気付かぬうちにスキルを獲得している可能性もあるでしょう」
確かに、鑑定がなければ気付かぬうちにスキルを獲得している可能性はあるな。
「なので、これから軍駐屯地に向かいます」
どうやら俺はそれに同行する事になりそうだ。
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