第123話 身勝手な祈り

 心臓が止まった。いや、マジで死んだと思った。一国の帝に上から物を言っていたからである。何だよ「見事な給仕でした」って。そして心臓が止まると同時に、時間が停止したように感じた。


 ちらりと横を見れば驚くオルさんに、冷静にお茶をすするバヨネッタさん。反対側を見れば、アンリさんとバンジョーさんがこの世の終わりのような顔をしている。そんな中で俺は陛下へ向かって土下座していた。それは幼き陛下への謝罪の為であったが、同時に神への祈りであった。


(神様。この絶望する小人にチャンスをお与えください。時をお戻しください)


 俺のその祈りは、短い人生で初めての一世一代の祈りであり、心の底から真剣に祈ったものだった。するとどうだろうか。パァと天から光が降ってきたではないか。


 何だこれ? いや、これには覚えがある。クーヨンのデウサリウス様の教会でスキルを授かった時と同じ現象だ。ああ、俺、天に召されるんだなあ。と思ったが、俺の意識はそのままで、時だけが無情にも動き出す。


 天からの光は全員に見えたようで、周囲がざわつき、その場の誰にも何が起こったのか分からず、皆が呆然とする中、バヨネッタさんがいち早く答えにたどり着く。


「ハルアキ、新スキルを獲得しているわ」


 その顔は驚愕の二字を如実に現したもので、まさに見た事のない現象に直面した人の顔だった。


「は? え? 新スキル? 今、ですか?」


 何でそんな事になったのか。いや、神に祈ったからなんだが、祈っただけで新スキルを獲得出来るはずがないのだ。スキルの獲得には、教会や神殿と言った、しかるべき場所で正式に神に祈りを捧げるか、スキル屋で売買する以外に方法がなく、こんな全く的外れな場所で祈ったからって、スキルが獲得出来るなら、誰だってそうするだろう。


「奇跡だ」


 使用人の誰かがそう口にした。


「奇跡が起きた」


「神の子だわ」


 他の使用人がそう口にする。すると客室はざわざわと騒がしくなり、そのざわざわはどんどんと大きくなっていき、俺を見る奇異の視線が熱を帯びていき、俺の心はどんどんと不安に押し潰されそうになっていく。とそこに、


「何事だ?」


 客室にマスタック侯爵が登場した事で、ざわつきは一気に終息していった。



「この少年が奇跡を起こした?」


 事情を聞いたマスタック侯爵は、それでも信じられない、と言った顔で俺の顔を覗き込んでくる。まあ、そうですよね。俺も信じられません。しかし周囲の熱視線は俺に向けられていた。


 現在客室において、俺、バヨネッタさん、オルさんが同じソファに、その対面のソファにディアンチュー嬢、マスタック侯爵、そして幼きオルドランド帝ジョンポチ陛下が座っていた。


「しかし余は見たぞ。この者の上から光が降り注ぐのを。ディアンチューも見たであろう?」


 と幼帝ジョンポチ陛下が話をディアンチュー嬢に振る。


「ええ、私も見ましたわ。おじい様。天からの光、あれは神の御威光に間違いありません」


 幼き二人から話を聞いて、マスタック侯爵は俺をマジマジと見詰めながら黙考し、しばらくしてから口を開く。


「しかしペテンと言う可能性もあるのではないか? 魔法で神の御威光の真似をしたと言えないか?」


 と言うマスタック侯爵に反論したのはバヨネッタさんだった。


「それはつまり私の従僕が、この場で陛下をペテンにかけ、陛下に取り入ろうとしたと?」


 バチバチに視線を交わすバヨネッタさんとマスタック侯爵。


「そうじゃないと言い切れるのかね? 実際いるのだよ。魔女殿。陛下がまだ幼いからと言って、あの手この手で取り入ろうとしてくる輩が」


「もしそうだとしたら、私もその片棒を担いでいる事になるわね。ハルアキが新スキルを獲得したとこの場で公表したのは、私なのだから」


 バヨネッタさんにそう言われ、それはマスタック侯爵にとって痛いところを突かれたらしく、侯爵は困った顔をしてしまった。


「…………本当にこの場で新スキルを授かったのだな?」


 念を押すようにバヨネッタさんに尋ねるマスタック侯爵。対してバヨネッタさんは首肯する。


「して、その新スキルとはどのようなものなのだ?」


「『時間操作』よ」


「えっ!?」


 バヨネッタさんの発言に、一番驚きの声を上げたのは俺だった。そして驚いた俺に、周囲が驚いていた。


「何故君が驚いているのかね?」


 とマスタック侯爵に尋ねられる。


「いや、あの、すみません。『鑑定』のスキルを持っていないので、自分が何のスキルを授かったのか知らなかったもので」


 俺は恥ずかしさで顔がカァとなるのを感じながら、縮こまっていた。


「う〜む。少年のこの反応。本当に本当なのかも知れないな」


 と顎に手を当て考え込むマスタック侯爵に対して、


「だから本当だと言っているであろう」


「酷いわおじい様。私たちが言った事、嘘だとお思いだったのね?」


 と幼い二人にそう言われて、マスタック侯爵も少しタジタジになっていた。


「はっはっは。すまんすまん。あまりに現実離れした話なのでな」


 マスタック侯爵は幼い二人の肩を抱き謝ってみせる。そしてその後、真剣な顔になって俺たちに向き直る。


「さてバヨネッタよ。今日は泊まっていくのだろう?」


「今日と言うか、サリィに滞在している間はこの屋敷を使わせて欲しいわね」


 バヨネッタさんの豪胆なお願いに、しかしマスタック侯爵は笑顔で首肯する。


「良かろう。その代わりと言っては何だが……」


 とちらりとこちらを見遣るマスタック侯爵。


「分かったわ。ハルアキがどうやって新スキルを獲得出来たのか、究明したいのね?」


 ん? どう言う事?


「ハルアキ、サリィに滞在している間、マスタック侯爵に助力しなさい」


 ああ、この新スキル獲得の原因究明がしたい訳ね。そりゃあそうか。誰でもどこでも祈る事で新スキルが獲得出来るようになれば、国の発展は目覚ましい事になるだろうし、政治家としてはそれに対して規制もかけていかないといけないだろうからな。つまり俺はモルモットって事か。痛くされないと良いなあ。などと考えていたら、


「その話、僕も一枚噛ませて頂いてもよろしいでしょうか?」


 研究者であるオルさんも、話に加わってきた。まあ、魅力的な研究ではあるよねえ。他人事なら。


 そしてこの流れからして、俺の陛下への不敬は、不問とされたと考えて良いのだろうか?

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