第569話 継戦中

 漆黒の骸骨だったものは、今や元の白い骨片となり、俺たちや冒険者たちに囲まれて、その場から消滅した。きっと復活の為に噴水広場に送還されたのだろう。


「これで終わりか?」


 冒険者たちのリーダー格である亡霊の冒険者がこちらを見る。


「ここはこれで終わりだと思いますけど?」


 何か問題があるのだろうか? 町の冒険者たちは周囲をキョロキョロしたり、自身のウインドウを確認していたりしていた。


「何か問題が?」


「いや、アイテムを落とさなかったなと」


 ああ、言われてみたら確かに。俺もウインドウを確認するが、『空間庫』内のアイテム類は増えていない。


「先程倒したダナンダさん? でしたっけ? その人が『空間庫』のスキルを所持していなかったんじゃないですか?」


「それはない。『空間庫』は冒険者に必須のスキルだ。このフィールドに来たばかりの者ならともかく、ダナンダは初期から活動していたし、『空間庫』を使用しているのも目撃している」


 ふ〜む。『空間庫』は所持者が死ぬと、中身をその場にぶち撒ける仕様だ。それなのにアイテムが周囲に転がっていないのは確かに不思議である。が、その答えは武田さんが教えてくれた。


「恐らくだが、レイド戦がまだ終了していないからだろう。今回のレイド戦は、化神族に取り込まれた魔物の討伐。きっと化神族に取り込まれた魔物を全て討伐しないと、金もアイテムも入手出来ない仕様なんだ」


 成程? 武田さんの言い分はそれらしいが、


「カッテナさんは化神族を入手出来ましたけど?」


「…………確かに?」


 この場の全員の頭に?マークが浮かんだ気がする。


「どうやらクエストクリア条件が、いくつか設定されているようだ」


 そこへ口を挟んできたのは、革鎧を着込んだミイラの冒険者だ。


「全ての化神族に取り込まれた魔物を倒すのは条件の一つで、他にも、化神族のみを取り除くとか、化神族に取り込まれた魔物を鎮静化させるとか、町の住民の避難誘導とか、様々な行動にポイントが割り振られていて、このレイド戦終了後にそれらを合算して、ポイントによって金やアイテムが配布される仕組みらしい」


 成程。まだ戦闘継続中扱いだから、金やアイテムは後払いって事か。どうやら他の面々もそれで納得したらしい。


「そうなると……、どっちに行くつもりだ?」


 亡霊の冒険者が尋ねてくる。


「俺たちは右の遊興地区へ。そこで仲間が戦っているようなので」


「そうか。じゃあ俺たちは左の農業地区だな」


 まあ、そうなるよね。分け前の事を考えたら、一ヶ所に全員で押し掛けるより、分散した方が、一人分の分け前は多くなるだろう。


「それじゃあ」


 と町の冒険者たちに軽く別れのあいさつをしたところで、俺は転移扉を出現させる。その中へ次々と入っていくパーティメンバーたち。最後に俺が潜り抜けると、そこは遊興地区の大通りであった。



「うわあ……」


 カジノやら映画館やらが破壊され、火事で煙る大通りの向こう、ここも惨状には違いないが、俺の目を引いたのは闘技場だった。闘技場自体が氷雪に覆われ、その闘技場で、巨大な毛むくじゃらな人型に似た存在が暴れている。その毛が真っ黒なので、あれが化神族に取り込まれた魔物なのだろうが、己に襲い掛かる闘士や冒険者たちを、その大きな手で掴んでは、無造作に闘技場に叩き付ける姿は、まるで怪獣映画を見ているようだ。


 ドーンッ!!


「どうわあっ!?」


 そんな姿に目を奪われていたら、俺の『瞬間予知』が働いた。そして横にずれたら、俺のいた場所に雷が落ちてきた。直撃ではなかったが、濡れた地面を通って電気が身体を流れ、耳がキーンとして聞こえなくなり、痺れて動けなくなってしまった。


 これってダイザーロくんの攻撃か? と一瞬疑ったが、動けないまま眼前に巨大火球が迫るその向こうで、皆と集結しようとしているダイザーロくんが動転しているのが見え、恐らく違うだろう事が察せられた。


 ボーンッ!!


 巨大火球が俺に当たる直前に、『聖結界』で周囲を覆ってこれを防ぐ。危ねえ、冷やっとしたぜ。


「何をボーっとしているよ! ここは戦場よ!」


 復活した耳に、バヨネッタさんの怒号が上空から響き、上を仰げば、バヨネッタさんは黒いローブの怨霊の周囲を、キーライフルに乗って旋回していた。どうやらあの黒いローブの怨霊が、この場を破壊している化神族に取り込まれた魔物で、バヨネッタさんは怨霊の周囲をうざったく旋回する事で、自らにヘイトを向けて住民の避難時間を稼ぎながら、攻撃の隙を窺っているらしい。


「魔法使いタイプか」


 上空に浮いている黒い怨霊は、自ら動こうとはせず、様々な魔法を放ってくる。時に巨大火球、時に万雷、時に雨の針、時にかまいたちの竜巻と、かなり多くの魔法が扱えるようだ。大通りが滅茶苦茶になっているのも頷ける。


「すみません、このような事態を引き起こしてしまって」


 俺が怨霊の隙をついてミカリー卿の結界内にいる皆の元へ移動すると、まずダイザーロくんが謝ってきた。


「なっちゃったものはしょうがないよ。それより今はあの怨霊はどうにかしよう」


 しゅんとなっていたダイザーロくんを宥めつつ、上空の怨霊を見上げる。現在はバヨネッタさんが怨霊のヘイトを稼いでくれているので、今のうちに作戦を考えてしまいたい。しかし、


「結界持ちか」


 この場であの怨霊と戦っているのは、俺たちだけではない。当然だが、町の冒険者たちもあの怨霊に攻撃している。しかし効果はない状況だ。何故なら怨霊は結界持ちだから。スキルなのか魔導具なのかは知らないが、うざい結界のせいでこちらの攻撃は当たらず、怨霊が好きに攻撃をしているのが現状だ。


 それでもカッテナさんの『縮小』を『付与』した銃弾なら、結界を壊してあの怨霊にダメージと弱体化を与えられると思ったのだが、どうやらあの怨霊、俺と同じ『瞬間予知』を持っているのか、それと同等の能力を持っているらしく、カッテナさんの銃弾は、銃弾よりも速い雷によって撃ち落とされて、結界まで届かない。まあ、それならそれでやりようはある。


「バヨネッタさん!」


 俺の声に応えて、バヨネッタさんが結界内にやって来た。そのせいか、怨霊からヘイトを買っていたバヨネッタさんが抜けた事で、怨霊の魔法攻撃が更に激しいものとなり、死に戻る冒険者が増えていくが、それは仕方ないと割り切ろう。死に戻るだけだし。


「分かったわ」


 俺が皆に作戦を伝えると、直ぐ様行動である。バヨネッタさんのキーライフルにカッテナさんが『縮小』を『付与』し、それを撃つ。


 光は空気中では雷よりも速いので、怨霊の結界に対して、先手が打てるからだ。いくら『瞬間予知』を持っていたところで、動かない的である怨霊なら、結界を壊す事は容易い。


 たった二発で結界を破壊したところで、バヨネッタさんが『加減乗除』で最大威力にした熱光線を放てば、


「落ちてくるよねえ」


 やっぱり魔法使い系は攻撃に弱いな。腹に穴の空いた怨霊は、それでも俺たちを近付けまいと攻撃魔法を放ってくるが、それも無駄な努力だ。


 多少魔力の回復した武田さんの『転置』で、カッテナさんと怨霊近くの瓦礫を入れ替え転移させると、カッテナさんは直ぐ様怨霊に触れて、その怨霊から『分割』で化神族を分離させたのだった。

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