第570話 後回し

 土手っ腹をバヨネッタさんに撃ち抜かれ、『分割』でカッテナさんから化神族を分離させられた怨霊の魔法使いだが、まだ意識があった。しぶといな。霊体だから、腹に穴が空いてもそれで消滅する訳ではないのだろう。


 だが怨霊を取り囲む俺たちに慈悲はない。どうせ噴水広場で復活するのだから、ここで一回消滅しておいて貰おう。などと考えているうちに、すうっと消えてなくなる怨霊の魔法使い。この怨霊の魔法使いも、消滅しても『空間庫』の中身をぶち撒ける事はなかった。やはりレイド戦後に一括精算されるようだ。


「遅かったわね」


 バヨネッタさんに半眼で睨まれる。


「……すみません。中央通りの方を優先したもので」


「ふ〜ん」


 これは中央通りを優先したのは間違いだったかな? バヨネッタさん的には、自分の方を優先すると思ったのかも知れない。


「俺の判断だ。バヨネッタたちなら持ち堪えられると思って、先に中央通りの化神族を相手にする事にしたんだ」


 俺とバヨネッタさんの間に微妙な雰囲気を感じ取った武田さんが、フォローを入れてくれた。


「そう。でも中央通りを優先したと言う事は、そっちの化神族も手に入れたんでしょう?」


 嘆息して冷静になったバヨネッタさんが、尋ねてくる。


「ええ、それはもちろん。カッテナさんが大活躍ですよ」


「そのようね。カッテナが超越者になれば、相当有用な能力を手に出来ると踏んでいたけれど、私の想定よりも役に立つもので良かったわ」


 バヨネッタさんに褒められて、畏まりながらも照れるカッテナさん。それを微笑ましく見た後に、バヨネッタさんは真剣な顔で俺の方に向き直る。


「ハルアキもレベル五十になったんでしょう?」


「はい」


 岩山のダンジョンを周回して、レベル五十に到達したのはカッテナさんと俺の二人。残念ながら武田さんはレベル五十に到達しなかった。まあ、このレイド戦が終われば、相当な経験値が入るだろうから、武田さんもダイザーロくんもレベル五十になるだろうけど。


「金丹は使っていないわね?」


 バヨネッタさんの言葉に首肯で返す。これはバヨネッタさんから事前に言われていた事だ。レベル五十になっても、バヨネッタさんの許可なく金丹を使用してはならない。との命令である。何故かと尋ねたら、俺が金丹を飲んで、死んだ未来と生き残った未来の二つを幻視したとの事だった。


 そんな幻視を信じるのか? と思うかも知れないが、これこそがバヨネッタさんが超越者となって獲得したギフト、『慧眼』の能力の一端なのだ。


『慧眼』は『未来視』に近いギフトで、『未来視』程正確に未来を予知出来る訳ではないが、朧気に未来を幻視する。特に動くものを視認すれば、そのものの行動パターンを何通りも幻視し、確率の高い幻視によって、相手の先回りも可能なギフトだ。


 そんな『慧眼』のギフト持ちのバヨネッタさんが俺を視認し、忠告してきたのだから、俺は下手をしたら金丹を飲んで死ぬのだろう。それに生き残るパターンでも、数日は目を覚まさない。と言われているので、俺にはこの場で金丹を飲んで超越者になる選択はないのだ。


「言い付けを守っているなら良いわ。カッテナのスキルのお陰で、化神族も二つ手に入れられているし、次はあいつかしら?」


 とバヨネッタさんが見上げるのは、氷漬けになった闘技場で、大暴れしている黒い毛に覆われた、


「巨人? 獣人?」


 その大きさは新しく建て直され、これまでよりも大きくなった闘技場から、上半身を覗かせる、毛に覆われた巨大な人型の魔物だった。


「イエティのミゲでしょう。同盟国から来た闘士の一人です」


 俺の疑問にダイザーロくんが答えてくれた。ああ、同盟国から来たのか。


「あいつかあ」


 それに武田さんが顔をしかめる。闘技場で暴れているのだし、武田さんはやり合った事があるのかも知れない。しかしイエティか。地球だとヒマラヤ山脈に生息していると言われるUMAだよな? 全身を毛に覆われている雪男だから、闘技場が氷雪に包まれているのは不思議じゃないが、


「こっちの世界のイエティは、あんなに巨大なのか?」


「いえ、ミゲのスキルに『巨大化』と言うものがあるんです。普段は背丈二メートルくらいの大きさですね。でもあそこまで大きくなったのは初めて見ます」


「化神族の影響でしょうね」


 ダイザーロくんの説明に、バヨネッタさんが補足を入れてくれた。更に武田さんまでが補足してくれる。


「イエティは種族ギフトとして、『氷雪の恩恵』と言うものを持っている。これはフィールドが雪や氷状態であったり、あのように氷雪化させる事で、自身の能力やらスキルを上昇させるものだ。そしてミゲが持っているスキルは『巨大化』に『怪力』。そして『回復』だ」


「『回復』持ちですか。厄介ですね」


 回復が厄介なのは、これまでその恩恵に与ってきた俺自身が良く理解している。どれだけダメージを与えようと、『回復』で元通りになってしまうのだから。しかも闘技場は氷雪に包まれている。イエティの種族ギフト『氷雪の恩恵』によって、『回復』の効果が強化されているとしたら、益々厄介だ。


「あれは、俺たちだけでどうにか出来る相手じゃないんじゃ」


 俺の言に、誰も応えてくれない。と言う事は、皆そう思っているのだろう。バヨネッタさんも、この八人だけでは無謀と判断しているようだ。たとえカッテナさんが『縮小』の『付与』された銃弾を撃ち込んでも、氷雪フィールドで強化されている『回復』で、元に戻されるだけだろう。


「ここは左の農業地区をどうにかしてから、他の冒険者たちと共闘してあのイエティを倒すのが得策じゃないですかね? ただ、『有頂天』だと左の農業地区で動きがないんですよねえ」


「そうね」


 とバヨネッタさん筆頭に皆賛同してくれる中、一人武田さんだけが、何とも微妙な顔をしている。


「そうだな。農業地区の化神族をどうにかする方がお得かもな」


 煮え切らない感じだな。農業地区には手を出したくないのだろうか?


「まあ、行けば分かるか」


 自分の中で踏ん切りがついたのか、武田さんの『転置』によって、俺たちは瞬時に農業地区に転移した。そこで目にしたのは、体長十メートルはある、黒い豚であった。


「は?」


 誰だよ、家畜に『闇命の欠片』を与えた馬鹿は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る