第571話 鎮座する

 武田さんの『転置』で、農業地区の牧場に転移してきた俺たち。その眼前でふてぶてしく鎮座していたのは、体長十メートルを超える黒い豚だった。いや、この世界には豚はいないはず。豚に見えるがこいつはオークだろう。


「どう言う状況なんですか?」


 先に到着していた、中央通りで共闘した亡霊の冒険者に事態を尋ねる。


「どう言う状況、か」


 と俺の言葉を繰り返した亡霊の冒険者が腕を振るうと、真空波が腕から飛び出し、黒いオークの胴体を傷付ける。が、その傷はすぐに快癒してしまった。こいつも『回復』持ちか。


「やめよ。無闇に我を傷付けるようなら、こちらも容赦はせぬぞ」


 黒いオークが攻撃した亡霊の冒険者を睨み付ける。その大きさもあって、結構威圧感があるな。しゃべっているのはオークではなく、オークと同化した化神族だろうけど。う〜ん。「容赦はしない」と言われても、所詮は家畜。冒険者が束になって掛かれば、倒せるだろう。放置している意味が分からない。


「やめてください」


 そう考えてそれぞれ武器を構えた俺たちに声を掛けてきたのは、黒いオークではなく、麦わら帽子にオーバーオールと言う、これぞ牧場で働く人と言った格好をしている、骸骨だ。


「どちら様?」


「この牧場を預からせて頂いている者です」


 そのまんまだった。


「やめてください。って、化神族に乗っ取られている魔物の討伐は、カヌスからのクエストなのよ? やめろと言われる謂れはないわ」


 バヨネッタさんの言葉に対して、牧場主の骸骨は、手を胸の前で組んで嘆願してくる。


「こいつは悪くない。悪いのは俺なんです。俺がこいつに『闇命の欠片』を食べさせてしまったばっかりに、こんな事に」


「え? 『闇命の欠片』をオークに食べさせたんですか?」


 意味が分からん。


「はい。『闇命の欠片』を食べさせると、肉質が良くなり、美味いオーク肉が手に入るのです」


「はあ」


 牧場主曰く、俺たちが普段宿屋で食べているオーク肉は、この一頭のオークから切り出しているらしい。なんでそんな事になっているのか尋ねたら、同盟国から、アンデッドではない多くの魔物がやってくるようになったので、それまでのやり方では肉の供給が間に合わなくなったそうだ。


 そこで牧場主が目を付けたのが、『再生』のスキルと『痛覚遮断』のスキルだ。『再生』スキルがあれば、どれだけオークを切り刻んでも再生するし、『痛覚遮断』スキルがあれば、オークも切られるたびに痛がって暴れたりしない。この二つのスキルをオークに与えた事で、同盟国からやって来る者たちの分の肉の供給が可能になったのだそうだ。


「だったら、私たちがこのオークを倒した後に、他のオークに『再生』と『痛覚遮断』のスキルを与えれば良い話じゃない」


 バヨネッタさんの言葉はもっともである。やはりこのオークを倒さない理由にはなっていない。


「しかし、あなた方は食事の質が落ちたら、文句を言うでしょう?」


 牧場主の言葉に、バヨネッタさんとかデムレさんは文句言うだろうなあ。と頭の中で思い描く。それに多分、この牧場主は今まで育ててきたこのオークに思い入れがあるのだろう。それよりも、


「もしかして、今まで俺たちが食べていたオーク肉にも、『闇命の欠片』を食べさせていた、そのオークの肉が使われていたんですか?」


 首肯する牧場主。


「我の肉は美味かったであろう?」


 これに得意気な黒いオーク。


「このオークの肉は、同盟国から来ている方々からも評判で、卸しが出来なくなると、牧場が立ち行かなくなってしまいます」


 またまた嘆願してくる牧場主。俺たちは顔を見合わせ、さてどうしたものか。と誰かが策を思い付き、声を上げるのを待つ。それを好機と捉えたのか、牧場主が更に畳み掛けてきた。


「それに見てください! うちのオーク、全く暴れていないでしょう? 化神族が危ない存在なのは聞きましたが、うちのオークは完全にそれを制御しています! 暴れないのに、倒すなんて可哀想だ!」


 確かにどっしりと座っているが、


「それ、化神族が完全に意識を乗っ取っているよね?」


 俺の言が図星を突いたのだろう、一歩後退る牧場主。


「そういじめてやるでない。こやつはこれまで一所懸命に我の世話をしてきてくれたのだ。ならばその献身に応えてこそ、天晴れな生き様というものよ」


 天晴れな生き様って。先の二戦の化神族は、闘争本能全開だったが、どうにもこのオークに取り憑いた化神族は、今までの化神族と毛色が違うようだ。


「日々オーク肉目当てに切り刻まれるのが天晴れ?」


「ふふっ、我が肉の虜となるが良い」


 案外乗り気だな、このオーク。まあ、『痛覚遮断』があるから、切られても痛くないしな。そこは気にならないんだろう。いや、アニンとか元々痛覚なさそうだし、そもそもそこは問題じゃないのか。


「どうしたものかしら?」


 俺の横で頬に片手を当てながら首を傾げるバヨネッタさん。バヨネッタさん的には、と言うか俺たち的には、化神族は一つでも多く手に入れたいが、その一つで同盟国との仲が微妙に悪くなりそうで、それはそれで困るしな。


「今は大人しいようですし、先にもう一つの化神族の方に行きませんか? このレイド戦の勝利条件は、決して全ての化神族を倒さなければいけない訳ではないですから。大人しくしているなら、後に回すのも手かと」


「…………それもそうねえ」


 じいっと黒いオークを見詰めるバヨネッタさんだったが、『慧眼』でもすぐにこのオークが悪さする未来は見えていないようだ。


 そんな訳で俺たちは牧場を後にして、町の冒険者たちも引き連れて、農業地区にいるもう一体の化神族のいる、農場へと向かったのだった。


『有頂天』で探索するに、こちらも大人しくしているようだが、牧場での『闇命の欠片』の使い方を鑑みるに、なんか変な使い方をしていそうなんだよなあ。


「当たりか」


 農場の一画に黒い植物が植わっていた。『鑑定(低)』で鑑定してみると、その植物がマンドラゴラだと分かった。

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