第112話 望郷との互換性

 ジャラジャラジャラと金袋から硬貨をテーブルに広げてみせる。


「へえ、色々ありますね」


 対面に座る七町さんが、その一つ一つをじっくり観察していた。



 ラガーに着いて数日が経過した。未だ街の水位は下がらず、待ちぼうけの日々が続いている。そんな中、アルーヴや船員さんたちが俺を訪ねてきた。


「使ってみたけれど、特に身体が赤くなるとか、肌が荒れるとか、ブツブツが出来ると言う事はなかったわ」


 とレイシャさんの言。そういう訳で日焼け止めを大量購入したい。とやって来たのだ。


「分かりました」


 と俺は皆を連れて、隣のバヨネッタさんとアンリさんの部屋に向かい、二人に事情を説明する。


「ああ、その話ね。こっちも購入の方向で動いていたわ」


 バヨネッタさんがアンリさんに同意を求めると、アンリさんも首肯している。


「では」と言う事でお金を徴収し、俺一人オルさんのいる部屋に戻って、そこから転移門で日本に帰ってきた。


 俺が連絡したのは七町さんだった。暇だったのだろうか? すぐに来てくれた。いや、フットワークが軽いと考えておいた方が良いのだろう。そう言う事にしておこう。閑職だなんて思っていない。


 七町さんのSUVでやって来たのは、イタリアンレストランだった。その個室に通され、俺は事情の説明とともに、金袋の中身を見せたのだ。


 それら一つ一つを手に取り吟味する七町さん。そもそも、これらが質屋で売れるのなら問題はなかったのだ。もしくはインターネットオークションやらフリマアプリでも良かったが、売れば足がつく。そうすると後々面倒臭そうなので、硬貨類は祖父江兄妹に渡して、異世界調査隊で換金して貰っていた。


 だが、今回政府職員と関係を持てた事で、それとは別の道が拓けた。政府関係者に換金して貰えば、足がつく事もないだろうとの計算である。


「はあ。頼って貰えるのは嬉しいのですが、こう言う事は今回限りにしてくださいね」


 と釘を刺されてしまった。


「やっぱり不味いものなんですか?」


 政府職員に異世界の硬貨を換金して貰う。良いアイデアだと思ったのだが、何か不味い事態を引き起こすのだろうか?


「不味いと言うか何と言うか……」


 そう言いながら、七町さんは自らのスマホを操作して、あるサイトを見せてくれた。そこではネットオークションサイトで、普通にオルドランド硬貨が売りに出されていた。


「確かに初期のオルドランド硬貨は希少でしたけど、今はこのように、普通にネットに出回っているんです」


「え? 何で?」


 訳が分からず、俺は馬鹿そうな顔に馬鹿そうな声で尋ねていたのだろう。七町さんは笑いが堪えきれず吹き出していた。


「ふふ、すみません。まあ単純にモーハルドに行く異世界調査隊の関係者が増えたので、彼らがお土産として手頃な硬貨を持って帰り、家族や友人に渡したり、それこそネットオークションやフリマアプリで売ったりし始めたので、案外オルドランド硬貨は地球でも出回わり始めているんですよ」


 そ、そうだったのか。知らんかった。まあ確かに、硬貨をお土産にするのは簡単に異国情緒が感じられて良いかも知れない。


「でもそこに俺が混ざって出品して、大丈夫ですかね?」


「そうですね。調査隊員の家族や友人が出品する事は良くありますから、あまり大量でなければ、問題はないと思いますけど」


 と言って七町さんはテーブルの上の硬貨類を見遣る。


「ハルアキくんの場合、一エラン鉄貨に十エラン銅貨、百エラン銀貨までありますしねえ。量を売り捌くとなると、ちょっと界隈がざわつくかも知れません」


「ここには出してませんけど、金貨も持ち合わせているんですけど」


 嘆息する七町さんだったが、すぐに顔を上げて笑顔になる。


「大丈夫ですよ。そう言って、出所が知られるのが嫌だ。って調査隊員結構いますから」


「そうなんですか?」


「ええ。ではこの後、そちらの店に向かいましょう」


 俺たちは七町さんのおごりで、イタリアンレストランで食事を終えると(領収書は貰っていた)、SUVで午後の街を都心に向かって走っていった。



「ここ、ですか?」


 駐車場に車を停めて、五分と掛からない距離に、その店はあった。都心のビル群の中にあって、そこだけ時代に取り残されたような、昔からある喫茶店だった。


 木をふんだんに使われた店内は、掃除が隅々まで行き届いているのだろう、柱も梁も床も、テーブルも椅子も、木で出来ているものは皆色が濃く、光沢を放っていた。


「マスター、久しぶり」


 マスターと呼ばれた白髪ながら顔立ちは整い耳の尖った、背のビシッと伸びたその男性は、七町さんに柔和な笑顔を返す。


「いらっしゃい七町さん」


 人数の少ない店内で、七町さんはカウンターに立つマスターに声を掛けると、そのままカウンター席に座る。俺も後に続いて七町さんの右隣りに座った。


「マスターはどう? 元気にやってる?」


「お陰様で。少し忙しくなってきたくらいだよ」


「あら、それなら先に謝っておくわ。もっと忙しくしてしまうかも知れないから」


 そう言って七町さんは俺から預かっていた金袋をカウンターテーブルに置いた。それに対してマスターは嘆息して、その金袋を取り上げると、中身を確認する。


「これはまた、どれもこれも使い込まれているな」


 ちらりとマスターにこちらを見られたので、頭だけ下げておく。それがビクビクしているように見えたのだろうか、マスターはその柔和な笑顔を俺にも向けてくれた。


 マスターは俺の持ってきた硬貨を一枚一枚テーブルに並べていった。種類別に、キズの度合い別に。


「おや? パジャンの硬貨もありますね」


 パジャンの硬貨? 言われてそちらを見ると、一つだけ穴の開いた鉄貨が紛れていた。それがパジャンの硬貨なのだろう。パジャンは確かシンヤが勇者をやっている、違う大陸の国だ。


「ああ、多分、船員さんから預かったお金に紛れ込んでいたんだと思います」


「船員さん? 今、海にいたんだっけ?」


 と七町さん。


「いえ、川です。ビール川の支流のラガーに」


「ラガー!」


 七町さんとマスターが二人して食い付いてきた。七町さんは分かるが、何故マスターまで? いや、その答えは決まっている。


「マスターって、異世界転移者なんですか?」


「ふふ。分かりますか?」


 どうやら隠すつもりはないらしい。俺が七町さんの関係者だからだろう。


「仲間にアルーヴがいますから。良く見る顔です」


「ふふ。それは嬉しい話ですね。しかしラガーですか。良い街にいますねえ」


 と羨ましそうなマスターに七町さん。


「まあ、今水浸しですけどね」


「ああ。オルドランドは今、雨季が明けたばかりなのですね」


 マスターの実感の込もった言葉に首肯する。マスターにも経験がありそうだ。


「でも良いわねえ。ラガー焼きと言えば一度は手にしてみたい名品よねえ」


 七町さんが目をキラキラさせている。


「別に何か買ってきても良いですけど」


「おお? 本当ですか?」


 二人して食い付いてきた。


「ええ。今ラガーで足止めくっている状態なので、今しばらくラガーにいると思いますし。それにしてもマスター、手が止まっていません?」


 俺の言葉にハッとなったマスターが、ちょっと慌てて金袋の中身を数え直しだしたのが面白かった。


「パジャンの硬貨はどうしますか? それも好事家に高く売れますが?」


「う〜ん。今回はやめておきます。もうちょっと集まったら売るかも知れませんけど」


 とパジャン硬貨以外を買い取って貰い、十八万円程になった。それを電子マネーで貰う。結構な額になったのは、まだオルドランド硬貨の相場が高止まりしているからだそうだ。需要に供給が追い付いていないのだろう。


「そしてこれ」


 とマスターに一万エラン金貨を十枚渡された。これでティーセットを何組か買い付けてきて欲しいそうだ。ついでに七町さんからも電子マネーで二万円渡された。代わりに買ってきて欲しいそうだ。これは公務員倫理法とか賄賂罪的には大丈夫なのだろうか? まあ、俺が言える立場じゃないか。

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