第111話 休息日
何度も言うがラガーは焼き物の街だ。ラガー焼きと言う薄い青紫色の磁器を作る窯元が、街に何百軒とあり、ラガー川からビール川を伝い、オルドランド中、果ては世界中にまで運ばれていくのだと言う話だ。
なので出来るならこの街で磁器作り体験、なんてものをやってみたかったのだが、知っての通り街は水浸しである。それどころではない。この時期はどの窯元も磁器を作っておらず、当然、焼き物教室みたいな体験教室もやっていなかった。残念だ。
しかし街に出れば焼き物は売っている。と宿の二階の食堂で教えて貰ったので、俺たちは朝食後、ラガーの街に繰り出す事に決まった。
俺、バヨネッタさん、オルさん、アンリさんにミデン。結構ノリノリウキウキの俺たち一行は、一階に降りると、宿が用意してくれた船頭付きの小船に乗って街に出発する。
この時期特有のものなのだろうが、街は小船で溢れているが、皆慣れているのか、スイスイと他の小船を避けて前に進んでいく。
あっという間に焼き物通りと呼ばれる大通りに出た。そこには通りの両側にズラリと焼き物を売る店が並び、その中にはラガー焼きでない焼き物を売る店も何軒かあった。ラガーと言う街は、焼き物の一大生産地と言うだけでなく、国中から様々な焼き物が集まる場所でもあるらしい。
「バヨネッタさんは何か狙っている物があるんですか?」
俺の質問に、バヨネッタさんはこちらを向く事なく、焼き物の方を見ながら答える。
「当然、金彩、銀彩の器よ」
「金彩、銀彩、ですか?」
まあ、名前からして、金や銀で絵付けのされた器なのだろう。バヨネッタさんらしい趣味である。
まずはバヨネッタさんの要望から叶えようと、船頭さんに頼んで金彩、銀彩の器が売っている店に向かって貰った。
「おお! ……デカい」
店の前で小船を降り、ちょっと階段を上る。そして店に入ってすぐに、思わず声が漏れた。なにせ店の中央にどかんと大きな花瓶が置かれていたからだ。高さは三メートル以上はある。薄い青紫の下地に、金銀だけでなく、赤や黄色まで使って絵付けされたその花瓶は、目の見張る逸品だった。
「店主、あの花瓶を買うわ」
といきなりバヨネッタさんが無茶を言う。あんなにデカい花瓶、客寄せパンダであって売り物じゃないんじゃなかろうか? と思っていると、
「はい。三百万エランになります」
と店主は当然のように値段を伝えてきた。三千万円か。流石のお値段である。やはり客寄せパンダで、売るつもりはないのだろう。
「他の器も買うから安くなさい」
だがバヨネッタさんは全然引き下がらなかった。それに対して店主は……笑顔を崩していない。
「ありがとうございます。でしたら、買うものがお決まりになりましら、またお声掛けください」
とカウンターに戻っていった。え? 凄いな。バヨネッタさんの事だから、本当に買うつもりだと思うけど、分かっているのかな? 俺はカウンターの店主の元にそれとなく歩み寄り、耳打ちをする。
「あの、あの人、本気であの大きな花瓶買うつもりですけど、大丈夫なんですか? 売り物じゃないなら、売り物じゃないって言った方が良いですよ」
が、俺の助言に対して、店主はくすりと笑って返すのだった。
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。問題ありません。確かにあの花瓶は客寄せの為に飾っているものですが、売り物で間違いはありませんから」
「そうなんですか」
「ええ。年に一人くらいはあちらのお客様のように、あの大きな花瓶を買って帰られる方がおられるのですよ」
「と言う事は」
店主が小さな声で耳打ちしてくる。
「私の『空間庫』にはまだあと二つ、あれと同様の花瓶が収められているんです」
おお。成程。これも商売ってやつなんだなあ。
結局バヨネッタさんはこの店で、様々な焼き物を買い、あの大きな花瓶を含めて三百二十万エランの買い物をしたのだった。まあ、バヨネッタさんがホクホク顔なので良かったのだろう。
「オルさんは何が欲しいんですか?」
店を出てまた小船に乗り込むと、今度はオルさんに尋ねる。
「おや? 次は僕で良いのかい?」
「ええ」
俺は首肯した。
「そうだね、実験で使う白磁かな」
との返答。確かにハイポーションで使っていた小皿なども白い焼き物だった。
と言う訳でオルさんの要望を叶える為に、色々店を探し回る事になった。船頭さんがそう言う店を知らなかったからだ。
さんざん探して人に尋ねて、やっと路地裏で一軒そんな店を見付ける事が出来た。そしてそこは焼き物の店と言うより薬屋で、ついでに白磁も売っているような店だった。
「へえ。中々の品揃えねえ」
店に入るなり、陳列された薬草類を眺めながら独り言を漏らすバヨネッタさん。俺には薬草などは良く分からず、分かったのはウサギの角くらいのものだった。あと小さなトカゲの燻製なんかもあったな。
バヨネッタさんはオルさんが白磁を選んでいる間に、いくつか陳列されている薬草をまとめ買いしていた。やっぱり魔女なんだな。
オルさんも、小皿や計量カップ、薬研などを十個二十個単位で買うと、ついでに薬草をいくつか買っていた。この店は品揃えが良かったらしい。
店を出れば既に日は天頂を過ぎていた。腹が減っているなあ。と大通りに戻ると、
「どうだい? そこの人たち、何か買っていかないかい? 安くしとくよ」
と食べ物を売る小船が、そこら中を行き交っていた。
「どうします?」
とバヨネッタさんやオルさんを振り返ると、
「ハルアキに任せるわ」
との返答。う〜ん、任せられてしまった。この時間だし、甘い物と言うより、少し腹にたまる系の方が良いかな。との事で俺が買ったのは、大きな草に包まれた、麦と焼き魚の混ぜ飯だった。
「あんまり美味しくないわね」
評判はいまいち。俺のチョイスは外れだったらしい。口直しにアンリさんが買った川エビの串焼きが凄く美味しかったので、余計に落ち込んでしまった。
「それではアンリさんは何か欲しいものありますか?」
「私ですか?」
食後に気を取り直して、アンリさんに尋ねたら驚かれた。
「私は大丈夫ですよ。この間ハルアキくんの国で私も食器買わせて貰いましたし」
との返答だ。相変わらず欲がないようにみえるが、オルさんからそれなりのお給金を貰っているはずで、そう考えると貯金をしていると考える方が妥当なのかも知れないなあ。
バヨネッタさんやオルさんの方を見ても、アンリさんの好きにさせなさい、と表情で語っていた。
「それじゃあ最後は俺ですかね。やっぱりお土産としてラガー焼きが欲しいんですよねえ」
と言う事で、一般的なラガー焼きのお店に連れてきて貰った。
店に並ぶのは薄い青紫色の磁器のみで、同じく青紫の絵筆で絵付けされている。値段はピンキリで、やはり文様が複雑な物の方が値段が高かった。
う〜ん、どうしたものかな。家族に買って帰りたいのだが、こう言う場合の定番の一つである茶碗は見付からない。当然だろう。米飯文化じゃないもんな。
となるとコップかな。と湯呑みを見てみる。湯呑みには大まかに二種類ある。取っ手付きと取っ手なしだ。値段はピンキリだが、取っ手付きの方が若干高い。でも若干である。取っ手付きにするかなあ。
そう思って眺めていると、ティーポットとセットのものが売っていた。ああ、こういうのも悪くないなあ。母や妹はそれなりにお茶や紅茶を飲む。父はコーヒー派だが、このカップなら、紅茶にコーヒー、緑茶や麦茶でもいける気がする。良し。これにしよう。
俺はその店でティーポットとカップ四つのセットを買って宿に帰っていった。後で聞いた話だが、俺が真剣に湯呑みを選んでいるうちに、アンリさんも皿などを買っていたそうだ。そこまで貯金派って訳でもないのかもなあ。
「ちょっと、良い食器なんじゃないの?」
自宅のテーブルに置かれたティーセットに、母と妹のカナが少し興奮しているのが分かった。良かった。この買い物は良い買い物であったらしい。
「遊びに行った先でフリーマーケットがやってて、そこで見付けたんだ。そこまで高いものでもないから、家族で普段使いでもしようよ」
「さんせい!」
とカナがお腹に抱えていたミデンの両手を上に掲げて、喜びを表す。父は父で、カップの文様とにらめっこしながら、うんうんと頷いていた。
「それじゃあ紅茶入れるわねえ」
と母はキッチンに向かう。その日は珍しく、家族四人とミデンで映画を見て過ごしたのだった。
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