第110話 到着、焼き物の街
ベフメルから三日。ピルスナー川からビール川を遡り、西の支流ラガー川に入ってすぐの場所に、焼き物の街ラガーはあった。
ラガーは水没していた。と言っても膝下くらいまでなのだが、街は水浸しだ。
「今のビール川周辺の街はどこもこんなものだ」
とマークン船長が教えてくれた。そんなものらしい。そしてそれを裏付けるように、街は小船で溢れていた。歩いている人間もいたが、水に濡れるのを嫌った人間が、自ら漕いだり、船頭を雇って漕がせたりしていた。俺たちは後者だ。
とは言え小船である。あまり人が乗れば窮屈になるので、バヨネッタさんはバヨネットに乗って、俺はアニンを翼に変化させて、小船に乗るオルさん、アンリさん、アルーヴ五人組と宿を目指した。ミデンはバヨネッタさんの膝の上で、テヤンとジールは水浸しの街を歩いている。
ラガーの街は美しかった。それは建物の壁に磁器タイルが貼られていたからだ。ラガー焼き特有の薄い青紫色のタイルに、様々な文様が同色の青紫色で絵付けされている。この文様の細かさが、どうやらラガー焼きの価値の一つらしく、俺たちが泊まる宿の外壁や内壁を飾る磁器タイルは、とても細かな文様が絵付けされていた。
「あの、予約していたバヨネッタ一行なんですが」
「えっ?」
一階が水浸しの宿に小船で乗り込むと、フロントで宿の使用人にそう言ったら驚かれた。そして自分が口走った発言に真っ赤になる。
アルーヴたちが先遣隊になってからと言うもの、俺は宿にチェックインする時にこの文言ばかりを言ってきたので、癖になっていたのだ。アルーヴ五人組は今俺と一緒にいる。予約は取っていなかったのに。
「すみません。間違えました。予約はしていないのですが、部屋は空いているでしょうか?」
「え、ええ。何名様でしょう?」
幸い宿に空室はあったが、二部屋だけだと言う話だ。どうするか? と皆の方を振り返ると、アルーヴたちが手を横に振っている。どうやら彼らはこの宿に泊まるのを辞退するつもりらしい。俺は頷き、
「ではその二部屋に案内してください」
とフロントの使用人にお願いした。
二階への階段まで小船で進み、俺たちの部屋は三階だった。オルさんと部屋に入ってやっと人心地付く。置かれていた椅子に対面で座り、俺はテーブルにコーラのペットボトルを二本置いた。
オルさんはその一本を手に取ると、慣れた手付きでペットボトルのフタを開け、ゴクゴクとコーラを飲んでいく。
「ぷはー。やっぱりこれだねえ」
などと、まるで駆け付け一杯のビールでも飲んだかのような反応のオルさん。相変わらずコーラがお好きなようである。ベフメ家で割り当てられた部屋でも飲んでいて、リットーさんに「それは?」と訝しがられていたなあ。オルさんは「自分にとっての薬だ」って説明していたっけ。それでリットーさんは飲まなかったんだよなあ。
「それで、ハルアキくんは一旦向こうに帰るのかい?」
「ええ。女性陣に日焼け止めを買って帰る、と約束してしまいましたから」
それを聞いて「ふふっ」と笑みを深めるオルさん。
「アンリが日焼け止めかあ。僕が作っても良かったんだけどなあ」
やはりオルさんも、アンリさんの日頃の働きには感謝していたようだ。
「はは。でも今回は俺に譲ってください。アンリさん以外とも約束してしまいましたからね」
俺の言葉にオルさんは首肯する。
その後もう一部屋で寛ぐバヨネッタさんとアンリさんに、日本に戻ると告げてから、俺は部屋に戻って転移門で日本に帰った。
「おお。これがハルアキの国の日焼け止めかあ」
バヨネッタさんがチューブを手に取り、不思議そうに眺めている。他の皆は手に取りもしない。
ラガーに着いて翌日の事だ。一旦日本に戻り日焼け止めを買ってきた俺は、バヨネッタさんとアンリさんの部屋に、その事を報告に行ったら、既に女性陣が全員スタンバイしていた。
俺は日焼け止めのチューブを手に取って、フタを開け閉めしたり、中身を少し出して自分の腕に塗ったりして、女性陣に説明していく。
「まあ、こんな感じです。SPFとかPAとか説明しても分からないだろうから、そこら辺省きますけど、出来るなら一日二回。朝塗って昼塗ってください。妹いわく、汗をかいたり、肌を拭いたりしても日焼け止めが剥げてしまうそうなので、その都度塗り直して貰えるとより良いそうです」
首肯する女性陣だったが、表情が少し硬い気がする。何故だろう?
「まあ、安いものだし、そんなにもったいないとケチる事もないんじゃないかしら」
とバヨネッタさんの言葉に、女性陣の表情が柔らかくなった。成程、こちらの世界では日焼け止めは高級品だ。一日にそう何度も使うのはもったいないと感じていたのか。
「それじゃあ、使ってみますかねえ」
とバヨネッタさんが一番目に使おうとし始めたのに対して、俺が「待った」を掛ける。
「何よ?」
途端に不機嫌になるバヨネッタさん。
「いえね、妹に相談したら言われたんですよ。バヨネッタさんに日焼け止めを渡すなら、安いものじゃなくもう少し高いものにしなさい。って」
そう言って俺は、三倍の値段のする日焼け止めをバヨネッタさんに差し出した。
「ふむ。三倍の値段ならまだ安いわね。妹さんに気を使わせちゃったかしら」
とバヨネッタさんはチューブのフタを開けると、中からミルクタイプの日焼け止めを自分の手の甲に取り出し、それを腕に塗りたくっていく。
「おお!」
女性陣から歓声が上がる。
「日焼け止めが肌に融けていったわ。これなら日焼け止めを塗っているって、誰にも分からない」
レイシャさんは声を漏らすと、テーブルに置かれた日焼け止めを手に取り、自らも腕に塗っていく。スッと肌に馴染んでいく日本製の日焼け止めに、またも女性陣から歓声が上がった。そして次々と女性陣は日焼け止めを手に取り、自らの腕や顔に塗っていく。
「塗り過ぎないでくださいね。顔や肌が
「はーい」
俺の話を聞いているのかいないのか、女性陣はキャッキャと互いに塗り心地の情報交換をして盛り上がっていた。
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