第113話 『複製』
宿に戻ると部屋に誰もいない。そしてなんだか外が騒がしかった。窓の隙間から外を見てみると、女性がズラリとこの宿を取り囲んでいる。何だこれ?
不気味に思って二、三歩後退っていると、ガチャリと部屋のドアを開けられてビクッとなった。
「ああ、ハルアキくん。戻っていたんだね。外の様子は見たかい?」
「え、ええ。なんですかあれ?」
「君の日焼け止めを求める女性たちだよ」
「日焼け止めを求める女性たち?」
俺は首を傾げていた。が、すぐに頭が回りだす。
「俺から日焼け止めを買った誰かが、話を流したんですね」
「ああ。その謝罪の為に、バヨネッタさんの部屋で待機しているよ」
行けばアルーヴと船員さん、両者して床に正座させられていた。
「この度は迂闊な行動をしてしまい、申し訳ありませんでした」
誰から? どっちから? と思っていたが、これは四人全員がやってしまった事のようだ。
「分かりました。ひとまず謝罪は受け入れますけど、どうするんです? あの人波。どうやって帰って貰いましょう?」
最初の問題はそこだ。外の女性たちを放置していては宿に迷惑が掛かる。そうすると宿から追い出されるかも知れないのだ。
どうしたものかな。と考える。バヨネッタさんの『転移扉』で別の場所に移動するのが一番楽な解決方法なのだが。
「面倒臭いわねえ」
魔女バヨネッタとは、こういう時にこう言う事を言う人なのだ。
皆で嘆息して、もう一度さてどうしたものかな。と考えていると、外が一段と騒がしくなってきた。
何事だろう? と皆して窓から外を覗き込むと、水浸しの街を、小船を部下に漕がせてこちらへやってくる者が、何艘もやって来ていた。
「初めまして皆様。私、ここら辺一帯で商いをやらせて頂いております。シシール商会のシシールと申します」
食堂で、俺たちの座るテーブルの前に立ち、シシールさんは頭を垂れる。まあ、こんな感じで何人もの商会の人間が入れ代わり立ち代わり俺たちにあいさつに来ていた。場所を食堂に変えたのは、バヨネッタさんの部屋では手狭になる程、人で溢れかえったからだ。
「ブストー商会ラガー支部を取り仕切る、ラフアンです」
最後の一人があいさつをしたところで、この場は一旦解散となり、翌日また来て貰う事になった。商会の人々はこの場でぐずる事もなく、言われた通りに粛々と退散していった。きっとこういう事が一日でどうにかなるものじゃない事を分かっているのだろう。商人たちが引き上げると、日焼け止めを求める女性たちも引き上げていった。
その日はああでもないこうでもないと色々揉めた。
ブストー商会やガンザルト商会、エポイ商会はオルドランド内でも大手であるらしい。ここと手を結ぶのは商売戦略上かなり大きいようだ。利益としても億単位が見込めるだろうとの話だったが、俺が待ったを掛けさせて貰った。
「俺の能力の限界を超えています。俺が持っているのは、無限に日焼け止めを生成出来るスキルじゃないんですよ?」
確かにそうだ。と納得頂けたが、ならば、と狙い目として『
何でも各国で規制されているので、『複製』を使えるのは各国の審査に通った人間だけらしい。市場操作とか簡単に出来ちゃいそうだもんな。
『複製』のスキルを持っていると、本物を『複製』が出来る。当然だ。だが限界がある。寸分違わず複製するには、経験とプレイヤースキルが必要だし、大量に『複製』するには魔力量が大量に必要だ。
そんな訳でアルーヴたちにひとっ走りしてきて貰い、翌日、『複製』スキル持ちを連れてきて貰った。
来たのはブストー商会にエポイ商会、シシール商会だった。ガンザルト商会は今ラガーに『複製』スキル持ちがいなかったようで、今回はご縁がなかったと言う事で、となった。
ブストー商会は大手で、ベフメの砂糖にラガーの磁器など、各地の名産や季節モノを商売にしているそうだ。歴史も長く、各地にお得意様やコネなども多いらしい。
エポイ商会はオルドランドだけでなく、世界各地を回る遍歴商人たちの親分のようなところで、その売り物はポーションやハイポーションなどから、各地のお土産品など様々だ。
シシール商会はここら辺の地場商人であるらしい。売っているものは薬など。つまり日焼け止めや化粧品なんてのも売り物に入っているようで、今回の騒動、地盤を揺るがす大騒動であったようだ。
「では、『複製』のスキルを見せてください」
俺の号令で三社の『複製』スキル持ちがコピーを始める。始めたのはコップに入れられた水である。コップが木で出来ているし、水は液体だ。これを『複製』するのは難しかろう。とバヨネッタさんやオルさんが言っていた。
「出来ました」
と『複製』を最初にしてみせたのはエポイ商会。俺は近付いて持ち上げてみる。
「駄目ですね」
「何故だ!」
エポイ商会の人間が俺に食って掛かるが、俺がエポイ商会が『複製』したコップの水を逆さにした段階で黙った。水がこぼれてこなかったからだ。これでは完全な『複製』とは言えないだろう。『複製』をした人間がエポイ商会のお偉いさんに睨まれていた。後でお仕置きかなあ。
「出来ました!」
「出来ました」
ブストー商会とシシール商会が、ほぼ同時に『複製』を終わらせる。でもちょっと先だったブストー商会の方を先に審査する。見た目は完璧に再現されていた。コップを持って揺らすと中の水が揺らめく。俺はそれを一口飲んでみせた。
「ふ〜ん」
その言葉だけ残して、俺はシシール商会の元に。シシール商会の『複製』も見事なものだった。カップの木の質感も、揺らめく水も完璧だ。俺は一口、中の水を口にした。決まりだな。
「我々はシシール商会と契約を結びます」
その言葉を聞いて、大喜びのシシール商会に対して、ブストー商会が文句を言い始める。
「納得いきません! 我々もシシール商会と同等の『複製』をしてみせたではありませんか!」
「同等ではありませんよ」
俺は納得いかずに憤っているブストー商会の人のところへ、シシール商会が『複製』した水を持ってきて、飲んでみてください。と勧める。
初めは怪訝な顔だったブストー商会だったが、シシール商会の水を飲み、自分たちが複製した水を飲み、見本の水を飲んで納得がいったようだ。
「分かってくれたようですね。この水、一見するとただの水のようですけど、実際には果実の汁が少しだけ含まれていたんです。シシール商会の『複製』は、そこまで再現していました」
「完敗だ」
と砕け落ちるブストー商会の面々だった。と思ったらすぐに立ち上がり、シシール商会の方へ詰め寄る。
「これからはどうかご贔屓にさせてください。出来るなら日焼け止めなども融通して頂けると助かるのですが」
商人は転んでもタダでは起き上がらないなあ。と感心する風景だった。
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