第460話 門番

『転置』で転移した先、サングリッター・スローンの全面モニターの下方では、逃げ惑うデーイッシュ派の戦士たちの姿があった。その先頭に大型キャンピングカーがいた。明らかに地球製のキャンピングカーだ。


「もしかしてあれですか?」


「ああ」


 俺の問いに、武田さんはさも当然とばかりに答えてきた。まあ、デーイッシュ派は桂木が率いていた異世界調査隊との交流が密だったみたいだし、ああ言ったものも手に入れているか。しかし、部下は置き去りだな。付いてきているのは馬に乗った者や空を飛ぶ獅子を駆る者たちだ。その四足に雲を携え、その上を駆けるように飛ぶ数騎の獅子が、足止めにこちらへ飛んでくる。


「ノウリヤ!」


 と声を上げたのはイヤルガムだ。真っ白な獅子に跨がる女騎士に見覚えがあるようだ。


「知り合いですか?」


「同じ東部軍の将軍だ。俺は前線部隊で向こうは近衛隊だがな。ノウリヤが出てきたと言う事は、あの車に乗っているのはデーザン卿かマキシマ卿か、あるいは二人ともか」


 首都に近衛隊があるなら分かるが、東部軍に近衛隊があるのか。デーザン卿とかマキシマ卿とか言っているし、守護するのはデーイッシュ派のお偉いさんだろうな。そう思いながら俺はマイクを手に取る。


「邪魔をしないで貰おう。非道を行った責任は取って貰う」


 警告はした。しかしそれにも応じず、ノウリヤ隊はキャンピングカーを逃す為に俺たちの前に立ち塞がる。


「ハルアキ」


 気の長い方でないバヨネッタさんは、既に兵装の二連装砲をノウリヤ隊に向けている。


「はあ。そうですね。ここでのんびり紅茶を飲んでいる訳にもいきませんからね」


 俺の言葉をオーケーサインと捉えたバヨネッタさんが、二連装砲をぶっ放す。


 ダダンッ!! ダダンッ!!


 サングリッター・スローンの両壁に備えられた二連装砲の砲撃を、上手く避けながら上昇していくノウリヤ隊。それを二連装砲が追っていき、


 ダダンッ!!


 ノウリヤ隊が一塊になったところで、二連装砲が直撃した。が俺はすぐに違和感を覚える。砲撃が直撃したのなら、墜落するなり、せめて獅子の身体の一部なりが落下してきてもおかしくないのに、ノウリヤ隊は爆煙に包まれたまま、そこから出てこなかったからだ。


 当然その違和感はバヨネッタさんも感じており、追撃する為に二連装砲に加えて重機関銃を、上空の爆煙に向かって撃ち放つ。が、それらは何かに弾かれるように跳ね返された。そしてその後に爆煙の内部から豪風が吹き荒れ、覆っていた爆煙を吹き飛ばす。そして現れたのは、


「スフィンクス!?」


 それは獅子の下半身の上に、鎧をまとった女性の上半身、更にはその背中に翼をくっつけた巨大な怪物、スフィンクスだった。恐らくはノウリヤ隊全員が融合してこの巨大なスフィンクスになったのだろう。大きさからして、エジプトのギザの大スフィンクスと同等くらいあるんじゃなかろうか。エジプト行った事ないけど。


「成程、天使だけでは飽き足らず、スピンクスにまで手を出していたのね」


 とバヨネッタさんは身体を玉座に預けて苦々しく吐き捨てる。


「スピンクスですか?」


「こっちだとそう言われているな。地球でも古代ギリシア語ではスピンクスで、スフィンクスはその英語読みだ」


 武田さんがスフィンクス、いやスピンクスから目を逸らさずに教えてくれた。ばつがバァと呼ばれていたりするし、こっちの世界だと、地球の原語に近い呼び方のものがあるな。


「ギリシア神話では、まだ旅人だったオイディプス王の前に現れて、謎掛けを仕掛けてきますけど、こっちのスピンクスはどうなんですか?」


「こっちでは神域の門番と言われているよ」


「神域の門番、ですか?」


 俺の問い掛けに武田さんが首肯で返してきた。


「伝説や神話によって違うけれど、大体は召喚してこれを打ち負かすと、神域への通行証が貰えると言われているわ」


 とバヨネッタさん。


「つまり戦って勝て。と言う事で良いのですか?」


 俺の再びの問いに、バヨネッタさんと武田さんが首肯する。


「ガアアアアアアアッッ!!」


 そんな問答をしている間に、空に向かって咆えるスピンクス。すると空が虹色に揺らめきだし、それが下へと降りてくる。それは虹色のカーテン、オーロラを思わせ、それが緞帳どんちょうのようにスピンクスとサングリッター・スローンを囲うように地面まで降りてきて俺たちの行く手を塞ぐ。


「成程、倒さないと先へは進ませない。と言う訳ですか。バヨネッタさん」


「まだ無理よ。坩堝砲の再発射には時間が掛かるのよ」


 ですよねえ。あんな高威力の砲撃、連発したらあっという間にサングリッター・スローンが壊れてしまう。


「工藤こそ、さっきのあれ、出来ないのか?」


 と武田さんに尋ねられるが、


「すみません、魔力不足で無理です。武田さんこそ、『転置』でオーロラの向こうへ転移出来ないんですか?」


「無理だな。あのオーロラ、魔法を無効化する仕様らしい。恐らく物理攻撃も効かないだろうから、あのスピンクスをどうにかするしかない」


「どうにか、ですか」


「どうにか、だ」


「…………」


「…………」


 どうしよう!?!? 俺と武田さんは頭を抱えて懊悩煩悶して己の席でジタバタするしかなかった。


「狼狽えるんじゃないわよ」


 そんな俺と武田さんを見兼ねたバヨネッタさんが、ぴしゃりと黙らせてきた。


「バンジョーともう一人の戦士を見なさい。こんな状況でも落ち着いたものじゃない」


「いや、バヨネッタさん、二人ともスピンクス相手に拝んでいるんですけど?」


「スピンクスはデウサリウス伝説にも出てくるからな」


 成程。はあ、何の解決にもならねえ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る