第507話 温泉に負ける(前編)
「やっぱり殺意が高い」
地下二十階は部屋が一つだけだったが、そこに無限湧きする骸骨兵たち。しかもバンバン魔法を使ってくるので、とても面倒臭い。更には俺がレベル四十になった事で、骸骨兵たちとレベル差がなくなってしまい、『聖結界』を張ってもすぐに破壊されてしまうのだ。そんな中で戦いながら、俺たちはワープゲートの開通をしなければならなかった。
武田さんの前には、ワープゲートの魔法陣と、エメラルドの像を設置する台座、そしてそれらを操作するコンソールがある。ただし、その台座とコンソールを前にして、武田さんは首をひねっているが。
「どうしたんですか? 武田さん!」
「いや、像を五つ設置したのに、コンソールが起動しないんだよ」
「はあ!? 『空織』の『鑑定』では何て表記されているんですか?」
戦いながらだから、こっちだって余裕がないと言うのに。
「五種の翠玉像を正しく配置せよ。だそうだ」
成程。そう言えばエメラルドの像は何種類かあったと『記録』から導き出す。しかし正しい配置って何だ? 台座は五角形をしており、その頂点にエメラルドの像を配置する仕組みになっているが、確か一から五の並べ方って、百二十通りあるんじゃなかったっけ? 成程、それで百二十階なのか。なんて感心している場合じゃない。このままだと骸骨兵の物量に押し切られて全滅だ。
「なんかないんですか!?」
「こう言うのはガドガンに任せていたからな。確かガドガンが、デウサリウス教よりも前の宗教がどうとか言っていたな」
まあ、カヌスはデウサリウス教が出来るよりも前の人間だろうからね。
「タケダ、退きなさい!」
それを聞いたバヨネッタさんが、戦線を離脱して、台座の場所まで後退する。いや、勝手にそんな事されると、俺たちの負担が大きくなるんですけど! そう叫びたいのをぐっと我慢して、
「武田さん、こっちで結界張ってください」
とないよりマシくらいの気持ちで武田さんを呼ぶ。
そんな中でバヨネッタさんは凄い速さでエメラルドの像を何パターンか試していき、これ以上はこちらが持たない。と言う寸前でエメラルドの像を全て並べ終え、コンソールに青く光る部分が出現した瞬間に、それを叩いてみせた。すると無限湧きしていた骸骨兵たちは立ち所に消えていなくなり、地下二十階はセーフティゾーンへと変わったのであった。
「結局何なんです?」
セーフティゾーン化した地下二十階で休憩中。バヨネッタさんにそれとなく尋ねてみる。
「古代文明期に信仰されていた神様が五柱いるのだけど、この翠玉の像はその神様たちを模した像のようね」
「ああ、あれか」
デムレイさんは納得しているので、遺跡を調べている人からしたら、常識なのだろう。
「その五柱の並べ方は基本的に五角形なんだけど、いくつかパターンがあるのよ」
「それに合わせて並べていった訳ですね」
「そう言う事よ」
とバヨネッタさんは、カッテナさんが淹れてくれた紅茶を一口飲む。
「それで、どうします? 戻ります? 進みます?」
コンソールの青い光を押した後、コンソールには二つの青い光が出てきて、覚悟を決めて両方押してみると、片方はワープゲートの開通で、片方は階下への階段だった。それはそうか。
「戻るわ」
バヨネッタさんの即答に、恐らくは俺を含めちょっと意外な顔になった。
「何よ?」
「いえ、バヨネッタさんの事だから、先に進むのを優先するかと思ったので」
俺の返事にダイザーロくんが頷く。
「思わぬところでボスの一体を倒したのもあるし、ワープゲートでショートカットも出来るのだから、このダンジョンではワープゲートが開通したら一旦戻ると決めていたのよ」
「そうなんですか」
まあ、確かにダンジョン内でいつ魔物に襲われるか分からない状態で、常に緊張しっぱなしよりは良いか。
「まあ、正直な話、お風呂入ってゆっくり眠りたいのよ」
「…………ですか」
「何よ」
何でもないとの意思表示で俺は首を横に振るう。
「はあ? バヨネッタ、風呂入る趣味なんて出来たのか?」
これに食い付いたのがデムレイさんだ。
「身体を綺麗にするなら、浄化魔法で十分だろ」
デムレイさんはそっち派か。そう言えば冒険者の中には、普段身体を洗わない人もいたっけ。あれは衝撃だった。
「分かっていないわね。ニホンのお風呂は凄いのよ。泡がブクブクするし、石けんや洗髪剤も使うと、肌ツルツルの髪サラサラになるし、良い匂いだし、お風呂に入った後はリフレッシュ出来て良いのよ」
「はあ?」
バヨネッタさんの発言に、きょとんとするデムレイさん。対してバヨネッタさんの後ろに控えるカッテナさんは、バヨネッタさんに強く同調するようにうんうんと頷いている。
「武田さん」
俺は、日本でデムレイさんと行動をともにしていた武田さんに尋ねる。
「そう言えば、デムレイが風呂に入っているの見た事なかったな」
今更だな。でも、
「風呂嫌いな人は、日本人でもいますからねえ」
「そうなの?」
バヨネッタさんが、信じられない。って顔をしている。
「良く分からないけど、浄化魔法で良いんじゃないのかい?」
とミカリー卿までがそんな事を言ってきた。
「マジですか?」
思わず尋ね返してしまった。
「うん? そうだねえ、少なくともモーハルド大使館にはお風呂はなかったから、私には何とも言えないよ」
成程。海外の家にはバスタブがなくて、シャワーだけのところも少なくないと聞くし、浄化魔法のある世界なら、シャワールーム自体がないって事もあり得るのか。そんなミカリー卿は俺の後ろに控えるダイザーロくんを見遣る。
「お、俺ですか? 俺は、ハルアキ様の家でお風呂? の使い方を教わり、浸かりましたけど、確かに、風呂上がりにすっきりする。と言うのは分かります」
「ふむ。五対二か。デムレイくん、これは一度、我々もそのお風呂とやらに浸かってみる価値が、ありそうだね」
顎に手を当て、そう言ってくるミカリー卿。この人もこれで好奇心強いよなあ。そしてそれに連れるように俺を見るデムレイさん。
「はあ。まあ、良いですけどね。この際ですし、温泉でも浸かりますか?」
「オンセン?」
と異世界勢が首を傾げる。
「日本には、地下から湧き出るお湯に浸かる為の施設が各地にあるんですよ。効能なんかも、その土地の成分で違いますし、それを求めて各地を巡るのを趣味にしている人もいますね」
「ふ〜ん」
おや? お風呂には乗り乗りだったバヨネッタさんがこっちには乗ってこない。…………ああ。
「大丈夫ですよ。個室の、一人で入れる温泉もありますから」
「ふふ。流石はハルアキ、分かっているわね」
この流れだと、一回日本で個室温泉行く事になりそうだなあ。
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