第508話 温泉に負ける(後編)
「くは〜〜、ゴクラクゴクラク」
極楽が何かも分かっていないデムレイさんが、露天風呂に浸かりながら満天の星を見上げ、そんな独り言を呟いている。まあ、気持ちは分かるけどね。と思いながら、俺もデムレイさんの横で露天風呂に浸かる。はあ。やっと一段落ついたなあ。
「いやあ、温泉は良いものだな」
言いながら温泉で顔を洗うデムレイさん。俺も入っているのですが?
「気に入って貰えたのは嬉しいですけど、まさか三日も足止めされる事になるとは思いませんでした」
「あっはっはっはっ。バヨネッタも思い切ったよなあ」
笑い事ではないのだが? それで苦労するのはこっちなのだが?
さて、何が起こったのか説明すると、アルティニン廟の地下二十階をクリアした俺たちは、その場の勢いで日本に戻ってきて、本当に温泉に行く事になった。
しかしバヨネッタさんは人前で肌を晒すのを嫌う人なので、個室の露天風呂がある場所が良いだろう。そして連れ立つ面子を考えれば、出来るなら人の少ない温泉旅館が良いだろう。と俺と武田さんがネットで探したり電話して聞いてみた結果、この山奥にドデンと建つ、一見すると和洋折衷のお屋敷のような温泉旅館にたどり着いたのだ。
武田さんの『転置』でここに到着した時点で、バヨネッタさん的には好みだったらしく、それはノリノリで温泉旅館の玄関を潜った。そこは瀟洒であり幻想的な内観で、更にバヨネッタさんは大喜びであった。
「こんなに凄い旅館なのに、客は俺たちだけなのか」
なんて武田さんが失礼な事を口にするが、旅館の女将さんは笑って許してくれて、客室に案内してくれた。
客室は女性陣二人と、俺とミカリー卿とダイザーロくん、武田さんとデムレイさんの三組に別れたが、いやあ、客室も良かった。決して広いとは言えないが、和室洋室が選べて、バヨネッタさんやデムレイさんは洋室を選び、俺たちはせっかくなので和室を選ばせて貰った。
「部屋で靴を脱いでくつろぐなんて、不思議な感じだねえ」
なんてミカリー卿は言っていたが、畳に座ったり寝転がったりと、その感触を楽しんでいるようだった。
そして、何はともあれ温泉だろう。と武田さん、デムレイさんも連れて温泉へ。初めは人前で真っ裸になる事に少し抵抗があったデムレイさんとダイザーロくんだったけど、身体を洗って温泉に浸かる頃には、覚悟は決まっていたようだ。逆にミカリー卿は、教皇時代から最近まで、使用人が色々世話をしてくれていたようで、裸になる事に抵抗はなかった。
温泉は俺には丁度良い温度だったが、異世界三人には初めての温泉は少し温度が高かったようで、なので内風呂だとあれだからと、外の露天風呂へ誘った。これが奏功したらしく、まだ雪が残る山々を眺めながら露天風呂に浸かるのに、三人はすっかり嵌ってしまったようだった。
温泉を出た後は、広い宴会場で夕飯だ。海の物山の物をふんだんに使った御膳は豪華で、健啖家である異世界組は、ばくばくと食べていく。
「どうでした、バヨネッタさん? 温泉は」
「良かったわ。何だか私の肌が更に美しくなった気がするわ。ねえ、カッテナ」
「はい! 私もそんな気がします!」
女性陣も気に入ってくれたようだ。確かにここの温泉には美肌効果もあったはずだから、肌が綺麗になったと言うのも、あながち的外れではないだろう。
「いや、本当に良い温泉なんだが、なんでこれで客が俺たちだけなんだ?」
武田さん、まだ言っているよ。配膳をしてくれている女将や仲居さんが目の前にいると言うのに。
「すみません、女将さん。この人、デリカシーとリテラシーを前世に忘れてきてしまったようで」
俺がこう謝れば、場に少なからずの笑いが生まれる。何とか笑い話で事を済ませそうだ。
「ここは良い宿ね、オカミ。また来るわ」
とバヨネッタさん。ああ、これは四十階、六十階とクリアする度にここに来る事になりそうだなあ。などと俺は軽く考えていたのだが、女将は少し複雑そうな顔をしている。
「どうかしたのですか?」
不躾だが、その表情が気になって俺が尋ねると、女将は答えてくれた。
「いえ、実は今月末でこの旅館を手放す事になっておりまして」
「『手放す』ですか?」
聞き返す俺に首肯で返す女将。
「実は、この旅館の維持や個室に温泉を付けるなどの改築の為に、借金をしていたのですが、ご覧の通りでして」
ああ、確かに俺たち以外に客はいないものな。
「それはやられたな」
そう口にしたのは武田さんだった。
「やられた、ですか?」
「おかしいと思っていたんだよ。これだけ良い旅館なのに、ネットの評価が☆1なんだぜ?」
「☆1ですか?」
驚く俺とキョトンとする異世界組。
「ええっと、☆1は五段階評価で一番低い評価です」
「そんな訳ないでしょう!」
これにバヨネッタさんらが、多少なりとも怒りを露わにする。
「だから、やられたって言ったんだ」
と武田さんが日本酒を呷る。成程、話が読めてきた。
「つまりこの旅館に金を貸した金融会社は、初めからこの旅館を乗っ取るつもりだった訳ですね」
俺の言に首肯する武田さん。それに驚く女将たち。
「この旅館、温泉はもちろん、外観も内観も接客も相当良いからな。前々から目を付けられていたんだろう。それでも温泉の経営は大変らしいからな。どうしたものかと経営者が頭を抱えていたところへ、個室に温泉を付けるなんてどうでしょう? と言葉巧みに借金させたんだろう」
武田さんの言に、女将は深く頷く。
「それからネットの評価サイトで☆1を連投すれば、旅館は首が回らなくなり、金貸しは良い旅館を抵当として、労せず手に入れられるって寸法さ」
悪人ってマジで最悪な事を思い付くな。
「はあ。ハルアキ」
「はい!」
「この旅館、私のものにするわよ」
「はい! …………はい!? え? 旅館の借金をどうにかしてあげようとか、そう言う事ではなくて?」
俺の発言に溜息を吐くバヨネッタさん。
「何を言っているのよ、ハルアキ。この旅館が人気旅館になったら、私が好きな時に入れないじゃない」
あ、はい。そうっすね。
「いや、維持費も中々大変な事になると思いますし、何より、女将さんたち経営側の意見を聞いてあげた方が……」
「いえ、それでよろしくお願いします」
と三つ指付いてバヨネッタさんに頭を下げる女将。
「良いんですか?」
「はい。あの金貸しどもの思い通りになるくらいなら、一泡吹かせるくらいしてやりたいですから」
顔を上げてこちらを見遣る女将の目は、とてもギラギラとしていた。余程金貸したちに思うところがあるのだろう。
「…………分かりました。じゃあこうしましょう。この旅館をバヨネッタ天魔国の保養施設にするんです。それなら女将さんたちを雇って、国として運営していけますから」
「じゃあそれで。あ、言っておくけど、あの部屋はもう私専用で決定だからね」
「はい。そのように取り計らいます」
と言った事が三日前にあり、旅館だったこの保養施設を金貸しから買い取ったり、東京のバヨネッタ天魔国の大使館とこの保養施設を、バヨネッタさんが所有している転移扉の一つで繋いで、いつでも来られるようにしたり、ここの従業員に俺たちの事を他言しないように魔法で縛ったり、色々やっていたら三日経ってしまったのだ。まあ、主に色々やっていたのは俺だけど。
金貸しに関しては武田さんのところに色々調べて貰って、きっちりケジメつけさせて貰ったよ。どうやら裏で大手のホテル会社と繋がっていたらしい。そのホテル会社もこの先どうなるやら。Future World News的には久々のスッパ抜きで、社員は喜んでいたらしいけど。
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